46.他にも何か案はないですか?
タウンハウスに戻ったオレは、演劇作戦を兄弟に話した。皆揃って、つまらなさそうな顔をする。クリスは笑ってるけど。
「古典的すぎるだろう」
「そうだけど、何もしないよりいいかと思って」
「すっかり風化しているから、思い出してもらうのは効果的かもしれないよ?」
「思い出す?」とデイヴィッドが怪訝な顔で聞き返す。
「かつて王家転覆を狙ったクックソン家。民の印象は悪くなると思うよ。当然動きづらくなる。これで何かが起きたら民は思うよ。もしかして?って。古典的でもなんでも、揺るがしたら勝ちだと僕は思う」
なるほどと兄二人は頷く。
「昨日話していた女性は分かったか?」
「マギー・パット・オースチンだろうってトーマスが言っていた」
それから、ネヴィルとそういう関係だろうということと、彼女がオッドアイであることで受けているかもしれない不利益についても話した。
ベンの眉間に深い皺が……。
「アイツら、人を何だと思ってんだよ……」
同感だ。クックソンの奴ら、姫といいマギー嬢といい、王子のことといい、悉くロクでもない。
「マギー・パット・オースチンに接触する」
たったそれだけの言葉なのに、なんだか上手くいきそうな気がしてしまうぐらい、ベンの声も口調も力強かった。
「頼む」
どんな令嬢なのか全く分からないのは不安だけど、ベンにはあっちに潜入してもらわないといけない。被害者だと思ってるけど、被害者ではない可能性だって十分にあるんだから。
「オレは何をすればいい?」
不安そうな顔で次男が尋ねる。
「ティム兄さんには劇団との調整役とか?」
思い付いたことを口にしたらクリスが首を振った。
「ベン兄さんとティム兄さんはレジー兄さんに反発していることにするから、駄目だよ」
「そっか」
色々と気が付くティムは向いてると思ったんだけどな。
「オレ、劇団の調整役をやりたい」
珍しくやりたいことを口にするティムに、オレ達は顔を見合わせて、それから頷いた。
「ティムはスパイ向いてなさそうだから、そっちのほうがいいんじゃないか?」
「表情に出るもんな、おまえ」
デイヴィッドとベンに言われてティムが恥ずかしそうにする。うん、表情隠せなさそうだね。オレもだけど。
「仕方ないね、そうしよう」
すっかり純粋な弟のフリをやめたクリスは、やれやれといった顔をしてる。
「劇団だけじゃ足りない。オレのことは期待しないほうがいい。何か得られたら儲けもの、ぐらいに思ってほしい」
ベンの言葉に頷く。
「危険なことはしないでくれ。情報なんかよりおまえのほうが大事だからな」
「分かってる。オレもオレが可愛いから馬鹿はしないつもりだ」
「絶対だぞ? もし嘘を吐いたらハンプデンを潰すからな?」
「なんの脅しなんだよ?!」
「ハンプデンを人質にするのがベンには一番効果的かと思って」
「もう一度牢屋入るか、おまえ」
「平和になったら出してくれるなら入る」
クリスを除く三人に軽く小突かれた。
「フィアに会えないから牢屋は駄目だな。クックソン倒さないとだし」
「当たり前だ」
古典的な方法は他にもある。
「新聞もどうかな」
「新聞?」
「ゴシップ専門の新聞があっただろう?」
「民には広がるが、ダメージは少ないんじゃないか?」
「いいんだよ、だってクックソンは民をどうでもいいと思ってるんだから」
平民如きが何か騒いでる、ぐらいにしか思わないと思う。
「それで何をしたいか、だよね」
クリスの言葉に頷く。
そうなんだよな。書いてもらうのはいいけど、それで何をしたいか。
「なぁ、平民向けのゴシップ、実は使えるんじゃないか?」
ティムが何か思い付いたのか、口を開いた。
「初めの頃はクックソンが不愉快に感じるようなあからさまなゴシップを書き続けていれば、そのうちクックソンも読まなくなるんじゃないだろうか」
「気にするだけ無駄だと思わせるのか」
「それで平民にしか分からない、俗語を使って情報のやりとりをするんだ」
なかなか面白そうだけど。
「それで、何をするか、だなぁ」
そう言うとティムは気落ちしたのか、肩を落とす。
「使える」
クリスが笑顔になる。
「国外とのやりとりに使えるよ、それ。鉄道敷設をクックソンは必ず妨害すると思う。最初に敷設するのはハンプデン領、トレヴァー領、ミラー領だけど、アサートン領、王家直轄領と同時に他国とも繋げる予定でいるんだ」
「何処の国と?」
「ツァーネル殿下の婚約者の母国」
大国と鉄道が繋がる。成功すれば王家への求心力は上がるはず。他の貴族達も鉄道の敷設に参加したがるのは目に見えてる。
「そうなると一番不利益を被るのはクックソン領だな」
クックソンは他国との交易で財を増やし続ける家だ。間に入ることで手数料を受け取る。それだけじゃない。値段を決めるのもクックソンだ。鉄道が通り、直接貿易が出来るようになったら、クックソンはそれができなくなる。
「妨害するな、それは」
「ただ、王位を簒奪した後は繋がりを持ちたいはずだ」
妨害して関係が悪化するのは防ぎたいけど、後々のことを考えると繋がりは持ちたい。悩ましいな。
「でも妨害はすると思うよ、完成を遅らせるための」
そっか。王位簒奪したら、むしろそれは完成させて自分達の手柄にしたい。
「じゃあ、新聞もありだな」
これは父に相談しよう。
「他には何する?」
「そんなに色々やるのか? 成功するか分からないのに」
デイヴィッドは心配そうな顔をする。
「成功しなくてもいいんだよ」
オレの言葉を理解できないのか、戸惑った顔をするデイヴィッド。
「ボロを出させたいんだよね、レジー兄さんは」
説明が下手なオレに代わってクリスが話を続けてくれた。
「クックソンはいずれ王家となるつもりだから、どうでもいいとは思っていても、とりあえず民を放置もできないと思う。王家の直轄領で反発されて、蜂起でもされたら困るからね。満場一致で貴族を味方になんてできないんだから、それ見たことかと他の公爵、侯爵家から言われたくない。王位継承権を持つ者は他にもいるんだから。降嫁することになっているジェーン殿下だって継承権をお持ちだしね、普通に考えればトーマス様は一番邪魔だと思う。トーマス様自身も王位継承権をお持ちなんだから」
やんごとないお血筋なんだよね、トーマスってば本当に。王配として相応しいお家柄という奴。
「クックソンの息子は継承権四位なんだよな」
「そうだ」
狙えそうな順位っていうのがよくないよなぁ。
「王太子殿下、ツァーネル殿下、このお二方がどんどん子供を持っていただくと、必然的にクックソンの継承順位が下がる」
「それが一番てっとり早いんじゃないか? 双子でも生んでくれればいいのにな」
「赤ん坊は一番命を狙いやすいとも言えるから、王家も分かっていても躊躇うんじゃないかな」
洗い出したとはいっても、クックソンの手のものがどこまで潜んでいるのか分からないもんなぁ……。
攻めていきたいけど、どうしても守りに回らないといけないものはあるんだよな。だから、些細なことでもいいから何か仕掛けたくなってしまう。勿論それで足を掬われるようなことがあっちゃいけないから、相談は必須なんだけど。
「……フィアに会いたい」
「その婚約者殿との未来の為にやるんだろうが」
背中をベンに叩かれた。
「そうだった。ごめん。頑張る」
フィアとの幸せな未来の為だった。婚姻を結んだら少しの間フィアに閉じ込められたい。新婚だからで許してほしい。
「フィアに独り占めされたい」
「二人の時にやれ……」




