47.むしろそれが狙い
その後も他に案はないかと話し合ったわけだけど、なかなか出てこない。明日にはクリス以外の兄弟は知恵熱を出して寝込んでいそうだ。
「こちらの目線で考えると行き詰まる気がする」
受け身はどうも性に合わなくて、考えてもすぐに壁にぶつかる。
「それはそうだね」
「不快だが、やってみるか」
自分がクックソンだったら、どうやって邪魔者を排除するかを考えると思う。
嫌そうな顔をしつつも、兄達もベンも真剣な表情になった。考えてくれているらしい。
「邪魔なのは殿下達三人だよな」
デイヴィッドの言葉に皆頷く。
「継承権を剥奪したい」
「剥奪するにしても三人全員からは無理だろう。最後の一人に難があっても目をつぶるはず」
うんうん、そうだよな。
クックソンは王子二人を亡き者にして、姫に王族として不適格の烙印を押しつつ、自分の陣営に取り込むことで三位と四位の継承順位を曖昧にしようとしたんだから。どうしようもない時には自分が姫と婚姻を結ぶつもりで。でもその場合は王ではなく王配になってしまうから、それは避けたい。ただ邪魔な王族は減らした後になるから、ただの王配になるのとも違うってことなんだろうか?
継承順位は確かに四位でも、クックソンが純粋な王族ではないという点は他の継承者と変わりない。何かがあればその順位だって覆るんじゃないだろうか?
……なんだろう、なんだかもやもやする。何に引っ掛かってるんだろうか、オレは。
「殿下達が婚姻を結ぶ前に決着をつけたいよな」
他国の後ろ盾ができたらやりにくくなる。
「でもその婚姻を自分のものにもしたいよな、せっかくだし。そうすれば自分の立場も安定して他の有力な家からあれこれ言われることもなくなるだろうし」
「鉄道もな」
頷いた後、皆同時に「殿下達とアサートン家、邪魔だ」と呟いた。
「邪魔だけど、鉄道敷設を強引に奪って失敗でもして立場が悪くなるのも嫌なんだよなぁ」
「そうなんだよ」
「他国との婚約も奪いたいけど、相手が代わっても大国が頷くか分からないよな」
思うことを思うままに呟いてみると、なかなかにクックソンを惑わせている気がする。さすがトーマス。
「無関係だったアサートン家が、四男の友人の婚約あたりから登場してきて迷惑。しかも姫の継承権も奪えないままにアサートン家に降嫁することが決まった。最悪だ」
「どうやらアサートン家の四男とトレヴァー家の三男の親交が深いようだ」
「ハンプデンは前も邪魔をしてきた家だ。目障りだ」
「四男が使えそうだ。接近しよう」
ベンがムッとした顔をする。自分で言っておいてそんな顔をするんだから、笑ってしまう。
「そんな時によく分からない演劇が上演されて」
「ゴシップ誌に色々書かれたら」
「腹が立つ」
タラが入ってきて新しい紅茶を淹れてくれた。オレ達を見てにこにこしながら部屋を出て行く。今まで何かと言い争うことが多かった兄弟が、こうして集まってるのが嬉しいんだろうな。オレも嬉しい。
「ハンプデン邪魔だな」
「潰すか」
「でもアサートン家とハリス商会、ミラー家とも繋がりがある」
ここまで言って、皆黙る。
「これ、狙われるのおまえの婚約者じゃないか?」
「駄目! 絶対駄目!!」
フィアに何かしたら絶対許さない!
「どうやってミラー嬢を守るかだな」
「婚姻を結べば大丈夫という話でもないしな」
皆同時に唸る。
「邪魔だからとミラー家の令嬢を攻撃した場合、ハンプデン、トレヴァー、ミラー、アサートンとの関係は断絶する。表面上の和解すら難しくなる。やるならば全ての家を潰すつもりで行動しなければならないが」
「一度に全ての家に攻撃をしかけるのは至難」
……至難ではあるけど、不可能ではないな。
「順番は前後するけれど、できなくはないと思う」
クリスを皆が見る。
「鉄道敷設の完成式典、王家もアサートン家も、ミラー家、トレヴァー家、ハンプデン家、全てが揃うでしょう?」
一大事業だ。関わる家の当主達総出になる。
まだ鉄道が海のものとも山のものとも分かっていないような状況で、爆発でも起きたなら……。
「最悪だ……」
「有り得るね」
「だからと言って鉄道敷設を延期するわけにはいかないしな」
その前に手を打たないといけない。でもクックソン自身が行動を起こしてる証拠が掴めていない。ベンがいくらあちらに潜り込むにしたって、そんなのちょっとだけでいい。いやむしろやめたほうがいいんじゃないか?
ベンを見ると、ふん、と鼻で笑われた。
「おまえ、オレにスパイになるのを止めろって言おうとしてるだろ」
「その通りだ。やっぱりやめよう。絶対に方法を見つけるから、だから」
オレの言葉を遮ってベンは言う。
「おまえが何と言ってもオレは行く」
「ベン!」
「あっちは全員の命を奪うを考える可能性が高い。手っ取り早いからな。こっちだって多少の危険を覚悟する必要がある」
「なんでおまえなんだ。オレが代わりに行きたい!」
そんなことをさせたいわけじゃない。
「ミラー嬢が泣くぞ」
「フィアは大事だ! でも家族だって大事なんだよ!!」
「オレだって大事だよ。だから行くんだろ」
兄とクリスが間に入る。
「二人とも確定のように話すけど、まだ不確定なことばかりなんだよ。落ち着いて」
そうだった。
「でも、嫌なんだ、本当に。かすり傷でも嫌だ」
「かすり傷ぐらいいいだろう」
呆れた顔のベン。
「自分は平気で傷を作ってくるのに」
「階段のことは不可抗力だ」
あー、なにかもうちょっとで分かりそうなのに。考えろ、考えるんだ、レジナルド!
どうにも気になるのは、姫とオースチン家との婚約だ。伯爵家の嫡子との婚約は珍しいが有り得ないことではない。子爵や男爵ならまだしも。爵位を上げて侯爵にはなるかもしれないけど。嫌だからって王配になることをクックソンが避けることになんだか納得がいかない。王になりたいから王配になるのが嫌? 年齢差があからさますぎる? 年齢差…………そうか、年齢差があることが必要なんだ。姫とオースチンの婚姻を破棄させて、自分が相手となるんだ。姫が社交界にデビューしたとして、クックソンがその相手になるのは難しい。ネヴィルの年齢だって姫の相手にするには離れすぎてる。
「そうだよ、時間稼ぎだよ」
思わず呟いてしまった言葉をベンが拾う。
「何がだ?」
「いや、ずっと引っ掛かってるんだ。自分達が王家そのものになりたいからといって、姫との婚姻を避けるのは馬鹿馬鹿しいだろう? 王子達がいないから継承権のある姫と婚姻を結ぶんだ。そんなの、王家を手中に収めたようなものだろう」
王配になりたいんじゃない、王になりたい。クックソン家を準王族としたい。その野望は理解できる。でもそれで何故オースチンの後継者との婚約に繋がるのかが、理解できなかった。
「クックソン以外に姫を奪われない為に、オースチンと引き合わせたんじゃないかな」
過去の経緯から、クックソン一門は王家からよく思われていない。姫に近づこうとしても無理だったろう。幼い姫を騙して面識を持ったとして、姫の婚姻を決めるのは王家だ。
「……なるほど、年齢差」とクリスが呟く。
「姫とオースチンの後継者との年齢差のことか?」
「そうだ。それと、ネヴィルもそうだ」
年齢差があるから騙して秘密裏に顔を会わせていたんだと思ってたけど。
「ネヴィルはオースチン家の後継者と姫を婚姻させて、伯爵位を侯爵位に上げさせようとしてるんだと思う」
皆がそうだろうな、と言った顔で頷く。
「オースチンは姫がまだ幼いことを理由に、本当の夫婦にならないと思う」
我が国ではなかなか爵位は陞爵しない。手っ取り早いのは王族の姫との婚姻。
それに我が国の国教では、肉体関係を伴わない場合は離婚が可能だ。
自分以外にも継承権を持つ者も、力のある家もある。
備えもなく王配になったり、強引に王座を簒奪したなら反発を買う。それで他国と手を結ばれても面倒だ。
「姫とオースチンが婚姻を結び、オースチン家は侯爵となる。これがオースチン家の本当の狙いだ。クックソンはその間に王子達を亡き者にする。当然王冠は姫の元に落ちてくる」
「オースチンは王配になることを望まないのか?」
「なってもただの伴侶としてしか扱われないだろう。オースチン家には後ろ盾がないんだから」
有力な公爵、侯爵家がいる。なんだったら継承権も持っていたりする。そういった者達に囲まれながら王配として権力を持てるかといわれたら、無理だと思う。事情が事情だから王配になるのは認められたが、黙っていろと言われるのが関の山じゃないだろうか。それよりも伯爵家から侯爵家に陞爵したほうが、家門全体にメリットがある。要職に就く可能性だって高い。
「いざ姫が王位に就くとなったら身を引くのか」
「そこで登場するんだろう、ネヴィル・リー・クックソンが」
「継承順位四位との政略結婚か」
その頃には姫もそれなりの年齢になっているだろう。年齢差はあっても、事情が事情だし受け入れられるだろうな。
「そうだよな。変だと思っていたんだ。姫に近付けるんだったら、年の離れたオースチンの後継者じゃなく、次男のチャールズにしておけばいい」
それなのにチャールズはフィアの婚約者だった。それはつまり、オースチン家は王配になる気がそもそもなかった。
「これでもし姫が命を落としたら」
「晴れてクックソンが王家に成り替わりだ」
「そうなればマギーは堂々と王妃になれるってことか」




