45.やっぱりその人だった
「あぁ、それはマギー・パット・オースチンだろう」
オッドアイの女性の話をクリスにしたら知らないと言われたので、翌日生き字引のトーマスに聞いてみたら即答だった。うちのご先祖のことも知ってたし。知らないことないんじゃないだろうか?
「たったこれだけの情報で分かるものなのか?」
髪の色と瞳の色と背格好ぐらいしか伝えてないのに断言してきた。
「オッドアイの女性は少ない」
「確かに見たことはないなぁ」
「……かつては不吉とされたからな」
「……そうだよなぁ」
フィアの婚約者になってから、手当たり次第に本を読んでいたわけだけど、その中にかつてオッドアイが不吉とされている描写があった。それも一つや二つではなかった。古ければ古いほど、当たり前のように不吉だと描写されていた。今はそんなの耳にすることもないのに。何故片目ずつ色が違うのか、その理由までは知らないけど、だからどうだとオレは思ってるし、大体の人はそうなんじゃないだろうか。ただ、人によっては憧れたり、嫌悪したりするのかも知れない。
「……マギー・パット・オースチンかぁ……」
「何を驚く。オースチン家とクックソン家は繋がっていたんだ。不思議ではないだろう」
利害関係があったことは理解するんだけど、その……。
「男女の関係かもしれないってことか?」
「まぁ、うん、そうだ」
トーマスは開いていた本に栞を挟むと、ため息を吐いた。
「何一つ不思議なことはない」
「……そうなのか?」
ほんの少しトーマスは視線を下に向ける。あんまり良い理由じゃないんだろう。
「女性のオッドアイは人の運を食い尽くす、そんな迷信がある」
「何の根拠があってそんな」
「昔いたんだそうだ。オッドアイの魅力的な女性が。関わった男達が次々と破滅していった。よく調べればただの自滅なんだが、それが噂になり、一人歩きしたんだろう」
魅力的な女性に関わった者が、となると男性だけでなく、その男性に関わる女性なんかも被害にあっていそうだ。浮気をされた場合、男性のことも許せないだろうけど、その女性のことも恨めしく思ってしまうだろうし。
「迷信なんてと思っていても、実際に目の前に現れれば警戒心が生まれてもなんらおかしくない」
警戒心? トーマスは何の話をしてるんだ?
「オッドアイの女性は婚姻相手として喜ばれない」
……あぁ、なるほど。そうか、そういうことか。
マギーはオッドアイで生まれたことで、結婚から縁遠くなってしまった。きっとそこをネヴィルたちクックソンに利用されたんだ。
姫に罪悪感だとか愛着だとか、そういったものを抱かなかったのかと不思議に思ったけど、マギーがもし、自分の目のことで劣等感を抱いていて、愛されている姫を前にしたら──。
「……気持ちは分からなくもないが、それでもやはり間違っていると、思う」
「当然だ。他者は己の心を満たす為に存在するわけではないんだからな」
自分の所為ではないことで、様々なものが閉ざされるとしたら……。
「そうだ。でも、もしそうなら最悪だ」
「間違えるな、レジナルド」
顔を上げると、トーマスがオレを見ていた。
「確かに目のことで彼女が得られなかった幸せはあるだろう。そうかと言って姫を同じように不幸にする権利はない。妬むなとまでは言わないし、被害者だとは思う。だが、行動に移して他者に危害を与えた時点で、被害者ではなくなり、加害者となる」
「……分かっている。でも、不愉快だ」
「……おまえだけでも、そう思ってやれ。多くの者はそう思わないだろうからな」
トーマスもただ正義を振りかざしてそう言ってるのではないんだな。オレと違ってトーマスは王家に近いからか、考えかたがよりそっちに寄ってるというか。そうならざるを得ないというか、そういった発言になりがちだけど、何も感じてないわけではない。むしろそれでも決断しなくてはならない立場だからこその苦渋があるんだろう。のほほんと生きてて申し訳ない。
「……まぁ、切り分けて考えることにする」
姫だってそうだったしな。
「そうしろ」
トーマスはまた本を開いて読み始めた。だからオレも気にせず考えごとをすることにした。
クックソンをどうやって乗っ取るか。乗っ取るとは決めたものの、まだどうすればいいのか何も思い付かない。
マギーのやったことはさておいて、彼女の弱みにつけ込んで自分の言いなりにさせていたんだとするなら、いや、したんだろうな。いくら王家を憎んでるといっても幼女を洗脳するようなことを思い付くぐらいなんだし、鬼畜なんだろうな、思考が。そんな鬼畜がベンを唆したとして、まともに約束を守ってくれるとも思えない。
クックソン家は財力があるからその線で攻めるのは難しいかなぁ。商会も持ってはいるだろうけど馬鹿にしてそうだよな。
クックソンの息のかかった商会に声をかけるのはクリスやハリス商会に任せるとして。
鉄道の建設に関する計画は順調に進んでるみたいだから、そこに加わらないクックソンはいくらかなりとも財力に打撃を受けるわけだけど、時間がかかりすぎる。
クックソン家に娘はいない。息子のみ。それも一人息子のネヴィルだけ。これは簡単に調べられたというか貴族年鑑に乗ってるから皆知ってる。ネヴィルを失脚させたとしても、普通は縁戚が後継者に収まってしまうし。一族を連座でもしないかぎり難しい。そこまでの罪となると、やっぱり王家転覆を明るみにしないといけない。でもそうなると王家が当然絡んでくるし、そうなればうちがクックソンを乗っ取るのは厳しい。この件でいうなら、王家としてはアサートン家──トーマスに爵位を与えたいと思うだろう。
足元から崩すしかないのかなぁ。
「トーマス」
「ん?」
「クックソン領はどうなんだ?」
「……想像のとおりらしいぞ」
「そうか」
「どうかしたか?」
「いや、ちょっと確認したかっただけだ。それより、古典的なんだけど、演劇を上演したいんだけど、良い劇団を知らないか?」
トーマスは怪訝な顔で「演劇?」と聞き返す。
「そう」
「本当に古典的だな」
「もっと良い方法はあるんだろうけどさ、思い付かないし、何もしないでいたずらに時間が経つのも嫌だし」
待つのはあまり性に合わない。うかうかしてるうちに邪魔をされるぐらいなら、する。
「演目は?」
「オレのご先祖を主役にした話にしようかと思っている」
クックソンと対立すると決めた、オレが似てるらしいご先祖を主役にした話。
「意図は分かるが……」
「意図は、オレがハンプデンを継ぎやすくする為で、今のクックソンに害意はないよ」
「嘘を吐け」
呆れ顔のトーマスに笑い返す。
「人気、出てほしいな。王国全土で上演されるぐらい」
「民に受ける良い脚本を書く劇団を探しておく」
「助かる」




