34.似てるとか似てないとかどうでもいいけど
フィアの父──ミラー伯が登城したため、父たちは今後のことを話すために残り、オレとトーマスは帰らされた。
屋敷に戻ってすぐにクリスが会いに来た。なんとなく余裕がないように見える。オレに罠の話をした本人だし、あの時はオレに何かあったら新聞にどうのと言っていたけど、本心では心配してくれていたみたい。
「無事? 見えないところにケガだとか、変なことはされていない?」
姫だけならそんなに顔色を変えることもないだろうけど、オースチン家だとかクックソン家がいる。殿下たちを亡き者にしようと画策するぐらいだから、オレのことなんてなんの配慮もせず攻撃してもおかしくない。
人払いしてから、クリスにだけ経緯を説明した。説明って難しいな。
「さすがアサートン公子だね。理想的な展開にもっていってると思う」
「姫も改心してくれたようだし、安心した。オレに対してとんでもないことを実行しようとしていたけど、姫自身が被害者だろう? 姫が不利益を被ったら後味悪いからなぁ」
「当事者のレジー兄さんがその点に気を配れるのがすごいと思うよ」
窮屈な服も脱いで、ほっとひと息吐く。
「オースチンはこちらの要求をのむと思うか?」
「のませるんだろうね」
……なるほど。
「クックソンを庇うのを心配しているの?」
「オースチン家も一枚岩じゃないんじゃないかと思って」
クックソンに全面的に賛同する者もいれば、そうでない者もいるんじゃないかと。保身に走って王家の命令を素直に聞く者もいれば、モリス侯爵夫人のように受け入れられなくてその立場を自ら捨てるような行動に走る人間だっている。
「それはあるだろうね。うちだってそうじゃないし」
他者を自分と同じ考えにさせるのは無理なのだと、一連の経験を通して学んだ。人を変えるのは難しい。自分すら変えられないのに、心を持ち、考える一人の人間を変えるのは、普通ならあり得ないことなんだって。
「モリス夫人はどうなるんだ?」
「生家の侯爵家は受け入れを拒否しているから離縁もできないみたいだし、領地に閉じこもるんじゃない? 王都にはいられないでしょう。そんなことをすればいよいよ立場がなくなるもの。当主になる子息に考える能力があるなら、そうはならないんじゃないかな」
侯爵も責任を取らされて息子に代替わりするという話だし、夫婦揃って領地で余生を過ごすということか。夫人の生家は頭が痛いだろうな。王の従姉が王位簒奪を狙ってる家と繋がりを持ってたとなれば、仲間かと疑われるかもしれないんだから。王の縁戚であるということが逆に立場を危うくしてくるんだもんなぁ。
それはそれとして……。
「事が大きくなりすぎて、正直どうしていいか分からないよ」
弱音を吐くと、クリスが頷いた。
「王家転覆に巻き込まれるだなんて、普通なら考えもしないものね。解決しないと駄目かもしれないよ、レジー兄さん」
「姫の件が解決しただけじゃ駄目なの?」
渦中から出たいんだけど、そろそろ。
「ハンプデン家の後継者に決まったし、無理じゃないかな」
「えぇ……」
ハンプデンの気質うんぬんとか言われても困るのに。
「どちらにしろ僕のこともあるから、トレヴァー家は無関係にはなれないと思うんだ」
オースチン家、モリス家、クックソン家は新興貴族の台頭を好意的に受け止めていない家だもんなぁ。
「曲がりなりにも王家に成り代わろうと画策する割に、視野が狭いなぁ、クックソン家」
国益を損なうからとハリス家をはじめとした商会を営む家に叙爵してるというのに。
「そうなんだよね。クックソン家も王家とぶつかることには対策を練っているだろうけれど、平民のことを軽視しすぎだと思う」
「王侯貴族だけが力を持つ時代は終わりに向かっていると思うんだけど、いまだ貴族だけが力を持っている、違うな、力を持つべきだと考えているのか」
そうだね、とクリスは頷く。
早い段階で商会の令嬢と婚約を結ぼうと思ったクリス。弟の頭の中ではもっと先のことも見えているんだろう。たぶんトーマスの中でも。
「鉄道が通ると何が変わると思う?」
「人と物の流通が捗るようになれば、各領地の通行料による収入は激減すると思うよ。市場に並ぶ品数が増えればこれまで独占していた一部の者たちは対応を余儀なくされる」
「そうなると他の貴族も反対派にまわりそうじゃないか?」
クリスは「お茶を頼んでくる」と言って廊下に出て、しばらくしてからお茶ののったワゴンを自分で押して戻って来た。
「話の続きだけど、ならないよ。アサートン公子ならそのへんも上手くやるだろうし、姫との婚約がその後押しになると思う」
クリスが注いでくれた紅茶を飲む。これまで嗅いだことのない香りの紅茶だ。少し癖のある香りがする。また商会の新しい商品かな?
「姫の婚約者にケチをつけるとは何事だとか、そういう?」
クリスは笑って、一蹴する。
「アサートン家の方々なら言いそうだね」
トーマスの父──アサートン侯の強引さを思い出す。
「たしかに強かった。理屈を述べてるはずなのに力押しされている気がした」
「それだけだとちょっと想像がつかないけれど、レジー兄さんが押されるぐらいなんだから、相当だろうね」
え、それはオレが鈍感だって言ってる? フィアと出会ってからちょっと気になってるんだよね、それ……。
「思うより勢力は拡大しないと思うよ、アサートン家と王家が手を組んで、ハンプデン家とトレヴァー家、ミラー家もつく。モリス家は嫌でも王家に味方しなければならないし、モリス侯爵夫人の生家もここで王家に敵対するような行動は慎むだろうし、ハンプデン家が王家につくから」
「クリス、ハンプデンはただの伯爵家なのに、なんでそんなに注目されてるんだ? 実は大物なのか?」
ハンプデンの気質だのなんだの色々言われるけど、何でそんなに言われるのかさっぱり分からない。
「ハンプデン家はね、絶対に裏切らない一族と呼ばれてるんだよ」
なにその裏切らない一族って。約束は守るものとはいえ、時と場合によってはその限りじゃないと思うんだけど。いや、オレは破らないんだけど。
「ハンプデン家は中立だよ。王家とも適切な距離を取り、領民を守ることに注力して政争には加わらない姿勢をとってる。ごく稀に政争が起きた場合は、当主がハンプデン領のために立ち、どれだけ状況が悪くなっても初志を貫くし、最終的には勝つんだよ」
「え、オレたちの先祖すごいな? でもそんなの知らなかったぞ?」
「それだけ聞くとなんだか凄そうだけど、ただ頑固なだけでもあるからね」
「そうともいうな」
ちょっと凄いと思ったのに。
「正義のあるほうに大体つくから、負ける確率も少ないと思うし。でも結果として、ジンクスというか、ハンプデン家は裏切らないし、間違えないって言われるようになってね」
「だからクックソン家と王家の諍いで中立派がハンプデンに続いたのか」
「それと、その時のハンプデン家当主は、どんなに争った相手でも、心から謝罪すれば禍根を残さない人だったらしくってね、懐が深いとか人格者だって言われてるんだよ。でもそっくりだと言われるレジー兄さんを見ていると、あんまり考えずに助けたんじゃないかなと思ってしまったんだよね」
「心から謝ったならもういいんじゃないか?」
そういうところ、とクリスは笑う。
「僕からすれば、いくら被害者だったとはいえ、自分を罠に嵌めようとした姫の幸せなんて願わないよ?」
「そうか? クリスもあの姫の様子を見たら……」
笑顔なのに目が笑っていないクリスを見て、言葉を飲み込んだ。
「許せない場合は許さなくてもいいと思う」
「その、相手の考えを許容するところもすごいと思うよ」
「クリスだって、そういう人間はいると言うだろう?」
「違うよ、僕のはそういう人間がいることを受け入れてるんであって、そういう人間を受け入れてはいないんだ。でもレジー兄さんはそのまま受け入れるでしょう?」
「受け入れられないもの以外なら、そうかも」
オレだってなんでもかんでも受け入れないし、フィアの元婚約者たちに対しては好戦的だと思うし、その噂のご先祖さまとは少し似てるだけなんだろうけど。
「似てる似てないは置いといて、先祖が褒められるのも意外と嬉しいものだな」
「……本当にね」
思ってないな?
「ところでレジー兄さん、ミラー嬢に無事な姿を見せてきたら?」
「フィアには会いたいけど、許可なく行けないぞ?」
マナー違反は駄目だと思う。余程のことがなければ。
「レジー兄さんが無事なのを確認できたから、お茶のついでに手紙を送っておいたから、大丈夫だよ」
「クリス、ありがとう!」
なんという気遣い! 本当にオレの弟なのか?!




