31.無事、脱獄
殿下と思われる二人と、トーマスが地下牢に迎えに来てくれた。姫は怯えているのか、身体を縮こませている。叱られる、嫌われる──そんな風に思っているんじゃないかな。
「……お兄様、あの……」
消え入りそうなほどか細い声で姫は兄王子に声をかける。
王子二人の表情は険しい。
「話すのは後だ。今は彼をここから出す必要がある」
トーマスが呆れた顔で牢の前に立つ。
「貴人用のカギもあったはずなのに、何故このようなところに入っているんだ、おまえは」
「こっちのほうが頑丈な気がして」
時間稼ぎもあったけど。
「伯爵家の子息が自ら平民用の牢に入ったなどと、前代未聞だぞ?」
「そうだな。オレも聞いたことがないよ」
普通なら貴人を監禁する用の部屋に逃げると思う。自ら飛び込んでみて思ったけど、ここ、ずっといたら暇で死にそう。次なんてないけど、時間を潰すものを日頃から持ち歩こうかな。
「カギを寄越せ」
鉄格子の隙間からカギを渡すと、トーマスは開錠し、中に入って来てオレの前に立つ。ジロジロと見てくる。
「あ、トーマス、従者やめたんだな」
「最初に気になるのがそれか」
「違和感があったからな。やっぱりその格好のほうがいいぞ」
「それはどうも。おまえはなかなか牢が様になっていたぞ?」
牢が様になるってどういうこと?
「おまえは本当に口が悪いなぁ。それよりケガはないのか? 護衛騎士に組み敷かれていただろう?」
姫の顔色が悪くなる。心配そうにトーマスを見ている。
「大丈夫だ。おまえこそ大丈夫そうでなによりだ」
「トーマスのおかげだ」
「……おまえは本当に」
「ん?」
「なんでもない」
え、なんかトーマスの機嫌悪くなってない?
「もしかして、実は無事じゃないのか?!」
腕を掴むと、トーマスが慌てた。
「違う! 本当に何ともない!」
「……あのように感情豊かなトーマスを初めて見る」
「……いつも鉄仮面のように表情が変わらないからな」
王子二人が話すのを、そうなの? とでも言いたそうな顔で姫が聞いている。
「驚かせないでくれ、トーマス。おまえに何かあったらどうしようかと思った」
「……もし何かあったらどうするつもりだった?」
「償うに決まっているだろう? 何を当たり前のことを言ってるんだ」
トーマスの口元が変に歪む。
「償うなど、そんな必要はない」
「何を言ってるんだ、友が己の所為でケガをしたのに、ごめんと軽く謝って済むわけないだろう?」
「……そうか」
「そうだ」
顔を背けて口元を隠すトーマス。なんで嬉しそうにしてるのか分からない。変な奴だな。
「場所を変えたいが、いいか?」
王太子殿下に声をかけられ、オレとトーマスは頷いた。
場所を移動しながら、何故不在のはずの王太子殿下がここにいるのかや、第二王子殿下はどこにいたのかなど、姫の護衛騎士が予想どおりクックソンの派閥の者だとかそういう話を教えてもらった。ついでに挨拶も、変な形ではあるけれどした。
王族専用のサロンに案内される。少し前にとおされたサロンとちがって、落ち着きのある色合いだし、装飾もそれほどじゃない。トレヴァー家のサロンもそうだけど、家族だけが使う場所だと華美さよりもいかに寛げるかのほうが大事だよね。
紅茶やお菓子が供されたあと、侍女や護衛騎士たちは部屋から出ていった。ドアの外に待機しているらしい。
「ここは公的な場ではない、と前置きをした上でなのだが」
王太子殿下が頭を下げる。続けてツァーネル殿下も。
「殿下!!」
慌てるオレに、トーマスはしれっとした顔をしている。何故そんなに落ち着いているんだ、トーマス?!
「大丈夫だ、さきほど殿下が仰ったように、ここは公的な場ではないし、おまえなら口が固いだろうから」
殿下二人も頷く。
「無理なお願いをトレヴァー伯にのんでもらったのだ、頭を下げるのはおかしなことではない」
「ですが……」
王族が頭を下げるのって基本ありえないと聞いているし。
「それに今回は妹──個人的なことのために不利益をかぶってもらうことになるのだから、当たり前だろう。公的な場では謝罪というよりも補償のような形になってしまう。その前にきちんと謝罪したかったのだ」
思ったよりも我が国の王族はしっかりというか、まともというか、なんというか安心した。
「あの」
姫が恐る恐る声をかけてきた。
「改めて、申し訳ないことをしてしまったことを謝罪します」
毒気が抜けたようにしおらしい姫の様子に、逆に不安になってきた。
「姫、今ここではっきりさせたほうがいいと思います」
「いいのよ」
「よくありません。間に人が挟まるとロクなことがないですし、お互いに罪悪感を抱いて話が進まないなんてこともありえるので」
その結果また巻き込まれでもしたら困るから、はっきりさせたい。
「王太子殿下、ツァーネル殿下、既にご存知とは思いますが、姫はオースチン嬢により自分はただの道具でしかないと思い込まされていました」
「そんなはずはない!」
「まさか!」
二人がすかさず否定したのを見て、姫が泣きそうな顔になった。
「そういった王家も他国にはあるのかもしれないが、我らはそうではない。王族として求められるものは数多くあるが、道具だなどと、とんでもない」
王太子殿下の隣で何度も頷くツァーネル殿下。この二人も仲良さそうだな。ちょっと羨ましい。
「私たちが不甲斐ない所為で辛い思いをさせてしまった。すまない、ジェーン」
「おにい、さま……」
姫の目から涙がボロボロと溢れる。ツァーネル殿下は慌てて姫を抱きしめて背中を撫でる。
「ジェーン殿下の社交デビュー前に、商会をとおして色んな贈り物をしてやれると、殿下がたは笑顔でしたよ」
涼しい顔で紅茶を飲みながら、トーマスが言う。
そうなのですか? と、ツァーネル殿下の腕の中で姫が尋ねると、恥ずかしそうにツァーネル殿下は頷いた。
「贈り物もそうなのだが、社交界デビューのことでそなたと色々話をする機会を作れると兄上も私も思っていた。勿論父上と母上もそうだ」
「国内もようやく落ち着いてはきているが、ここにきて新興貴族と従来の貴族の衝突も、表面化していないだけで報告は上がっていてな。なかなかジェーンのために時間が作れなくて申し訳なく思っていたのだが、姫の社交デビューとなれば王室としてきちんとやらねばならないことだから、他のものよりも優先できると喜んでいた矢先だったのだ……」
自分は嫌われていなかったと分かるだけでも嬉しいだろうに、それどころか愛されていたのだと分かったなら、姫は嬉しいだろうなぁ。
「愛されていて羨ましいと思っているだろう」
トーマスに言われた。
「それは勿論」
よくお分かりで。
「……本当にあなたは愛されたいのね」
姫、信じてなかったんだ。
「コイツの愛されたい欲求は異常なのです」
言い方がちょっと気になるけど、否定しない。
「婚約者のミラー嬢は愛情がはっきりいって重めな女性なのですが、その愛情を一心に受けたいということで、婚約者を代わってもらった経緯があります」
「そうなの?」
「そうです。フィアの婚約者になれて幸せです」
自分で話題として振っておいて、うんざりした顔になるの、酷いと思うよ、トーマス。
「そんな二人の間に割って入ろうとしたのね。ごめんなさい」
姫が急に良い子になってしまっているのは、不安だとか色んな悪い感情が霧散して、満たされたからなんだろうな。
「もし何かあったら絶対許さなかったと思いますが、未遂なので大丈夫です」
トーマスが大ケガをするとか、オレとフィアの婚約が駄目になるとか、そういったのがあったら絶対許さなかったなー。
「心が広いのね、レジナルドは」
「そんなことはないですよ」
「そう、関心がないだけです、コイツの場合は」
「トーマス、もうちょっと優しく」
「なんのために」
「人間関係を円滑にするため?」
「そこは言い切れ」
「わかった、次からそうする」
オレとトーマスのやりとりを見て姫が笑う。
「仲がとても良いのね」
「そうなんです」
「そんなことありません」
えぇ? トーマス、酷い。




