40.守るのは性に合わないんです
オレが考えてどうこうなるとも思えないけど、頭から離れないし、アイツらをどうにかしないとオレとフィアの幸せな婚姻生活が脅かされるので、早速行動。行動あるのみ!
ミラー家のタウンハウスから戻ったオレはサロンに向かった。長兄、次兄、四男、クリスが揃ってる。会話はしてないけど。
「ベン」
ベンに声をかける。嫌そうな顔でオレを見る。長兄達はこっちを見ないけど、耳を澄ましているのはなんとなく気配でわかる。
「……なんだよ」
「すぐ終わる」
すぐそばの椅子に座る。
「クックソン一族から声をかけられても断れよ」
「……なんだ、いきなり」
この反応からして、何を言われているか分からない、という感じではなさそう。つまりもうあっちが行動を起こしてるってことだ。
「もし、クックソンと親しくするつもりなら、ハンプデンはおまえを受け入れない」
「はっ! まだ継いでもいないのに既に当主のつもりか?!」
「父上の気持ちを理解しろ。目先の利益が魅力的に見えたなら、その分だけ警戒しろ」
「うるさいな、おまえの指図は受けない」
立ち上がるとベンはサロンを出て行った。兄達はベンを追いかけて行った。
「あまりにもストレートだったとは思うけど、あれ以外に言いようがないから難しいね」
クリスは苦笑いを浮かべ、席を移動するとオレの前の椅子に腰掛けた。
「レジー兄さんの優しさに気づけるといいんだけど。僕なら警告もしないし」
うん、クリスはそうだろうな。
「クックソン達の手先に成り下がれば、トレヴァーとハンプデンから縁を切られるだけなのにね。もしクックソンの企みが上手くいったとしても、兄さん達が感謝されるとも思えないんだけど」
「感謝はするかもしれないけど、それで終わりかもしれない」
「ハンプデンを乗っ取るかもね。トレヴァーよりも利用価値があるから」
もしそうなればその可能性は高いけど、祖父達が受け入れないだろうな。同じ孫なのにベンや兄さん達を後継者として受け入れなかったぐらいなんだから。孫としては可愛がっても、後継者となると話は別みたいだし。
「オレは別にハンプデンを継ぎたいなんて思ってないのに」
「そうだろうけど、こればかりは仕方ないよ」
「そんなに気質って大事かな」
「考えなしで短気、なにごとも誇張して話す所為で信用がない、負けず嫌いだけど努力は他人任せ、こういった人物の下でレジー兄さんは働きたい?」
兄弟を表現する言葉としては辛辣すぎて、答えに困る。
「今日、ベンを見かけた」
「フロアは違うはずだよね?」
頷く。
「それでさっきの発言に繋がるんだね」
「どうしたものかな」
「既に接触しているみたいだったね」
「そう見えたよな」
クックソンはどう動くつもりなのかな。
「王子も王女も婚約者が決まってしまった。どうしようもなければ王族を皆殺しにするしかないけど、その大義もなければ機会もない。そうなってくるとアサートン家、ミラー家、トレヴァー家、ハンプデン家に揺さぶりをかけて何かしらの糸口を掴もうとすると思う。オースチン家は相変わらず沈黙しているしね」
他家の内情は分からないからなぁ。うちの兄弟のような少し困った人間というのはどの家にもいるものだから、そこを突いてくるんだろうけど。
侍女が運んできた紅茶を飲んで息を吐く。
「そもそも」
「うん?」
「クックソンと王家がぶつかった原因ってなんだったんだ?」
「さすがレジー兄さん、そこから?」
「うん、ごめん。知らない」
オレのことをよく分かってるクリスは、仕方ないなぁという顔をして、手に持っていた本を閉じた。
「ことの発端は、当時の王家の後継問題だったんだよ」
「王位継承権ってことか?」
「そう。流行り病で三人もいた王子が皆命を落としたんだ。王家だけじゃない。令息だけじゃなく、令嬢も例外じゃなかった。その時はまだ王女に王位継承権はなくてね、王位継承権六位だったクックソン家が繰り上がったんだ」
「なるほど。本来であれば自分たちが王になっていてもおかしくなかった、っていうところからきてるのか」
クリスが頷く。
「当時の後継者問題は王家だけじゃなかったから、女子にも家を継ぐ権利を与えなければ多くの家が消滅する恐れがあった」
それはご先祖のハンプデン家当主は王家の味方をするだろうと思う。他の家もそうだったんじゃないだろうか?
「降ってわいたチャンスを掴もうとしたのはクックソン家だけじゃなかったみたいで」
分家が色めき立ったってことかぁ。その気持ちも分からなくもないんだけど。
「そのクックソンが、王女を懐柔しようとしたっていうのが業が深いなぁ」
姫とオースチン家を縁続きにさせようとしたんだから、王家に対して少なからぬ憎しみを抱いてそうではある。手っ取り早いのは自分達と姫がそういう関係になることなのに、そうしようとはしなかったんだから。
お前たちは臣下の立場がお似合いだ、ってこと? もしそうなら性格が悪すぎる。
「滅んだほうがよさそう」
「レジー兄さんにしては随分強い言葉だね」
クリスが驚いた顔をする。オレは負けず嫌いだから、言葉にはしなくても結構好戦的だと思う。
「どうにかやり過ごせばいいと思ってたんだけど、根深い問題なのが分かったし。今後も引きずるだろう、これ」
「うん。だから今回は王家も本気なんだと思うよ」
「そうだよなぁ」
実のところ、フィアのことがなければとりあえず落ち着けばいいかって思ってたんだけど。理由を知って理解できなくもないけど、だからってそれをよしとはとても思えなかった。
「王家に自分の血を入れたいんじゃなくて、クックソン家そのものを王家にしたいっていうのがなぁ」
「引くに引けないのか妄執なのか分からないけれど、度し難い愚か者なのは間違いないよ」
辛辣だけど、その通り。
「なぁクリス、時代錯誤も甚だしいクックソンに痛い目を見せたいんだけど、協力してくれるか?」
「アサートン家がやろうとしている鉄道だとか商会の強化ではなくて?」
「そう。多分、あっちのやろうとしたことを逆手に取るっていうのが定石なんだとは思うけどさ、守りに入るのはどうも性に合わないからさ」
ライバルは己の手で倒したいんだよね。
「なにか案はあるの?」
「乗っ取ろう、クックソン家」
「は?」
「いや、兄さん達が継ぐ家がないなら作ればいいかと思って。クックソン家は大きい家なんだし、トレヴァーやハンプデンにこだわらなくてもいいようにさ。家族が仲違いするの嫌だし」
クリスが声をあげて笑う。
「レジー兄さんのそういうところ、僕、本当に好きだよ!」
「ありがとう?」
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけ、という奴だね」
笑いを抑えているのか、クリスはふふふ、と笑う。
「それ、僕たちだけでやる? 兄弟皆でやる?」
「当然皆でだよ」
「分かった。僕、三人を呼んでくる」
上手くいかないかもしれない。でもやられっぱなしは嫌だし、クックソンのために家族仲が悪いままなんてまっぴらごめんだ。




