36.次の問題はデリケート
これ以上フィアを不安にさせないためにも、オレとフィアの幸せな婚姻生活のためにも、クックソンをなんとかしたい。
決意を新たに父とクリスに伝えれば、二人に苦笑された。
「ミラー嬢のためなら政争に飛び込むだなんて、ハンプデンらしくないね」
「いや、ハンプデンだからこそ、当事者となった時の行動力があるんだ」
クリスと父がなにやら言っているけど、オレのことはどうでもいいんだよね。
「話し合いはどうなりましたか?」
オレとトーマスを先に帰らせてから、王家、アサートン家、トレヴァー家、ミラー家で話し合いをしたはず。
「姫の企みが失敗したことはすぐにクックソンに伝わる。それを逆手に取ることにした」
漏れないようにするんじゃなくて、先手を打つのか。
「新聞社には明日の朝刊に大見出しがのる。アサートン侯爵家四男と王女殿下の秘密の恋、という見出しで」
どちらにしろ新聞は出るのか……。
姫とオースチン家のことを書かせる予定っていうのは、本気だったんだな……。
「オースチンはどう動くと思いますか?」
「新聞にはオースチン家がその橋渡しをしたと思われる、というように書かれるからね、世情はオースチンを褒めるだろうね。秘められた恋はいつの時代も人の心をくすぐる。かつて経験したことのない、世の中からの好意的な感情にオースチン家は戸惑い、一族の中の意見は分断されるだろう。姫を傀儡とできないのであれば、計画は見直しを余儀なくされる」
「何年もかけて姫を懐柔したクックソン家が、姫の件で失敗したからといって諦めるとも思えません」
クリスの意見にオレも同意すると、父は頷いた。
「そうだろうな。クックソンが王家に入り込む手段はもう一つ。婚約が決まっていない第二王子の婚約者に自分の一族の令嬢を送り込むことだ」
よくある手法だ。自分に年頃の娘がいなかったとしても、一族から養女として迎えいれればいいだけなんだから。クックソン家のことだから、王子の心を掴むための特訓をされた令嬢を育てているかもしれない。
「アサートン侯が令息の婚約者にと望んでいた大国の姫が、第二王子の婚約者となる」
なる。決定? 早すぎるのでは?
「それは既に大国側に話をつけていたということですか?」
同じ疑問を抱いたクリスが尋ねる。父はため息を吐いて頷いた。
「アサートン侯はトーマス公子から希望を聞かされてすぐに大国側に書簡を送り、話を取り付けていたらしいんだ」
好きにやらせるって、そういうこと……?
そういえばトーマスが、姫との婚約について父親がうんぬんと言っていたけど、もしかしてそれ?
「……なるほど、トーマス公子から姫との婚約、鉄道の敷設について相談を受けていたアサートン侯は、息子の希望どおりになるように、準備を進めていたと。そうなるとクックソンが第二王子を取り込むことは不可能になりますし、王太子殿下、第二王子殿下共に大国の姫を娶ることになるので、後ろ盾としては申し分ないですね。本来なら国内外のバランスを取るために第二王子の伴侶は国内の有力貴族の令嬢を娶るものですが……」
「代わりに姫が国内の有力貴族であるアサートン家に嫁ぐ」
バランスは取れるのか。
「王家に入り込むことは阻止できそうですが、そうなれば強硬手段に出る可能性もあるのでは?」
今回だって王家の面々を亡き者にしようとしてたぐらいなんだし。
「その件に関する証拠を、オースチン家が持っている可能性がある」
普通ならそういったものは燃やして証拠隠滅するはずだけど、クックソンに切り捨てられることを恐れていたオースチン家は、処分せずに持ったままかも知れないということか。持ってて、こちらに渡してくれたらいいのに。
「それがなければ別の手がある。証拠があればそれを王家に渡すことで酌量の余地ありとなるだろうが、なければ汚名を返上するように告げて、あちらを掻き回してもらう」
どちらにしてもオースチンを利用する。これまで幼かった姫を騙して利用しようとしたんだから、その報いを受ける時がくると。
「鉄道に関してはアサートン家が上手くやるだろう」
クリスも頷く。
うん、そこは心配してない。
「うちも弱みを狙われないようにしないといけない」
「弱み?」
父は少し困った顔をする。
「おまえがハンプデンを継ぐとなれば、黙っていないだろう、長男達が」
「僕はいつでも辞退しますよ、後継者の座」
「トレヴァー家とハンプデン家は一時的に一つの家となっているだけで、そもそもは別の家だ。トレヴァーの人間である私よりも、ハンプデン一族の意見のほうが重い」
ハンプデン一族というか、ハンプデンの前当主だった祖父母の気がする。そういえば二人ともオレたち兄弟の中で一番オレを可愛がってくれていたかも?
「おまえがハンプデンを継ぐことは昔から決まっていたんだが、おまえが突然ミラー家に婿入りすると言い出すものだから……。ディヴィッド達では駄目かと交渉したのだが、絶対に駄目だと言われていてな」
気質にこだわるとなれば、そうかもしれない。
「兄さん達が火種になりうるということですか?」
「手段を選ばないクックソンならあり得るということだ」
頭が痛くなってきた。
「父上もクリスも、兄さん達を信じないのですか?」
悲しそうな顔をする父に、胸がざわざわする。
「レジー兄さんがミラー嬢との婚約を決めて、僕の婚約が決まった後、兄さん達は何をしたと思う?」
「ごめん。自分のことで精一杯で、気にしたことがなかった」
クリスは笑う。
「気にかけなかったのかもしれないけれど、何もしてないから気にかけようもなかったのかもね」
「何もしてない?」
いや、でも婚約者を探すだとかはしていたような気がするんだけど。
父親を見ると、ため息を吐かれた。
「婚約者を探してはいたが、他力本願でな」
良い人を紹介してください、しか言ってなかったってことか?
「目ぼしい相手を見つけたり、アプローチしたり、していないってこと?」
父とクリスが頷く。
「えぇ……」
じゃあ何してたの? 四男なんか自分はオレよりもっと良い相手を探すって言い切ってたのに。
「三人を見極めるという意味で、敢えて私のほうでは婚約者を探さないでいたのだが、半年あっても成果を出さなかった。相談してくれれば乗る気ではいたが、それすらない」
待ってたのかな。
子爵位が二つあるんだし、その爵位を目当てに婚約したいと思ってくれる家もいそうだけど。
「子爵位は、三人のうち二人が継ぐんですよね?」
「前にも言っただろう、レジー。私は当主として家を守る義務があるのだと」
オレ達兄弟を公平に可愛がってくれた父親は、公平にオレ達を見ていた。
「子供達の中から後継者を選ぶことがハンプデン一族との約束だった」
察しの悪いオレもそれでようやく分かった。父親が後継者について触れないでいたのは、ハンプデン家のことがあったからなんだ。
本来なら後継者を失ったハンプデン家の跡取りとして、母親はトレヴァー家の後継者となる父親とは婚姻が許されないはずだった。それが許されたのは他にも事情があったとは言え、ハンプデン家が後継者を決める権利を有していたから。
「ハンプデンはオレを後継者にするつもりだったのなら、そう教えてくだされば良かったのに」
そうすれば無用な争いはなくなる……かなぁ、あの兄弟は妙に自信があるからなぁ。自分のほうが、と騒ぎだしそうな気もする……。
「まぁそうなんだが、おまえを他所にやるようでね、嫌だったのだよ」
親心という奴だろうか。
「さっきも言ったが、私は当主として見極める必要があった。子爵位は学園を卒業してからお前達が名乗りなさい」
子爵位は伯爵家の後継者が爵位を継ぐまでに名乗ったり、伯爵家の分家として認められた場合に名乗るものだ。さすがにそれは与えられるものだと思っていたのに。
「ここまでは当主としてだが、もしあの子達がクックソンの企みに巻き込まれても乗り越えられたなら、子爵を名乗ることを許してやってほしい」
父親として、できが悪くても子は可愛いということなんだろうな。こんなにもオレ達のことを思ってくれる親の元に生まれることができて、オレは幸せだと思う。
「勿論」
「それが可能なら」
クリス……容赦ないなぁ、本当に。
翌朝、『アサートン侯四男とジェーン王女の秘密の恋、成就間近か?!』という、いかにもな大見出しが載った新聞が、王都を賑わした。




