41.決意表明?
クリスに引っ張り出された三人は思った通り嫌そうな顔をしていた。兄二人は困った顔で、ベンだけが敵意剥き出しだった。
「単刀直入に言うんだけど、クックソンをやっつけよう。それで家を乗っ取ろう」
そう言うと三人共ぽかんとした顔をする。クリスはそんな三人の様子を楽しんでる。
我に返ったのか、ベンが言う。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ、おまえは! 気でも狂ったのか?」
「狂ってないよ。考えた結果、それが一番良いと思って」
「クックソン家だぞ?! 公爵家の!」
うんうん、と兄二人がベンの隣で頷く。
「アイツらは王位簒奪を目論んでるからさ」
「……何を根拠に」
「ベン、おまえクックソン家ともう接触してるだろう? トレヴァーかハンプデンの当主にするのを後押しするとでも言われてるのか知らないが、そんなの上手くいかないぞ」
オレと視線は合わせないものの、ベンがイライラしているのは分かる。
「そこに正義はないとかご立派なことでも言うつもりか?」
「そういうのはガラじゃないから他の人に任せる」
義侠心とか、そういうのではないんです。
「オレはね、面倒ごとはごめんなんだよね。フィアと幸せになる為ならなんでもするけど、アイツらのやってくることはオレにとって邪魔なだけなんだよね」
「惚気んじゃねぇよ」
「たまには惚気たい。まぁそれで、オレたちがこうして睨み合うのはそもそも、兄さんたちもベンも爵位が欲しいからだろう」
「それは、まぁそうだけど……」
三人とも図星、という顔になる。
よし、ちょっと警戒が和らいだな。
「クックソン家ともなればいくつもの爵位を持ってるだろ。狙いは大きく公爵位だけど、そうはならなくても伯爵位ぐらいならもらえると思う」
「……もらえるって、誰から」
「王家」
王家は本気でクックソン家を潰そうとしてるんだから。同じ公爵位はもらえなくても、最低でも伯爵位は狙えるはず。
「王位簒奪を狙う奴らに利用されてオレたちが仲違いする必要あるか? むしろそれを利用して爵位を奪いたいしアイツら徹底的に潰したい」
「名声に興味はないけれど、王家に敵対するということは反逆者だよね。その反逆者を退けたとなれば、名声は凄いことになるだろうね」
兄さん達の目の色が変わった。さすがクリス。兄の御し方をよくご存知ですね……。
「どうやって?」
「まだ何にも考えてない」
「馬鹿か! そういうのは考えてから声かけろよ!」
「え? だって皆で考えたほうが楽しいし、皆で決めるもんだろう?」
ベンは目をつぶってぐっと何かに堪えてる。
数秒ほどしてから、目を開けてオレを見る。ここ最近のオレを見る目ではなくて、オレをライバルだと言って皆の知らないところで努力してた時の顔。いつからかベンは努力しなくなった。なんでだか分からないけど。
「利用されて使い捨てられるぐらいなら、やってやるか」
「そうそう!」
「面白い!」
「いや、待て! そんなことをして何かあったらそれこそ家が潰れる! 誰だってそんな危ない橋は渡らないぞ!?」
次兄が止めようとするのを、ベンが鼻で笑う。
「兄さんはそうやって向こう側で橋でも叩いて足踏みしてろよ」
「なんだと!」
掴み合いになったのを見守っていたら、「止めないの?」とクリスに聞かれた。
「止めないよ? 言いたいことを言えなかったら計画は失敗するから」
どんなことでも思うことは言ってもいいと思う。ティムのような意見も必要だ。皆が同じ考えっていうのはまとまりはいいけど大体よくないことが起きる。自分達の考えが当然みたいになって、それ以外のことを考えなくなるから、警戒しなくなるっていうか、驕るっていうか、まぁ、失敗するよね。
「ただ、最後の目標は同じでありたいかな」
「……レジナルドの目標は?」
ティムがオレを見る。
「三人も爵位を得て、家族仲が円満になること。クックソンにこれ以上オレとフィアの邪魔をされないこと」
「おまえ、もっと上の爵位がほしいとか思わないのか?」
ベンは呆れ顔だ。
「オレは器用じゃないから、伯爵家を支えるのだって精一杯だと思うよ。ましてやもっと上の爵位なんて考えたくもない」
ミラー家をフィアと守るだけで充分だったのになぁ。
「じゃあ、もしもっと上の爵位が目の前にぶら下がっても、要らないな?」
「勘弁してくれ」
にやりとベンは笑った。
「向上心のない奴め」
「これが精一杯だよ」
身の丈を知ることは大事だってタラにも散々言われたし。でも、欲しいものの為に駄目で元々、そう思って努力するんだっていいと思うんだけどね。
「おまえの言うとおり、クックソン家の分家筋から声をかけられた」
ベンの言葉は思った通りのものだった。
「自分達に協力してくれれば、家を継ぐのを約束すると」
他人なのに勝手に約束しないでほしい。
「それでおまえの婚約者を見に行ったんだが……」
フィアを見に行ったと聞いて、分かっていたけどちょっとイラッとした。
「何もしてないからそんなに苛つくな」
「あ、顔に出てた? ごめん」
彼女に何かしたら絶対許さないからね、たとえ兄弟でも。
「でもあれは、無理だろう」
「ん? 無理? なにが?」
「そっと近付いただけですぐに気付く。何か特殊訓練でも受けてるのか?」
「受けてないと思うよ」
気配を消して歴代の婚約者を観察するとか、そういったことで培われた特殊技能だと思う。
「オレが頼まれたのはおまえと婚約者の仲にヒビを入れろってものだったな」
「商会が本当に気に入らないんだね」
笑顔でそう言うクリスが怖い。
「それだけか?」
「あとはおまえを懐柔してアサートン家の動向を知らせろとか」
「面倒だから嫌だよ」
いくら可愛い弟の頼みでも嫌かなあ。
「あっちはこっちを調べてるだろうけど、こっちはあっちを全然知らないんじゃ、やりようがないな」
「トーマスに頼むか?」
「それじゃつまらん」
目をキラキラさせたベンを見るのは本当に久しぶりだ。いつだったかな。子供の時以来か。いや今もまだ子供といえば子供なんだけど。
あの頃はハンプデンを僕が継ぐんだって、ベンは言ってた気がするな。
「この計画は、失敗してもオレ達にあまり痛手がない」
「そうだね。むしろもう半分ほど成功してると思う」
ベンが言い切るのをクリスが肯定する。
クックソンはオレ達を仲違いさせたいのに、クックソンのことでオレ達は共闘しようとしてるんだから。
「ひっかき回してやろうぜ」
「おい、それじゃ爵位は……」
「狙う。でも駄目だったとしたら子爵ぐらいにはしてくれるだろう、お優しい兄弟が」
にやりと笑うベンに、オレとクリスは頷いた。
「勿論」
「ついでに新しい商会の立ち上げにも協力してほしいけれどね」
商会の立ち上げと聞いて、兄達が反応する。
商会の地位はここのところ目覚ましく向上してる。
それもこれもトーマスと姫の密会場所の一つが商会だったからだ。密会というか、商会が二人の手紙を渡す手助けをした、という内容だけど。金の亡者と言われがちな商会が人助けをしたということらしい。そんなことで? と思ってしまうけど、印象なんて簡単に変わるものだとも思う。
たとえクックソンの爵位を奪えなかったとしても、こちらから爵位を得ることも可能。経営が上手くいけば富は約束されるし。ハリス商会と繋がりがあるのは大きいだろうし。
長兄が突然立ち上がった。
「正直に言う」
どうしたのかと皆がデイヴィッドを見る。
「オレは考えるのが苦手だ。爵位は欲しいが」
皆が頷いた。うん、知ってる、という顔。
オレも頭を使うのは得意じゃないけど、オレより不得意だと思う、デイヴィッドは。
ティムも立ち上がる。
「オレは小心者だ。オレも爵位は欲しい」
これにも皆で頷く。
相手を自分の言葉でねじ伏せたいというより、ティムの"皆も"という言葉は自分を守る為だったんだと思う。
嫌われるかも、できない奴だと思われるかも……普通に嫌だし怖いと思う。ただそれがティムは過剰だ。
ベンが立ち上がる。
「オレはハンプデンを継ぎたかった。でも駄目だと言われた」
そっか。そうだったのか。ベンは知ってたんだ。オレがハンプデンを継ぐから、自分は継げないって。それなのにオレは継ぎたくないだのなんだの言ってしまったなぁ。
「ハンプデンはおまえにくれてやる。その代わり可愛い弟の為に爵位を得る手助けをしろ」
そう言って笑うベンの目尻にうっすらと涙が見えた。
胸にぐっとくるものがあって、思わずベンの頭をわしわししたら叩かれた。
受け止めたいと思う。全部。
「勿論。良い領主になるよ、約束する」
「当たり前だ」
クリスが立ち上がる。
「僕はいずれ貴族はなくなると思っているんだ。なくならなくても弱体化すると思う。名声だけの存在としては残るかもしれない。そうなる前に力を蓄えたい。だからハリス商会長の三女と婚約を決めた。トレヴァー家がずっと残るように。だからごめんね、トレヴァーは僕が継ぐ」
先々のことを考えて行動してる末の弟を見て、兄さん達もティムも、真剣な顔をしてる。
皆で目標を口にして、良い流れだなぁ、なんて思っていたら皆の視線が刺さった。
「え、でもオレはさっき言ったよ?」
「もう一回言えよ」
ベンに背中を叩かれる。
そう言われてもなぁ、と思ったけど、順番に決意表明みたいなものをして、オレだけしないのも、とも思う。
「家族仲良く暮らしたいし、フィアに愛される幸せな結婚生活を送りたい。だからクックソンは邪魔なんだ。力を貸してほしい!」
子供っぽい儀式だと思うのに、胸が躍る。兄弟揃って笑い合ったのはいつぶりだろう。将来のこととかそんなもの、まったく考えもしなかった子供の頃以来かもしれない。
大人から見たらオレ達の企みは子供じみてるだろうけど。いいんだ。多分、これはオレ達にとって必要なことの気がするから。
「おまえのそれ、決まってないなぁ」
呆れ顔のベン。兄さん達も頷いてる。
「だってオレ、世の中の為とか家のためにクックソン倒したいわけじゃないし、皆が素直に言ってるのにオレだけ、クックソンはこの国の王政を脅かす悪だ、倒すべし、なんて言ったら嘘くさいし」
「確かにレジー兄さんの姿をした別人に思うかも」
「のほほんとしてるもんなぁ、レジナルドは」
皆言いたい放題だなぁ。でも不快じゃない。
ずっと憂鬱だったけど、今は違う。
「やってやろう」
皆が同時に頷いた。
やってやるぞ!




