43.実は中止になってないよ芸術祭
今日は芸術祭。参加しない生徒には全く関係のない行事。去年まではオレもそうだった。
うっかり忘れるところだったのを教えてもらって思い出した。個人的には色んなことがあったけど、他の生徒には関係ないし、真剣に芸術に向き合ってる生徒もいるんだろうから、無事に開催されて良かった。チャールズとのことで中止になったら目も当てられなかったけど。トーマス曰く、会場が学園ではなかったから開催が中止にならなかったんだろうって。
フィアと一緒に出展された作品を観る約束をしてる。トーマスも誘ったら断られた。多分気を遣ってくれたんだろう。
すっかり痩せて、化粧も侍女にしてもらうようになったフィアは可愛い。かつてのフィアの婚約者達(トーマス除く)が、婚約解消を後悔するぐらい可愛い。さすがにここ最近は元婚約者達がちょっかいを出してくることはなくなったらしい。でも油断は禁物だ。フィアが痩せて可愛くなったことで元婚約者達の評価が下がったからだ。何で下がるのかと思ったら、オレがフィアを可愛くさせたからだとかなんとか? 意味が分からない。そうではなくて、フィアがフィアの努力でもって可愛くなったと評価されてほしいんだけどな。それはそれとして、フィアの評価が上がるのはいいことだと思ってる。フィアの自信につながるだろうし。
フィアをエスコートして、会場となった館に入る。初めての参加だからこれまでとどう違うのか分からないんだけど、結構な人がいる。
「私、芸術に疎いもので初めて参加するのですが、これほど多くの方が関心を持っているのですね」
同じような感想をフィアも持ったようで、人の多さに驚いている。中には打算的な人達もいるにはいるだろうけど、多くは芸術に関心がある人達だろう。
「僕も初参加なので、これほど人の関心を集める行事だとは知りませんでした」
「当主になるのですから、こういった催しにも参加すべきだったと反省しております」
根が真面目なフィアは、反省した顔を見せる。
「無理をしなくてもいいとは思うけれど」
「ですが」
「芸術は僕達貴族にとっては教養として必要ですが、美に関して感じ方はそれぞれだから、無理に好きにならなくていいと思うので」
好きなものが見つかったら幸運だった、ぐらいのものだと個人的には思ってる。
「そうですね。良い出会いがありますように」
フィアは頷いて、笑顔になる。
フィアの笑顔は芸術だと言いそうになるのを必死に我慢。言ったらフィア、走って逃げそうだし。トーマスが聞いたら呆れそうだ。否定されるとは思うけど、それぐらいオレにとっては価値があるものなんだってことが言いたいんだけど、言う前に絶対逃げられるだろうなぁ。
生徒の多くは楽器の演奏で参加する。それ以外は絵画や彫刻。絵画や彫刻と違って演奏で参加する生徒は午前と午後に分かれて演奏する。通常なら学園で開催されるけど、今回はそうじゃないから、演奏組は緊張しているらしい。
「レジナルド」
声をかけられて振り返ると、トーマスがいた。ツァーネル殿下もいる。オレの誘いを断ったのは遠慮じゃなくて殿下と先約があったからかぁ。
「ご機嫌麗しく」
挨拶をしようとしたら止められた。
「公式の場ではないから、そのぐらいで」
殿下がフィアを見る。
デビュタントとして王家主催の夜会に参加した時に殿下のことを見たことはあっただろうけど、挨拶ぐらいしかしないから、こんな風に顔を合わせることになってフィアは緊張してる。しっかりと手を掴んでおく。安心してくれるといいんだけど。
「フィアメッタ嬢だったかな」
「は、はい。殿下にはご機嫌麗しく」
「レジナルドの婚約者がどのような人物なのか気になっていたのだよ」
なんで?
「彼の相手は大変だろう」
「どういう意味でしょう、殿下」
オレと殿下ってまだそんなに会ったことないのに、その発言はどういうことなんだ。
「そのままの意味だよ」
そう言って殿下は笑う。いや、意味が分からないけど? 変な風にフィアに捉えられたら困る。
「こんなにも愛に飢えた男の相手は大変だろう?」
「あぁ」
そっち。
「全く問題ありません」
トーマスが答える。何でトーマスが答えてるのか分からないけど。フィアも頷いてる。
「大丈夫です。むしろ私の想いを受け止められるのはレジー様しかいないと思っております」
フィアがそう答えると思っていなかったのか、殿下はちょっと驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。
飛び跳ねたいぐらい嬉しいんだけど! 顔が! 顔が緩む!
呆れ顔のトーマスと、笑顔の殿下。
やれやれ、とか思われてそうだけど、いいんです。オレとフィアが幸せだから。
「それはなによりだ。邪魔をして悪かった」
殿下がトーマスに目配せをすると、トーマスが頷いた。トーマスはフィアに軽く挨拶をし、何故かオレのことを軽く睨んで去って行った。
「アサートン様は本当にレジー様がお好きですね」
え? 今睨んでいったよね?
「そうですか? 睨んでいたような」
「アサートン様が素直になれない分、私は素直になると決めました」
え? 素直になる? なんだろう?
勝手に期待してしまうオレ。
「お顔が緩んでおりますわ」
「え? ごめん、フィアの言葉が嬉しくて」
フィアの想いを受け止められるのはオレだけだって、フィアが認めてくれたんだから、嬉しくならないわけがないっていうか。顔、原型とどめてるかな? 自分でも分かるほど顔が緩む。あぁ、もう幸せ。すっごい幸せ。
「そのようなレジー様の表情も、本当は独り占めしたいのです」
「え? してほしい」
フィアの顔が赤くなって、瞬間的に手を掴んだ。直後にフィアが逃げ出そうとしたのが引っ張られた腕で分かった。
「捕まえられた!」
「レジー様、手加減してくださいませ」
「それはちょっと、無理」
自分は言えるのに、言われるのには慣れていないのか、フィアは涙目だ。
「それは僕にも余裕がないから」
「確かに」
否定してほしかった。余裕があるように見えるとか言われてみたかったけど、幸せで死ぬとか言ったの自分だし、余裕なんて欠片もなかったなと思い直す。
奥から楽器のチェックをする音が聞こえてきた。
「僕達も聞いていきましょう」
フィアの手を引いて、演奏会場に向かう。
この後も多くの障害が二人の前に立ちはだかりましたが、愛の力で乗り越えました。完。
……ってならないのが現実だよね。会場で見つけた顔に思わず肩を落としてしまった。
トーマスに見せられた絵姿の人物がいた。ネヴィル・リー・クックソン──クックソン家の後継者が。




