42.まず何から始めよう?
昨日までとは打って変わって、兄弟全員が集まっていたものだから、父親に呼び出された。自分とクリスだけ行くのもどうかと思って、皆で父の部屋を訪れたら驚かれたけど。
「……何があったか、教えてもらえるか?」
「クックソンを打ち負かす為に手を組むことにしました」
「クックソン家を?」
ベンに目を向けると、ベンは頷いて一歩前に出た。
「先日、クックソンの分家筋から手を組まないかと打診を受けました」
途端に父が不快感を表した。珍しい。
ため息の後、いつもの柔らかい表情に戻った。
「よく、打ち明けてくれた」
オレ達を見回すと、「それで、クックソンを打ち負かすというのは?」と聞いた。
「これから皆で考えます」
「そうか。上手くいかなくてもいい。何事も経験だ。やってみなさい。あとは何とかするから」
笑顔で頷く父に、兄さん達はほっとしているようだった。何とかしてくれるというのは頼もしいけど、頼らないようにしないと。ベンを見ると、オレの視線に気がついたのか目があった。軽く睨まれた……。
たぶん、オレ達の中で一番真剣なのはベンだろう。爵位が欲しいとかそういうことじゃなくて、いや、欲しいだろうけど、それだけじゃないというか。
……オレも、負けてられない。ベンに認めてもらわないと。
父の部屋を出てから、またサロンに戻る。
「どうやったら家って乗っ取れるんだ?」
「簡単なのは婚姻だな。もしくは一族を根絶やしにする」
「根絶やしは駄目だろう。恨みを買う」
「じゃあ、婚姻か」
オレやクリスが話さなくても、兄さんもベンもどうすべきかを口にしていく。なんだかそれが嬉しい。
「クックソンの分家筋をこちらに引き込むのが一番簡単なんじゃないかな」
「上手くいくかな」
「分家筋から声をかけてきてるんだから、あっちに本気を見せてもらえばいいと思うよ。誠意というか」
……クリスが怖い。笑顔で恐喝しそう。
「僕達の予想では、第二王子を誘惑させるために用意された令嬢がいると思うんだよね。その令嬢をベン兄さんが誘惑すればいいんじゃない? あ、贈り物だったらハリス商会で用意するから大丈夫だよ」
「お、おぉ……」
これまで大人しい末っ子だったクリスの本当の性格を垣間見て、兄さんとベンは戸惑ってる。
「令嬢といえばさ」
ふと思い出して、話題の一つとして言ってみることにした。
「ジェーン王女の教育係を務めていたオースチン家の令嬢」
「マギー・パット・オースチンか。それがどうかしたか?」
「実はずっと気になってるんだけどさ、どんな人間なんだろうって」
皆が怪訝な顔になる。
「どういう意味だ?」
「ジェーン王女が幼い頃から一緒にいて、全く情がわかなかったのかなって。成長した姿しか知らないけど、小さい頃は可愛かったんだろうって思えるんだよね」
小さい頃は皆可愛いと思うけど、美少女や美少年の幼い頃は恐ろしく可愛いんだよね。天使みたいで。クリスの小さい時なんて誘拐されるんじゃないかと気が気じゃなかったぐらいだったし。
容姿はさておいても、幼い子が一途に自分を慕ってくれるのに、罪悪感とか抱かなかったのかな。
「親の命令だったとしても、何か思うところがあるんじゃないかってこと?」
クリスの問いにオレは頷いた。
「ほら、彼女が余計な一言を漏らしちゃったのもあって露見したわけだけど、それって、本当にうっかりだったのかな」
うっかり漏らした割に、その後は二度と漏らしてない。漏らしたことは家族も知らないんじゃないかな。
「……わざとだとしたら?」
兄さん達の眉間に皺が寄る。
「自分は理解できないけど、色んな考え、感性の人間はいるから、たまたまそうだったのかもしれないんだけどさ」
「確認する価値はあるな。もしそれが意図的だったなら、手を組めるかもしれない」
クリスが何かを言おうとして口を開いたと思ったら、すぐに首を振った。
「なんでもない、ごめん」
ベンがそんなクリスを見て苦虫を噛んだような顔をする。
「誠意を見せてくれは露骨だからな、悩んでいる姿を見せるつもりだ。親兄弟を裏切るんだ、そんなに簡単に決断できるわけがないんだからな、普通は」
確かに。あまりに簡単にあちらの提案を飲んでしまったら、疑われるかもしれない。
「あまりに警戒しすぎて手を引かれたら?」
ティムの言葉にベンがため息を吐く。
「クックソンはここにくるまでに何年もかけてきてるんだろう? 姫のことだけじゃないだろう、用意しているものは」
オースチン家との関係もずっと続いていたってことだもんな。
「オレだったら引かないぞ」
「僕も引かないかな」
ここまで来たのにって思っちゃうもんなぁ。その気持ち分かる。
王位の簒奪がクックソンの目的。一番簡単なのは王家との婚姻なのにそれはしない。王家の一員になりたいんじゃなくて、王家そのものをすげ替えたいんだから。
そう思うものの民衆の不満を抑えるためなのかなんなのか、姫とオースチン家の後継者の婚姻を目論んだ。
王家の姫が自分達より下に位置することにくらーい喜びを感じちゃうタイプだろうか。もしそうなら陰湿だけど、姫が幼い頃から非道なことをしてるぐらいなんだし、十分にあり得る話。
「クックソンの後継者は、他国の姫との婚姻を望むと思うんだ」
王太子殿下がそうであるように。他国の後ろ盾は必要だ。国内の有力貴族との婚姻はその後でもと思ってもおかしくないし。
トーマスの父親が持ってきた大国の姫との婚約で、王家は二つの後ろ盾を得たことになる。今の王家に手を出せば、大国に侵略の理由を与えてしまう。
姫は国内の有力貴族のアサートン家と婚約したわけだし。王家の婚約事情は完璧だ。
「ただ、まだ全員婚約状態なんだよなぁ」
「なにが」
「もし王家を襲うなら今だろうなと思って」
婚約状態の今なら、姫達も嫁いできていないんだから挽回のチャンスだ。
「それも狙っていて、騎士達にクックソン家の息がかかった者達が多くいたんだろうけど、先日のレジー兄さんが投獄された件で騎士達の多くは配置換えをされてるんだよね」
姫の護衛はクックソン派だったって話だし。配置換えはいいことだと思う。
「でもそうなると、クックソン派がまとまっちゃうんじゃないのか? その、どこかの部隊にクックソン派が集まった状態になって、そいつらが集団で襲ってくるとか」
ティムの不安からくる発想はオレにはないものだから、そういう視点があったか、と思うことが多い。
「それはあり得るなぁ。ありがとう兄さん。トーマスに伝えておく」
感謝されると思ってなかったようで、ちょっと驚いた顔をした後、ティムは恥ずかしそうに頷いた。
夜会なんかがあると多くの人間が出入りするから賊が紛れ込むことが容易い、なんて話も聞くけど、うちの王家は夜会ほとんど開かないからなぁ。
「次の夜会は姫がデビュタントになる集まりの時か」
同じことを考えていたのか、ベンが言った。
「トーマスが側にいるだろうけど、それだけじゃ不安だ」
「おまえの婚約者を姫の側に配置すればいいだろ」
「フィアを? なんで?」
「あの気配察知能力、なかなか凄いぞ。それに姫の婚約者のトーマス公子はおまえの友人なんだ。一緒にいてもおかしくないし、一緒にいたほうが守りやすいだろう」
フィアをなんだと思ってるんだ? と思わなくもないけど、二人が一緒にいたほうが守りやすいのもあるけど、何かあったら二人とも同時に危険な目に遭う。
「おまえが守ればいいし、おまえがいるほうがあっちも手出ししにくいはずだ」
「僕もそう思うよ」
クリスとベンに言われてしまっては頷くしかない。
元よりフィアのことは守る気でいるんだけど。
「何かあってもフィア優先なんだけど、許されるかな?」
姫が襲われそうになったとしても、フィアの安全を優先したいんだよね、オレとしては。
「いや、そこは……うーん……」
唸った後、ベンはデイヴィッドを見る。
「オレとティムは家族と反発してることにしよう。デイヴィッド兄さんは今からレジナルド派だ」
戸惑いながらもデイヴィッドは頷く。
「レジナルド派のオレは何をすれば?」
「デイヴィッド兄さんは体格も良いからな、レジナルド達と一緒にいて、何かあったら姫を守ってくれ」
「でもそれだと、お邪魔虫にならないか?」
婚約者のいないデイヴィッドが姫とトーマスの側にいるのはいささか不自然だもんなぁ。
「デイヴィッド兄さん、爵位は諦めて商会長になったらどう?」
クリスが突然言った。
今の話の流れから何故商会長に?
「はっきり物を言うデイヴィッド兄さんは商会長のほうが向いてると思う」
うーん、と唸ったかと思うと、デイヴィッドは頷いた。
「令嬢達にもいつも失礼だと言われて振られるんだ」
「平民の女性は令嬢達のように柔らかくは言ってくれないだろうけど」
「いや、はっきり言ってもらったほうがオレのような鈍い奴には助かる。ただオレに商会長が務まるか?」
「エリナーの友人に男爵家の令嬢がいるんだけど、商会の運営に関心はあるものの、まだ女性が商会長になれるようにはなってないからね、その彼女と婚約したらどう?」
……あー、なるほど。その令嬢と一緒にオレ達と合流すればいいってことか。突然何が始まったのかと思った。
「鈍いオレでもいいんなら、色んな意味でありがたいが……」
「平気だよ。躾けてもらえば」
……え? 躾?
皆がクリスを見る。満面の笑みのクリスが怖い。




