30.同族同士は無理だよね
トーマスに後ろ髪を引かれながら逃げる。どれだけ逃げられたかは分からない。思うよりも城の構造が複雑なのもあるし、護衛騎士は城の構造を知ってるだろうから、まったく逃げられていない可能性もある。
「トレヴァー様」
声をかけられたほうを見ると、メイド服を着た女性だった。制服を着ているところからして、王城に勤める侍女のようだ。
周囲を見渡してからそっとオレに近づいて来る。
「許可なく声をかけましたこと、なにとぞお許しください。私、ツァーネル殿下からトレヴァー様をお助けするよう命を受けております」
第二王子殿下、ありがとう!
「アサートン様が貴人用の牢のカギをお持ちだと伺っておりますが……」
トーマスの姿を探すように周囲に目をやる侍女。
「アサートンからカギを受け取っている。彼は私を逃すために別行動だ」
トーマスが持ってきたのは、貴人を閉じ込めておく用の部屋のカギ。そこに閉じこもってろってことなんだろうけど。……トーマス、大丈夫かなぁ。自分がターゲットじゃなかったら助けに行きたいのに。
「頼みがある」
「承ります」
「平民用の牢に案内してほしい」
侍女は驚きを隠せないようだった。
「時間稼ぎに私が貴人用の牢に逃げ込んだように見せかけて、平民用の牢に逃げたい。無事に入れたらツァーネル殿下にアサートンを助けてくれるよう伝えてほしい」
間違えたといっていたもう一つのカギは、平民用の地下牢のカギ。
さすが王城に勤める侍女。オレがおかしなことを頼んだにも関わらず、すぐに表情を戻した。
「かしこまりました。ではこちらへ」
侍女が王女側──クックソン家だとか、モリス家、オースチン家の人間かもしれないと一応警戒もしながら付いて行ったんだけど、杞憂に済んだみたいで、無事に平民用の牢に辿り着きました。侍女に外側からカギをかけてもらって、そのカギは自分で持った。
「すぐに助けを呼んで参ります」
貴族の家に生まれておきながら、貴族のまま、平民用の地下牢に入ったのってオレだけかも?
簡易ベッドと思われるものに腰かけて、牢を見渡す。
……うん、暇だなぁ。本とか彫刻刀とか蝋を持ってきておけばよかった。
「何故! こんなところにいるのよ!」
肩で息をした姫が、牢の前にやって来た。走って来たの……?
時間稼ぎして良かったー。ここに避難してからそんなに経ってないし。姫の護衛騎士たち優秀だなぁ。王太子殿下が手配できなかったみたいだし、姫の護衛騎士はクックソンの息がかかってるのかも。
「思った以上に早く見つかって驚いています」
率直な感想。
鉄格子を挟んだこの距離、場所は良くないけど、心理的には安心できる。あとはツァーネル殿下が助けにきてくれないかな。トーマス大丈夫かな。騎士に一瞬組み敷かれてたし、怪我とかしてないといいんだけど……。
鉄格子を姫が掴む。
「そうまでして私が嫌だと言うの? 私は王女よ? 私の伴侶となることを光栄に思うべきだわ」
わぁ……やっぱり最終的にはそこに至るんだ……逃げて良かった、本当に。
「このような状況ですので、不敬を承知で申し上げさせていただきますが、断固お断りいたします。私には身も心も捧げた相手がおります」
フィアにのみ捧げたい。フィアにレジー様の全ては私のものですとか言われたい。
「ミラー家の後継者のほうが私よりいいと言うの?!」
「勿論」
愚問です、姫様。
オレはフィアに愛されたいんです。重い重い愛をたっぷり受けたい。ちょっと窮屈でもいい。監禁はちょっとアレだけど、軟禁なら喜んで。あ、その時はフィアも一緒がいいなぁ。
「ちょっと、聞いているの!!」
「申し訳ありません、考え事をしておりました」
薄暗い地下に、姫の叫ぶ声だけが反響する。
「私の何が不満だと言うの?!」
「そうですね、フィアじゃないことでしょうか」
「なんですって?」
「先ほど申し上げたとおり、私は身も心も婚約者のフィアメッタ・オブ・ミラー嬢に捧げておりますので、姫と彼女が別人である限り、御心に添うことは不可能です」
国外に行きたくないからオレを相手にして、チャールズの姉をそばに取り戻したいだなんて、自分でもおかしいと思わないのかな。幸せになりたいという気持ちは否定しないけど、自分のことしか考えてない。
「たとえ王命で姫の伴侶となっても、心は捧げられません」
なんとなく、姫からは同じにおいがするというか。姫様は愛されたい側じゃないかなと。
「どうして!」
姫の目からボロボロと涙が溢れる。
「私を愛してくれるのはマギーしかいないのに! マギーを私に返して!」
思っていた内容でもあり、予想と少し違う言葉に少なからず動揺する。
「姫は陛下にも殿下方にも溺愛されていると伺っております」
「そんなことないわ! 物さえ与えておけばいいと思われているのよ!」
そこまで言って、へなへなとその場に座り込んでしまった。え、そこきれいとは言い難いと思うんだけど……。
「姫様、ドレスが汚れます!」
侍女が立ち上がらせようとするのを、手で払う。
「教育係のマギー・パット・オースチン嬢がそう言っていたのですか?」
頷く姫に、思わずため息がこぼれる。
……つまり、チャールズの姉はそうやって姫を孤立させ、自分に傾倒させていったということなのか……。悪質すぎるので、情状酌量の余地なしだなぁ……。
「姫、この状態ですがお話に付き合っていただけますか」
泣き顔のままオレを睨む。
「お話しないのなら、お部屋にお戻りになったほうが良いと思います」
無言で俯く姫の様子に、勝手に肯定したとする。
「姫がお座りになれるよう、簡易でもいいのでなにか持ってきてもらえますか」
戸惑いながら、二人いる侍女の一人がその場を離れた。
「オースチン嬢の言うことは事実ではありませんよ、姫は陛下を始めとした王族の皆様に愛されております」
たぶん。
「嘘よ、マギーが言っていたもの」
「オースチン嬢以外からも言われましたか? 姫は愛されていないと」
思い出そうとしているのか、少し間をおいてから、「言われて、いないわ」とこぼすように答える。
「でもそれは、皆にとって言いにくいからよ」
「むしろそんな言いにくいことを平気で口にし続けたオースチン嬢が不思議です、私には」
顔を上げて怪訝な顔でオレを見る。
「仮にそうだったとして、オースチン嬢は姫に、こうしたほうが陛下に愛されるといった、教え諭すようなことはしましたか?」
「……言われて、いないわ」
姫の表情がさっきと少し変わる。
「オースチン嬢が心から姫の幸せを願っていたなら、姫が愛されるように、教えたはずです」
今日初めて会ったけど、姫はちゃんと教育されていない。短時間なら取り繕えるようには教え込まれていたから、今まで露見していないんだろうけど。
「私の婚約者の侍女は、心から主人の幸せを願ってくれています」
フィアの侍女のジェマはオレの最大のライバルだと思うんだよね。
侍女が戻って来て、椅子を置く。結構立派な椅子を持ってきたなぁ……。もう一人の侍女と、姫に手を差し出して立ち上がらせると、椅子に座らせる。
「……マギーは、私を愛していると言ったの。自分だけが私を愛しているのだと。お兄様たちにとって、王女の私は国のための道具だと」
そういう国もあるとは思うけれども。
「貴族の間ではとても有名です、陛下や殿下が姫を大切になさっていることは」
「そんなの表面的だわ」
「皆様がそうなら、オースチン嬢もそうなりますね」
色んな感情が心に渦巻いているんだろう。姫は複雑な表情をしている。
「マギーは、私を愛していないの?」
「姫を利用しようとしています。今も諦めていないので、私はこうして罠に嵌りに来ました」
「あなた、招待しているのが私だと知っていながら来たの?」
嫌だけどね、仕方ないから来たんです……。
「そうです。姫をこれ以上利用されたくない、姫を守りたいと陛下方が強く望まれておいでです」
信じられないという顔をするジェーン王女。
姫は良くも悪くも純粋なんだろう。教育係としてそばにいることも多かったチャールズの姉は、少しずつ少しずつ、姫に自分だけを信用するように教え込んでいった。時間もたっぷりあっただろう。教育係のいうことは聞くように聞かされていたはずだから、他の人間が言うよりも信じてしまったんだろうな。王族に教える立場になるのだから、さぞかし素晴らしい人間なんだろう、間違えることなんてないんだろう、そういった思い込み。
「私は、愛されているの?」
「はい」
「それなのに、そなたは私を愛さないの?」
「私はもう婚約者のものです」
「どうしてよ。私を愛してよ……」
なんでオレ……。
「私がフィアを身を挺して守ったのは、フィアを愛しているからで、姫が同じ状況になっても助けるかと言われたら……」
「助けてくれないというの?!」
「たぶん」
嘘は吐きたくないし、今度はオレに依存されても困るから突き放す。実際助けるかと言われたら困る。
「あきらめずに探したら見つかるかもしれません」
「それは自分ではないと言うのね」
やっと会話ができるようになってきて、ほっとする。
「申し訳ありませんが、そうです」
「ミラー嬢より先に私に出会っていたら、変わっていた?」
「いえ、それはないかと」
「もう! さっきから失礼だわ!」
「姫は愛されたい側でしょう。私もです」
怒り顔から、驚いた顔になる。
「あなたは婚約者を愛しているのでしょう?」
「愛されるための努力をしていたら、先に愛してしまいましたが、私は愛されたいんです」
重い愛を注がれたい。
「ですから愛されたい者同士で、私と姫では上手くいきません」




