33.父、現る
サロンで殿下たちとお茶を飲んでいたら、険しい顔のうちの父と見知らぬ紳士がやって来た。罠に嵌った後に迎えに登城すると聞いていたから驚きはないんだけど、迎えに行くという表現はどうなのかなとは思ってた。
「トーマス! 無事だったか!」
なるほど、トーマスの父か。たしかに似てる。そして開口一番がそれなんだ。
「……父上、今回被害に遭う予定だったのはレジナルド公子です」
呆れた様子でトーマスが冷たく言い放つ。確かにトーマスが嫌がりそう。
殿下たちに挨拶をした父が、オレの横に来て不思議そうな顔で話しかけてきた。
「レジナルド、状況がよく見えないのだが、説明してもらえるか?」
罠に嵌める側と嵌る側が仲良くお茶を飲んでたら戸惑うよね。
「説明するから座るといい」
アサートン侯とうちの父もソファに腰掛け、ことの経緯を王太子殿下から教えてもらうことになった。
説明を受けた後、トーマスの父は姫をじっと見た。負けじと姫もアサートン侯を見つめ返す。
「最初の婚約の際にも、我がアサートン家はトーマスに最高の相手をと思っておりました。トーマスに四男の自分に大国の姫が嫁ぐのは、色々とバランスが悪いと言われて断念した経緯があります」
多方面に配慮したトーマスが、伯爵家に婿入りしようとして成立したのがフィアとの婚約だったのか。トーマスの父としてはずっと大国の姫を相手にと思っていたと。
「大国の姫に遜色ないということですかな?」
「父上、不敬だ」
クックソン家とのことがあるから黙認してくれるだろうけど、強気な発言をするんだなぁ、アサートン侯。
「努力は惜しまないつもりです」
はっきりと言い返す姫からは強い意志が感じられた。この様子なら姫も大丈夫なんじゃないかと思ってしまうのは、考えが甘いかな。
姫もチャールズの姉に対して少なからず疑心を抱いてて、かと言って本当のことを確かめるのは怖くてできなかったんじゃないかと思う。面と向かって、私を愛してますかと聞くのは難しいとは思う。それなら大切だと言い続けてくれる教育係を信じたくなってしまう、その気持ちも分からなくもない。愛されてないって信じ込まされて傷ついてるんだから、これ以上傷つきたくなんてないよなぁ。だから、自分に向き合うと言ってくれたトーマスとの未来のために、姫はそれこそ必死に頑張るんじゃないかと思う。
「どちらになっても相手が王族だなんて、おまえも大変だなぁ」
「もう少しでおまえが相手になったかもしれないんだぞ?」
「オレはフィア以外と婚姻を結ばないから」
「おまえはそういう奴だよ」
分かってる、と言いたそうな顔をするトーマス。
「大国の姫がおまえに向き合ってくれるか分からないけど、ジェーン殿下がおまえのために努力するって言ってくれて安心した」
「おまえ、自分が相思相愛になったからと随分余裕のある発言をするじゃないか?」
余裕? とんでもない。
「なにを言ってるんだトーマス、まだスタート地点にも立ってないんだぞ?」
「さすがにもっと行ってるだろう」
「婚姻してからが本番だと言われた」
「侍女だな?」
「よく分かったな」
婚姻前も大事だけど、婚姻してからが本番なのだとタラに何度も言われた。大変そうで、オレには婚姻は無理そうだと思ったほどだったんだけど、フィアと婚約してからはそんなこと思い出しもしなかった。
トーマスとこそこそ話していたら、視線を感じた。アサートン侯がオレを見てた。この人も目力あるな。
「レジナルド公子はなるほどハンプデンの気質を強く引いているようだ」
ハンプデンの気質ってそんなに有名なの?
父を見ると、苦笑いを浮かべていた。
「五人子供がいますが、ハンプデンの気質を持つのはレジナルドだけですよ」
言われてみれば、兄弟の中でもオレだけちょっと性格が違うなとは思う。
「この気質ならば、ハンプデン一族は次期当主にと望むでしょうな」
話の流れが見えないと思っていたら、生き字引のトーマスが教えてくれた。
「話しただろう、クックソン家に与しないと意思表示をしたハンプデン家当主のことを」
確かに聞いた。
「ハンプデンの気質というのは、その時の当主の性格のことをいうようだ。おまえ、そっくりだぞ?」
「でもオレにそんな人望はないからなぁ」
「似てるという話で人望の話じゃない」
「確かにそうだった。それに人望ならトーマスのほうがあるな」
トーマスが驚いた顔をする。
「よくオレに情報を提供してくれただろう。教えてもらったといって」
「それはまぁ、そうなんだが」
ずっと苦笑いをしている父と、複雑な表情をしているトーマスと、何故か満足気なアサートン侯。殿下たちも若干苦笑いしている。姫は真剣な表情で話を聞いてる。
「なかなかに見所のある少年ではないか、なぁ、トレヴァー伯」
「……ありがとうございます」
あー、オレがトーマスを褒めた形になったから、トーマスを溺愛してるアサートン侯が機嫌をよくしてオレを褒めて、父が苦笑いしてるってこと?
従者の格好でトーマスが迎えに来たときに、トーマスの好きにさせろと言った父が、少し疲れた顔をしていたけど、そういうことか。
「トーマス、苦労した分だけ幸せになるらしいぞ」
「話の筋が見えない」
気にするなと言って肩を叩いたら嫌そうにされた。
「トーマス」
さきほどとは違う、少し低めの声で名を呼ばれたトーマスが、父親であるアサートン侯を見る。
「いいのだな?」
「勿論です」
「分かった。ならば親として後押ししよう」
立ち上がったアサートン侯は、殿下たちに向かって深々と頭を下げた。
「後日改めて陛下に謁見を申し入れさせていただきますが、我が息子 トーマスとジェーン殿下の婚約をお認めいただけるよう、殿下方のお力をお貸しいただきたい」
「王家としても願ってもないことだ。我らからも奏上する」
「感謝申し上げます」
トーマスに向き直る。
「最高の相手を用意したとして、最高の関係になれるかはおまえ次第だ」
「はい」
良いことを言うなぁ、アサートン侯。オレもフィアにとって最高の相手といってもらえるように頑張らないと!
「まぁ、うちのトーマスならばなんら問題ないな」
そう言って笑うアサートン侯を見て、ジェーン殿下以外驚かないところを見ると、これが普通なんだろうなぁ。
過保護というか、溺愛というか。
オレはこういうの言われても平気だけど、トーマスは苦手そうだ。
「愛されてるなぁ」
「言うと思った。おまえも愛されているだろう」
「うん、感謝してる」
両親には愛されてると感じてる。でもほら、オレは欲張りだからもっと愛されたいわけです。
「ハンプデンの気質には、その愛されたい欲求はなかったな」
「別人だから当然だろう」
一族が気質を気にする理由はよく分からないんだけど、後を継がせるなら血の濃さを感じる人間のほうが嬉しいのかも。祖父母が自分のほうの血だ、と嬉しそうに言うのに近いんじゃないだろうか。
今更なんだけど、オレ、婿入りするのにハンプデンを継ぐのかぁ。大変そうだなぁ。
「どうした?」
「ハンプデンを継ぐのかと思って」
「その前に色々あるだろう」
「そうだな、クックソンを懲らしめないとな」
「他にもあるが、まずはクックソン家だ」
他にもあるの?




