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44.それは恋路か諍いか

 そっとフィアの手を引いて、ネヴィルの視界に入らないように移動する。オレの不審な行動にフィアは一瞬だけ驚いた顔をしたものの、何かあったと察してくれたようで、そっとついてきてくれた。

 ネヴィルはツァーネル殿下とトーマスと話をしている。なんという恐ろしい組み合わせ……。

 双方笑顔。無表情が多めのトーマスまで笑顔で、色んな意味で怖い。いっそいがみ合ってくれたほうが分かりやすいというか心臓に、よくはないか。どちらにしろ組み合わせが最悪。

 オレだったらトーマスのように笑顔で接することなんて無理だ。作り笑顔のトーマスを遠巻きに眺めてると、侯爵家の令息だということを思い出させられるというか。忘れてるわけじゃないけど、学園では無表情多めとはいえ、呆れた顔だったり悪巧みをしている悪い顔なんかも見せてるから、実は遠い世界の人間なんだということを忘れがちだ。オレも伯爵家の人間だから、決して低い身分ではないんだけど、アサートン家は侯爵家の中でも上位に位置する。王族が降嫁するような家だし、トーマスの婚約者は姫だし。学園で知り合わなければ、夜会での挨拶だってするかどうか疑わしい。それぐらい立場が違う。

 

 学園を卒業したら今のようには付き合えないのは分かってたんだけど、そうか、これが本来のトーマスとオレの距離か、と実感する。そう考えると学園ってすごい場所だ。上下関係は完全になくせないとはいえ、本来なら交友のない子息令嬢とも顔を合わせるわけだし。そもそも男女共学っていうのが思い切ってる。

 以前は男性しか学園に通えなかった。それが女性も爵位を継げるようになってから変わったらしい。反対は色々あったみたいだけど、学園に通わせることはメリットがあると思った家が多かったようで、すぐに反対意見は消えた。

 爵位を継ぐ女性は多くない。ほとんどは嫁ぐ。そういった女性は嫁ぎ先を探すのが大変だ。全ての家が裕福でもないから、夜会に着るドレスを用意するのだって大変なはず。学園で知り合っておけるのはメリットがある。男性側もそうだ。婚約してみたらとんでもない人だった、っていうのも多かったらしい。学園にいる間に人となりが分かるのは大事なことだと思う。男女双方変な相手に引っかかる、なんていうこともあるにはあるみたいだけど。


 本来ならクックソン家とも争うはずじゃなくって、雲の上で争いが起こってたんだろう。あ、でもご先祖はその状況でも対立したんだから、関係ないんだろうな、結局のところ。きっかけがなんであれ、ぶつかる時はぶつかる。トーマスとも学園がなかったとしても知り合ったかもしれない。

 フィアにそっと、「殿下と話しているのが、クックソンの後継者です」と教える。

 隠れた意味をそれで理解してくれたみたいで、小さく頷いた。

 演奏を楽しむ気持ちは霧散してしまったけど、演奏に罪はない。大人しく隅の席に腰掛け、演奏を聴くことにした。最前列に着席してる殿下やネヴィルが気になって、演奏に集中できないけど……。

 

 

 

 演奏がひと通り終わったのを見計らってフィアをミラー邸に送る。せっかくのフィアとのデートだったのに、ネヴィルの所為で台無しだ。大体、アイツは何が目的で会場に来たんだよ。在校生にクックソン家はいなかったはず、たぶん。自信がなくなってきた。

 馬車の中で、フィアが何か思い出した顔をする。

 

「会場でお見かけしたクックソン家の方ですが」

 

 次にフィアが何を言うのか待っていると、予想もつかないことを言った。

 

「以前、どなたかと密会されていたのを見たことがあるのです」

「えっ?」

 

 密会?

 

「女性と口論してらして……いえ、女性が一方的に話してらしたかしら……」

「どのような内容だったか、聞こえましたか?」

 

 首を横に振ると、フィアは申し訳なさそうな顔をした。

 

「申し訳ありません。話の内容までは聞こえませんでした」

「謝らないで。その女性は知らない女性でしたか?」

「面識のない方でした。栗色の髪の、すらりと背が高くて細身の女性であったと記憶しております」

 

 栗色の髪は珍しくないから誰かを特定するのは難しいなぁ。

 

「そういえば」


 フィアがじっとオレの目を見る。うっ、ドキッとする。

 

「その後、別の場所でその方とぶつかったのですが」

「え、ぶつかったんですか? 怪我は?」

 

 女性はヒールの高い靴を履いているから、ぶつかって体勢を崩したりすると倒れて、足首を痛めることが多いと聞く。

 

「大丈夫です。私、存在感が薄いのか気付いてもらえないことが多くて」

 

 気配を消すのが上手いとベンも言ってたな。オレもまだフィアの気配を察することができないし……。

 

「その方、俯いて歩いてらしたのですが、私とぶつかって顔をお上げになったので、目が合ったのです。その、右目と左目の色が少し違ってらして」

「オッドアイですか?」

 

 それは珍しい。

 

「はい。ですがまったく系統の違う色ではなくて、右目が明るめの緑で、左目が明るめの茶色だったように記憶しております。近くで見なければ分からないと思います」

 

 オレには誰だか分からないけど、歩く辞書のトーマスかクリスに聞けば分かるかもしれない。

 ネヴィルと話す女性かぁ……。オレの勝手なイメージとして、権力で女性を思いのままにしている、なんだけど。婚約者はいないけど、それなりに遊んではいると思うんだよね。

 

「その……」

 

 フィアが話を続けたので、慌ててフィアに意識を戻す。

 

「泣いてらしたのです、その方」

 

 クックソンに騙されたとか弄ばれたとか、そういうことだろうか……。大いにありえる。クックソンだし。でも、王位を狙ってるんだとするなら、後腐れのない関係の方が多い気がする。後継者を産む義務を果たした既婚女性と一夜の恋を楽しむとか、援助という名で未亡人と、とか。没落貴族の令嬢を養女に迎えて愛人にする、なんていうのもあるらしい。

 それはさておいて、本気になってしまったんだろうか、お相手の女性が。

 

「……なんだか訳ありのようですね」

 

 そうなのです、とフィアが頷く。

 

「年齢は私達より上の方だと思います。学園でもお見かけしませんでした。あまり夜会には参加しないので、どちらの方かは存じ上げないのですけれど……」

「クックソン家のことは知らないことが多いので、情報はどのようなものでも嬉しいです。ありがとう、フィア」

 

 あっちは何年も前から準備してるんだから、調べたところでどれだけ情報が得られるか分からない。だからフィアが教えてくれたものが何てことのないものでもいい。情報は多ければ多いほどいい。

 オレにはさっぱりでも、そういった小さな情報から色々積み上げられる人っているよね。トーマスとかトーマスとかクリスとか。

 

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