37.上を下への大騒ぎ
トーマスと姫が新聞に載ってからというもの、予想していたとおりの大騒ぎとなった。
美しい姫と貴公子の秘められた恋に多くの者は夢中になった。王家もすぐに二人の関係を認め、トーマスと姫は婚約者に。数日も経たずに婚約が公表されて、オースチンも手を打てなかったと思う。
二人の恋を繋いだとして名前があがったオースチン家は、これについては黙秘を貫いた。貫くしかなかったのが正しいんだろうけど。
デビュー前の美しい姫と麗しの貴公子の恋は偽りだ、自分こそが姫の相手だと名乗り出るには、オースチン家の後継者は、オレが言うのも憚られるけど、普通の容姿だし、年も姫よりもずっと上だ。先にオースチンが公表していたならまだしも、後から言い出したら当て馬にしか思われないだろう。多少撹乱はできたとしても、事実ではないことはいずれ分かることだから、評判を落とすだけだ。秘められた恋というなら、姫とオースチン家の後継者とのほうがそれらしかったけど、今の姫は断固拒絶するだろうし、トーマスの容姿が優れているものだから、オースチン家がそう言ったとしてもなかなか信じてはもらえないんじゃないかな……世の中って厳しいよね。
情報は先に出したほうが有利だ。そもそもオースチン家の後継者と姫の間には何もなかったんだから、何を言っても妄想としか思われない。せめてチャールズだったならまだ、年齢差もなくてよかったんだろうけど、これはこれで無理がある。チャールズにしてもその兄にしても、何故姫と会う必要があったのか、そこを突かれたら終わりだと思う。姫が恋に落ちていたり、既成事実があったのなら話は別だろうけど、そのあたりは考えるのも嫌だ。気分が悪くなる。姫がそんな目に遭わなくて本当に良かった。
それと、世の中だけじゃなく学園もひっくり返したような大騒ぎになった。中でもトーマスを狙っていた令嬢たちの嘆きようといったら……。デビューが待ち望まれていた姫にだって、淡い夢を抱いていた輩も多かったんじゃなかろうか。
「罪作りな男だなぁ、トーマスは」
「何を言ってるんだおまえは」
「だって、おまえを狙っていた令嬢は結構いただろう? 諦めきれない令嬢もいるかもしれないぞ?」
フィアとの婚約解消後、トーマスの元には山程釣り書きが届いていたはずだ。陛下に溺愛される姫が相手では勝てないと嘆く気持ちは分かる。整った容姿だったし、姫。
「オレはおまえを見習って婚約者を大切にすると決めた。どれほど誘惑されようと、姫以外を相手にする気はない」
姫が聞いたら喜びそう。オレもフィアに言われたい。何度でも言われたい。
「素晴らしいですね、トーマス君。かつての君を知るオレとしては嬉しいよ」
昔は恋人が、なんて不埒なことを言ってたトーマスが心を入れ替えてくれて、オレは安心した。
「それでだ」
「ん?」
「おまえと姫は同じタイプだろう」
「そうだな」
愛されたい仲間だね。
「同じ言葉はどうなんだ?」
言ってる意味が分からない。同じ言葉とは?
……あぁ、姫へのアプローチがってこと?
「おまえは真面目だなぁ」
「おまえを見習っているんだが?」
「え? オレは真面目じゃないけど?」
それはさておき、友が真面目に婚約者に向き合おうとしているのを茶化したりはしない。応援するとも。
「無理に用意した言葉はすぐに見抜かれると思うぞ。心のこもっていない言葉も」
そんなに心配しなくても姫は容姿も整っているんだし、褒め言葉には事欠かない気がするけど。
「なるほどな。よく分かった」
分かってもらえてなにより。
「正直なところ、おまえ、好きになれそうなのか?」
真面目な奴だから、自分を犠牲にしているのではないかという思いがどうしても拭えない。これまでのことがあった分だけ、姫はトーマスに真剣に向き合ってくれると思うし、それは他の令嬢にはないものなんじゃないかと思う。
トーマスの顔が近付いてくるので、オレも耳を寄せる。
「教えない」
わざわざ小声で言うことなのか、それ。
澄まし顔で手元の本に視線を落とすトーマス。答える気はないらしい。
トーマスがやっぱり姫は無理だとなっても、トーマスを愛して止まない家族がいるし、微力とはいえオレも助けるから、なんとかなるだろう、と楽観的に考えてしまう。なんせ大国の姫をもらいうけるぐらいの伝手やら実行力があるんだから。
「あっちは大慌てだろうか?」
頭からクックソンが離れることはない。全てが終わるまで頭に居座られるのかと思うとゾッとする。
「全く失敗を考慮に入れていないなんてことはないだろうからな、そろそろ次の手をうってくるだろうが」
もう遅い、とでも言いそうなところで言葉を切ると、にやりと友は笑った。
「おまえと同じように、オレも負けるのは嫌いな質なんだ」
…………クックソン、ちょっと同情する。
次にどんな手を打つのかまでは教えてもらってないけど、また罠に嵌ってこいとかは断固お断りする。
考えることは山程あるけど、目先のことにも注意を向けなければ。今目の前にあるもの──ハンプデン。
親達の中では決まっていたことのようだけど、オレからすれば降って湧いた伯爵位。全く知らない領地ではないけど、自分が継ぐとは露程も思っていなかったから、関心がなかった。
クックソンやオースチンのこともあるけど、ハンプデンのことにも時間を割かないといけないなぁ。
…………視線を感じる!
振り返るとフィアがいつものように離れたところから覗いてた。トーマスより先に気付けた?! トーマスを見るとトーマスもフィアを見ていたからもしや同時? オレの視線に気付いたトーマスがにやりとする。あー、負けたみたいだ。くっそー、悔しい!
フィアのいるほうへと向き直ると、目が合った。オレに気付かれたと思ったからか、フィアが小走りでやって来た。なにそれ可愛い!
「レジー様」
「フィア、声をかけてくれればいいのに」
どんどんかけてほしい。
「お二人の邪魔をしたくなかったのです」
「いいのに」
「本当に」
オレとトーマスが同じような答えを返したところ、フィアはちょっと困った顔になった。
「フィア? どうかした?」
「私の最大のライバルはアサートン様です」
「なぜ?!」
おまえも否定しろ、と思ってトーマスを見ると、顔を背けていた。なんでだよ?
「大丈夫です。私、頑張ります」
いや、意味が分からない。分からないんだけど、フィアがオレの為に頑張るって言ってくれるの、凄い嬉しいから良しとする。
「レジー様、あの、本日のご予定はおありですか?」
「ありません!」
フィアから誘われるのかと思ったら、つい声が大きくなってしまった。驚かせてしまったかと思ったけど、嬉しそうにフィアは微笑んだ。
「では、放課後にお迎えに参りますね」
「待って! それは僕にやらせてください。僕がフィアを迎えに行きます」
「ありがとうございます。ではお待ちしておりますね」
軽く礼をするとフィアは教室を出て行った。
「顔」
「ん?」
「緩みすぎだ」
「いやだってトーマス、フィアから初めてのお誘いだぞ?! 浮かれるなというほうが無理だろう!」
「……それほど嬉しいものなのか、なるほど」
納得するように頷くトーマス。あ、もしかして姫とのことで参考に?
「贈り物は花ではありきたりか?」
「オレに聞くの? それ」
思わず苦笑してしまったが、あることに気付いた。
「待って、オレから誘ったことない!」
「おまえ最低だな」
「本当にね?!」
同感です!




