04.婚約者のことは教えてくれなくて結構です
迷惑ではないから会いに来てほしいとは言ったけど、元婚約者のいる教室には来づらいとフィアは言っていたんだし、こっちから行くべきだった。鈍いなぁ、オレ。
フィアの教室を覗く。
席を立ち上がったフィアが、オレに気づいて肩をびくりとさせる。そんなに驚かれることかな。
「フィア」
「れ、レジー様、ごきげんよう」
フィアの級友達が驚いてる。今までは婚約者からフィアに会いに来ることもなかったんだろうなぁ。うん、オレから会いに来るのは正しい気がする。愛されるにはまず、フィアを大切にすべきだと思ったわけですよ。最終的には相思相愛。二人の間に他の人間が入り込む余地なし、これが目標。
「どなたかにご用事ですか?」
級友達のほうに視線を向けるフィアに、「フィアに会いに来ました」と告げると、目を見張る。
「わ、私ですか?」
「婚約者に会いたいと思うのは普通でしょう」
前と違って濃いめの化粧をしていないから、フィアの頰が赤く染まるのが分かりやすい。髪型も変わったような?
「いつもと髪の結い方も変えました?」
「あ……そうなのです。ジェマ、私の侍女がこのほうが良いと言うので」
いつもの髪型は、ふっくらした頰を髪で隠すためなのかおろされていたし、前髪で目も隠れていた。今は前髪が目にかかることもなく、髪で隠されていた輪郭が見えている。確かに頰のふっくらさは見えているけど、すっきりして清潔感が増したと思う。
「そうですね。フィアのキレイな瞳が見えるし、今のほうが僕も好きです」
血筋らしいのだが、フィアの一族──ミラー家の直系はシルバーの瞳を持つ。光の加減によってはブルーやグリーンに見えるらしい。よくあるブラウンの瞳のオレとしては羨ましい。
「ところで、何処かに行こうとしてたんですか?」
立ち上がったところをオレが捕まえちゃったけど。
「……いえ……レジー様に……」
「会いに来ようとしてくれてましたか?」
小さく頷くフィアを抱きしめたくなったけど、我慢。
「同じ気持ちでしたね」
フィアの顔が真っ赤になって、走って教室を出て行ってしまった。なんで?!
「フィア?!」
私が欲しいなら追いかけていらっしゃいとかそういうのではないと思うけど、追いかけないと駄目だと思われる。
廊下を走って逃げるフィアを、すぐには捕まえずに距離を保って追いかけて、彼女が疲れたところで捕まえることにした。
「捕まえた」
「れ……レジー様はズルいです」
え? なにか悪いことしたっけ? 不正をした覚えはないんだけど……。
「え? フィア、なにか僕、やりました?」
「レジー様はズルい!」
「ってことを言われたんだけど、なににズルいって言われたんだと思う?」
トーマスに相談したら嫌そうな顔をされた。
「愚痴なら聞くと言ったが、惚気を聞くなんて言ってないぞ」
惚気たっけ?
「そもそも、令嬢を追いかけ回したら駄目だろう」
「婚約者を婚約者として扱ってなかった奴に言われたくないけど、そうだよなぁ」
図星、という顔をするトーマス。
「別の方法でフィアが逃げられないようにしないと」
「余計なことを言った気がする……」
フィアはなんでオレをズルいと言ったんだろう。なんだろうな、本当に思いつかないな。それにズルいって褒め言葉じゃないよな。え、嫌われる? 好きになってもらいたいのに嫌われちゃ駄目なんじゃ?
とりあえず謝って許してもらえたとしても、理由が分かってなかったらまた怒らせちゃうわけだし……やはりここは素直にフィアに謝りつつ、オレの悪いところを教えてもらうのが正解なんじゃ?
ちょうど次の休憩は昼食だし。
「昼食、フィアを誘ってくる」
「……好きにしろ」
「あ、トーマスのことは誘えない。ごめん」
さすがに元婚約者と現婚約者と三人で食事って、誰が見てもおかしいし。
「言われなくても分かってる。婚約者同士の昼食に参加するほど無粋でもないし、物好きでもないからな」
「悪いな」
なぁなぁにして、フィアが我慢するのは良くない。
彼女もオレとの婚約を継続したいと思ってくれているのは、やりとりで分かってる。きっとオレに対して不満があっても呑み込んでしまう気がする。それじゃあオレのこと心から好きになってくれないかもしれない。ダメダメ。オレはフィアに愛されたいんだから。
「手紙に返事は来るのか?」
「来る。毎日便箋五枚はあるかな」
「五枚!」
「あれだけの量を毎日書けるのは才能だと思う。話を膨らませたとしても、オレなら二枚書けるかどうか」
フィアはオレからの短い手紙で満足してくれてるんだろうか。それも確認しないとだな。
「どんなことが書いてあるんだ?」
「え? 教えない」
「なんでだ」
「婚約者同士のやりとりを知りたいなんて、おまえ無粋だなぁ」
「そういう意味じゃなくてだな。オレがもらってたのと同じ内容なのかが知りたかっただけだ」
「それこそ知る必要ないだろう」
オレならフィアが心を砕いて書いただろう元婚約者宛の手紙の内容なんて知りたくない。嫉妬する自信がある。過去のことだと言われても、嫌なものは嫌だ。これまでの婚約で失敗しているから自分に順番が回ってきたってことが分かってても。
あぁ、オレってワガママ。心が狭い。フィアにはそんなところ見せないようにしないとって思うけど、嫉妬しそう。
「元婚約者宛の手紙を通してフィアを知るのも嫌だし」
他人から知らされるのってなんだか不愉快だ。
「そう言うなよ、トレヴァー」
背後から声がしたので振り返れば、一学年上の、フィアの元婚約者が二人、ニヤニヤしながらオレを見ていた。
「ミラー伯爵令嬢のことをオレ達が教えてやろうと思って来たんだ。人の好意は素直に受け止めたほうがいい」
言ったそばからこれだ。この二人の生家は共に伯爵家で、家格はオレの家と同じだから強く出られても困らない。
「お気持ちだけいただきます」
「そう言うな」
「上級生の面子を潰すつもりか?」
おまえらの面子なんか知らん。
これまでなんの接点もなかったし、自分達から婚約解消しておいて、わざわざオレに絡んでくるなんて性格悪い。彼女を取り戻したいとかじゃなく、上手いことやってるように見えて気に食わないんだろう。
「婚約とは家と家との契約。信頼を必要とします。婚姻もそうです。人と人との信頼の上に成り立つものでしょう。先輩がたのお気持ちを軽んじるわけではありませんが、どちらかを優先するとなれば当然彼女の気持ちになります。僕は彼女との婚約を自分の意思で望んだのですから」
幸いどちらの家もうちの家との付き合いはない。遠慮なく拒否できる間柄で助かったー。
「なんだと?」
怒りを露わにする上級生を睨み返す。
「そんなに伯爵位が欲しいか、トレヴァー。みっともないな」
「僕は爵位を継げませんよ」
「表向きはな。だが実際は婿として入った奴が家の主になる」
婿として入った人間が管理するものもあるだろう。向き不向きもあるだろうし。でも、管理したからといって本当の主になるわけじゃない。
「僕は彼女が伯爵家の後継者だから婚約したいと思ったんじゃないんで、その指摘は的外れです」
「馬鹿な。あの女にそれ以外の価値はない」
ハッ、と鼻で笑う元婚約者に腹が立ってきた。
「僕は彼女の一途さに惹かれて婚約者になったので、全く関係ありません。たまたま彼女が伯爵家の後継者だっただけです。どうぞお引き取りを」
ちょうど始業五分前の鐘が鳴ったので、二人は教室から出て行った。オレを嘲る視線を送ることは忘れずに。
「アレと一括りにされるのは不快だ」
トーマスが苛立ちを隠せない顔で言う。
「それならばトーマス、次の合同訓練、オレに協力してくれ」
来週、一学年上とオレたちの学年の男子が合同で、騎士の訓練をする。上級生が気に入らない下級生を狙ったりする為、下の学年からは不評な授業だ。
「任せておけ」
上級生の面子とやら、潰してやろうじゃないか。
元婚約者が、己の憂さ晴らしにしゃしゃり出て来たことを後悔させないと。他の元婚約者達への牽制も兼ねて。
あぁ、オレって性格悪い。