35.決意する
「レジー様!」
ミラー家のタウンハウスに着いた途端、フィアに抱きつかれて変な声が出そうになった。危なかった!
だけど! こんな幸せなお迎えある?!
え、これオレも抱きしめてもいいの? 許されるの?!
「フィア、気持ちは分かるけれど、はしたないわ」
ミラー夫人に窘められて、慌ててオレから離れるフィア。あ、あぁ……抱きしめ返す間もなかった……いや、でも幸せだったからよしとしよう、うん。
「ごめんなさいお母様。申し訳ありません、レジー様、私、なんということを」
耳まで真っ赤にして、慌てるフィアが最高に可愛い……!
きっと心配してくれてて、オレの姿を見て思わず抱きついちゃったんだと思うんだよね。
「サロンに参りましょう」
夫人に案内される形でサロンに向かう。
気になるのか、フィアはオレのあちこちを確認するように見る。やっぱり心配してくれていたみたい。なんかちょっとくすぐったい気持ち。
「これ、フィア」
進みの遅いオレたちに気づいて、振り返った夫人が窘める。
「だってお母様、私のレジー様がご無事か気になって」
え、今なんて?!
あまりの衝撃に立ち止まったオレを、不思議そうにフィアが見上げる。
「今、私のレジーって……」
「も! 申し訳ありません!!」
走って逃げるフィアをオレが追いかける。
「二人とも、なんですはしたない!」
いつも学園でしているように思わず追いかけてしまった! 立ち止まって、追いついた夫人に二人して叱られながらサロンに入る。
「フィア、あなたは既にデビューを済ませているのですよ? もう少し落ち着きを持たなくては」
「はい、お母様……」
「申し訳ありません、僕がうっかり口にしてしまった所為で」
思わず言ってしまったけど、言わなかったらもしかして、もう一度ぐらい私のレジーと言ってくれたかもしれないのに。ああぁああぁ、オレの馬鹿!
「……何故フィアよりレジナルド様のほうが落ち込んでいるのですか……まったく、二人とも二年後には学園を卒業して、婚姻を結ぶのですよ?」
婚姻! ぅわ! ちょっと体温が上がってきた。
「レジー様? お顔が赤いです」
「それはそうです」
フィアはなんで普通でいられるのかな。
「フィアとずっと一緒にいられるんだと思って」
想像したのかフィアの顔が真っ赤になった。
「……二人の関係がこの上なく良いことに安堵しました」
少し呆れも含んでいるけど、夫人は満足げに微笑んだ。
あ、二人の関係といえば、今日あったことを説明してフィアが誤解しないようにしないと。
「本日お伺いしたのは、王城でのことをお話しするためです」
フィアと夫人が頷く。
夫人はいつもどおりだけど、フィアの表情は少し強張った。
「僕は今日、ジェーン殿下が仕掛けた罠に自ら嵌りに行きました。それが罠であることはアサートン侯も、うちの父も、王家の方々も分かった上でのことです」
予想と違う言葉を聞かされて、フィアは少し驚いた顔をする。
「まぁ……」
「ミラー伯も登城されているので、詳しいことはミラー伯のほうがご存知かと思いますが、僕の知ることをかいつまんでお話しします」
なんて濃い一日なんだろう。三日分ぐらいの精神的な疲労があるんだけど。あ、城の中も走ったから、それもあるな。
出された紅茶を飲む。温かいお茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。さすがに今から話す内容は、軽い気持ちで話せるものでもないから。
「王位簒奪を目指すクックソン一族とその陣営にいるオースチン家が、王女殿下を操り僕を罠に嵌めようとしたのです」
突然王位簒奪なんていう物騒な言葉が出てきたものだから、フィアは青い顔をして夫人に寄りかかった。夫人は少し耳にしていたのか、険しい表情のまま頷いた。
「ジェーン殿下は何故レジー様を?」
「陛下がたは姫を政争の道具にされないために他国に嫁がせようとしたようです。姫はその意味を理解できず、僕をその、婚約相手にしようとしました。僕にオースチン家を許すようにと命令するために」
「なんてことを。いくら殿下といえど、そのような要求は正しいとは思えません」
そうなんですよ。でも姫も必死だったんだよね。許容はしないんだけど。
「そうなのですね……。今ここにおられるのは、罠に嵌った上でのことなのですか?」
夫人に先を促されたので、ことの結果を伝えることにする。
「結論から言うと、姫はトーマスと婚約するのであちらが望む結果にはなりません。オースチン家も当然処罰対象です」
頷く夫人。隣でフィアがほっと息を吐く。
「心配させてしまってごめん、フィア。罠に嵌ることを伝えて、フィアが巻き込まれるわけにもいかなくて」
怒ってたらどうしようと、今更不安に駆られて、フィアの顔色を窺う。フィアは小さく微笑んで、首を横に振った。
「いいえ、レジー様。たとえ何があろうとも、レジー様を信じて待つと決めておりました」
フィアの言葉にほっとする。仕方がないとしても、実際に彼女がどう思うかは別の話だから。
「罠に嵌った結果、トーマス様と婚約なさることになったのですか?」
「どうしてもフィア以外と婚姻を結びたくなくて、僕が逃げてしまったので、正確には罠には嵌っていないんです」
本当だったら不貞を疑われるような状況になるはずだったのに、オレが耐えられなくて逃げてしまったけど。姫に捕らえられる前にトーマスと二人で逃げて、貴人用の牢に逃げ込んで時間稼ぎをするはずだったんだと思う、たぶん。
「トーマスが色々と機転をきかせてくれて、クックソン側に対抗するという意味でも、自分と姫が婚約したほうがいいと言って。姫も、実は被害者の部分があって……」
具体的にはそれが何かまでは言わないけど。
「そうだったのですね……」
そこまで聞いてようやく安心したのか、夫人の表情も和らいで、フィアも少し笑顔になった。
「姫の問題は解決しましたが、それ以外の問題はあります」
オレとしては卒業までには解決して、フィアとの幸せな婚姻生活を送りたい! 既に幸せな婚約生活に水を差されているんだから。絶対に。
王家簒奪とか勝手すぎるよ。クックソン家も誰もいない無人の島にでも行って国家設立してくれればいいのに。
突然フィアの目から涙がこぼれた。
「フィア?!」
慌てて立ち上がって、フィアの前に膝をつく。
「安心したら、何故だか涙が出てしまって……大丈夫です、レジー様」
さっきはオレのことを信じると言ってくれたけど、内心は不安だとか疑いとか、様々な感情でいっぱいだったはずだ。フィアは情の深い人なんだから。
そっとフィアの手を握る。婚約者として顔を合わせた時に比べると、別人のようになった容姿。色んな理由があったとは思うけど、オレのために痩せたんだと言っていた。オレがフィアに愛されるためにと努力を重ねたのと同じように、彼女も努力してくれた。
「何があっても僕はフィアの婚約者ですし、フィアとの未来のためにも、頑張ります」
もう嫌だとクリスにはこぼしたけど、フィアをこれ以上不安にさせないためにも!
待ってろ、クックソン!




