39.初めて一緒に過ごす放課後 後編
ミラー家のタウンハウスに到着。いつものサロンでお茶をいただく。
フィアがずっともじもじしてる。もじもじって、本当にそのまんまなんだと、目の前のフィアを見て思った。
このままもじもじして今日が終わったら、また放課後の約束ができるかもしれないし、もじもじしてる姿すらオレにとっては可愛いので、幸せな時間だ。
「あの、レジー様」
「はい、なんでしょう、フィア」
「レジー様はその、ピアスはお着けにならないのですか?」
ピアスは貴族の多くが身に着ける。平民はあまり着けないと聞いたことがある。働く時に邪魔になるから。一方貴族は当たり前のように着ける。本来は魔除けとしての意味合いだったものが、だんだん意味を変えていって、今は装飾品になっているが、本来は魔除け。
オレも子供の頃は病を遠ざけるだとか、そういった意味合いを持つピアスを着けさせられていたけど、最近は面倒で着けていない。
「嫌いなわけではないんですが、面倒なので着けていないだけです」
そうだ、今度フィアにピアスを贈ろう。
「フィアは宝石なら何がお好きですか? 今度贈らせてください」
前にトーマスとも話したけど、オレの瞳の色がもうちょっと変わっていたら良かったのに。
「レジー様はお着けにはならないのですか?」
「どうでしょう。気にいったのがあれば着けるかもしれない」
たとえば、フィアとお揃いとか。お揃い! お揃いいいな!
お揃いを買いませんかと言おうと顔を上げると、フィアが緊張した面持ちで小さな箱を差し出した。
「僕に?」
「はい」
いつもより少し小さな声。
受け取った箱を開けてみると、光沢がありわずかに青みを帯びた白い宝石のピアスが入っていた。見ればわかる。これはフィアの瞳の色だ。
「これ……! フィアの瞳と同じ色ですね!」
フィアの顔が真っ赤になる。
「わ、私の色を、レジー様に身に着けていただきたくて……ごめんなさい、独占欲が強くて!」
「やっと!」
「え?」
「やっとフィアが僕に対してそういう感情を!!」
もらえなくてもオレの身も心もフィアのものだけど! でも、フィアにこうしてオレが自分のものだと示してもらえると、なんかもう、胸の奥が
「きゅんってする」
「え? きゅん?」
抱きしめたい! フィアを抱きしめたいけど我慢しろオレ!
「はぁ……フィアに死ぬほど好きになってもらいたいのに、僕のほうがフィアを好きな気がします」
嫌じゃないけど。そう、嫌じゃないんだよね。
好きになってほしい気持ちはあるんだけど、フィアを好きな気持ちを止めたいと思わない。
「お慕いしております」
フィアが赤い顔のまま、胸の前で両手をぎゅっと握りしめてる。
「レジー様を、独り占め、したい、です」
「ふぃ、フィア!!」
もう駄目! 幸せで心臓が破裂しそう!
「死ぬ……」
「え?! レジー様?!」
「心臓が」
フィアがオロオロしだす。あぁ、ちゃんと伝わってない。オレの気持ちを正しく伝えないと。
「違います、フィア」
手を伸ばしてフィアの手を握る。抱きしめないかわりに、手を握るのは許してほしい。
「前に話しましたが、僕はフィアに死ぬほど好かれたいんです。フィアが僕を独占してほしいってずっと思ってる」
「はい、おっしゃってました」
不安な気持ちが少し薄らいだのか、フィアの表情の強張りが和らいだ。
「嫉妬はフィアの精神衛生上どうかと思うし、僕も好きでもない女性と仲良くしたいと思わないからないとして、想いのこもった手紙を毎日もらえて嬉しいし宝物として大事に保管しているし、毎日学園で会えるのも嬉しい。できれば遠くから見ていないで声をかけてもらって、ランチを一緒にとったり、廊下でばったりすれ違ったり、放課後一緒に過ごしたい、んです」
己の欲望の限りを口にすると、フィアがぽかんとした顔をする。……う、さすがに願望が重すぎたかな。
「しても、よろしいのですか?」
「してくれるの?!」
思わず声が大きくなってしまったので、慌てて口を手で押さえる。興奮しすぎた。反省。
「これまで婚約を結んだ方たちと違って、レジー様はお優しい方だと思っておりました。私のわがままな言動をお許しくださる心の広い方なのだと。ですが、レジー様は本当に心から望んでくださっていたのですね」
大丈夫だと何度言っても、そうしてほしいと伝えても、フィアの中ではこれまでのことが大きくて、そのまま受け止められなかったんだろうな。まぁ、そうなるのは仕方ないと思う。十二回も婚約が解消されたんだから。オレの言葉を社交辞令と受け止めてもしかたがない。そうではないのかもしれないと思っても、やっぱり怖いよね。そう思う中で一つ、気づいてしまった。
「フィアが、僕との婚約を失いたくないと思ってくれていることが分かって、嬉しい」
たぶんフィアは必死に自制してくれていたのだと思う。オレとの婚約を失わないために。
ポロ、とフィアの目から涙がこぼれた。
ポケットからハンカチを取り出してそっとフィアの涙を拭く。
「レジー様は、魔法使いみたいです」
「え? 魔法?」
「はい。初めてお会いした時から、欲しい言葉や、してほしかったことばかりくださいます」
「そのようなつもりはなかったけれど、フィアが喜んでくれていたなら嬉しい。いつもフィアの心の中を覗きたいって思っていたので」
「私の心?」
頷く。
素直な気持ちを伝えるって、ちょっと恥ずかしいな。
「いつもフィアにどうやったら好きになってもらえるか、どんなことが嫌いなのか、なにが好きなのか、そういったことばかり考えてました。フィアの心をどれぐらい占められてるんだろうって」
「そんな……もうずっと前からレジー様でいっぱいです」
「死ぬほど嬉しい」
「死んでは駄目です」
「はい、死なないです。でも幸せすぎて心臓が持たないかも」
「レジー様は、その、私のもの、なので、死んでは駄目です」
ぐぁっ!!
フィアの言葉が嬉しいのに! 嬉しいのに心臓が鷲掴みされたみたいに痛いしなんか胸の奧がふわふわもするし、体温上がるしなんならちょっと涙出てきたしもう。
「フィアが好きすぎて辛い……」
「なんですの、それ?」
フィアが笑う。可愛い。
「フィアもズルいですよ」
「え? 私もですか?」
驚いた顔をするフィア。
どんな顔をしても可愛いなぁ、好きだなぁって思う。
「何をしても可愛いって、ズルいと僕は思う」
一瞬でフィアの顔が耳まで真っ赤になる。
「そのようなこと、おっしゃるのはレジー様だけです」
「実は、僕は結構嫉妬深いので、フィアの良さを皆に分かってもらいたいけど、自分だけが知っていたいという相反する気持ちがあって、葛藤しています。でもやっぱりフィアに幸せになってもらいたいから、皆から愛されてほしい」
最近はフィアと級友が話をしているのを見ることもある。オレの知らないところでフィアは皆と仲良くやれてるみたいで安心した。卒業すれば本格的に社交界に参加していかなければならないわけだから。味方はたくさんいたほうがいいし、フィアを守ってほしい。
「私、レジー様のようには思えないかもしれません。私だけを見てほしいと思ってしまいます」
申し訳なさそうにするフィアに、こちらこそ申し訳ないんだけど、もっと言ってほしい。
「レジー様、お顔が緩んでおります」
「え、緩んでますか?」
嬉しくて口が緩んでしまうから手で隠す。
フィアが、ふふ、と笑う。
「ジャック様」
「なんですか、ジル嬢」
こぼれるような笑みを浮かべるフィアに、幸せを感じる。……うん、何度も思ってるけど、絶対クックソン達にはやられない! アイツらをなんとかしないとトーマスも幸せになれ……トーマス親子なら自力でなんとかしそうな気もするし、オレの微力なんて不要かもしれないけど、それでも。
「フィア、もし僕の兄弟が僕の名を使って近づいてきても気を許さないでください」
「それは、クリス様もですか?」
「クリスも」
クリスが何かをするとは思ってないけど、クリスの名を語ることはあるかもしれないから。
「わかりました。レジー様の足を引っ張ることのないよう気をつけます」
「ごめん、巻き込んで」
いいえ、と答えてフィアは微笑む。
「レジー様を独占するために必要な試練だと思っておりますから」
え? 試練?
「誰にもレジー様を渡さないためにも、頑張ります」
意気込むフィアは可愛い。それともう一回聞かせてほしい。




