03.婚約したはずなのに逃げられる
顔合わせ後、フィアが会いに来てくれるかと思ったのに、来てくれなくてがっかりしていた。トーマスの話からして会いに来てくれるのかと待っていたけど、待たずに会いに行くことにしよう。
「おい、わざとか?」
「え?」
トーマスが嫌そうな顔でオレを突く。
「来てるぞ」
「え? もしかしてフィア? どこ?」
見渡すとフィアが木の影に隠れてた。ぅわ、木と同化してない? アレ。よく気付いたなぁ、トーマス。
「……もう愛称で呼んでるのか?」
「まぁね。じゃあ、挨拶してくるから」
そう言ってフィアの元に向かうと、フィアが逃げた。
なんで?! 会いに来てくれたんじゃないの?
「婚約、したんだよな?」
「おまえが取り付けてくれたと記憶してる」
「そうだよなぁ……」
遠くからオレを見るのに、オレが近付くとフィアは逃げる。そんな日々が二週間ほど過ぎた。婚約者との学園でのふれあいとかまだ経験できてません。
「嫌われてんのかなぁ」
悲しい。
「嫌いな奴をわざわざ見に来るわけ無いだろうが」
「そうだといいんだけど」
「月に一度は顔を合わせるんだろう? その時に会えばいいじゃないか」
「でもせっかく同じ学園にいるんだし、会えるなら会いたいんだけどなぁ」
廊下でたまたますれ違ってとか。お昼を一緒にとか。そういったのに憧れちゃうわけですよ。
「おまえ、正気か?」
「正気も正気ですよー」
なんだろうな、オレに何かが足りないのかな?
姉や妹がいたら聞けるのに、なんでうちは五人とも男なの。
「どこがいいんだ?」
「一途なところ?」
「一途にも程度ってものがあるだろう?」
「そんなの人によるんじゃないの?」
重い愛情、受けたい。
オレのこと好きで好きでどうしようもない、って思ってもらいたい。
さて。いつもゆっくり近付いて逃げられるから、最初から全力で行くことにする。あっちは制服でドレスと違って動きやすくなってるとはいえ、スカートだし。
「じゃ、行ってくる」
「どこへ?」
「捕まえてくれないなら、捕まえるしかないでしょ」
立ち上がり、いつものようにオレを遠巻きに見ているフィアに笑顔を向ける。
走ってフィアの元に向かうと、フィアが走って逃げた。でもほら、服装もそうだけど、フィアはふくよかだし、令嬢は走ることなんて普通しないし、一応騎士を目指して身体を鍛えていたから、負けないよね。
逃げたフィアを壁際に追い詰める。逃げられないように、壁を背に、両手でフィアを挟んで。
「捕まえた」
ぷるぷる震えているフィアが可愛い。
「あ、化粧、侍女にしてもらうようにしたんですね?」
真っ赤な顔で何度も頷くフィア。
「とても素敵です」
フィアはへなへなとその場に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか? 本気で追いかけすぎちゃったかな」
自分も屈んでフィアと目線を合わせる。
「可愛い」
顔を真っ赤にさせて恥ずかしがってる婚約者に、こんな言い方アレだけど、満足っていうか、嬉しくなる。
「なんで会いに来てくれているのに声をかけてくれないんですか?」
「……嫌われたく、なくて……」
嫌われたくない……?
あぁ、今までは相手に突撃して嫌がられてたから?
「嫌わないので会いに来てください」
「……よろしいのですか?」
「もちろん。これまでの婚約者はそうじゃなかったかもしれないけど、僕は嬉しい」
「…………はい」
立ち上がり、フィアに手を差し伸べる。オレの手に掴まって立ちあがろうとするフィアは、思ったとおり重かった。トレーニングのメニュー増やそうかな?
フィアを教室に送ってから自分の教室に帰る。
「……おまえ、物好きだな」
トーマスが呆れた顔で言う。
「おまえと違うのは間違いない」
トーマスだけじゃないか。これまでの婚約者とも違うかな。
「どこがいいんだ?」
さっきと同じ質問をしてくるあたり、納得いってないんだろう。
「まだ知らないことばかりだから言えることは少ないけど、一途なところ。さっきも言った気がするけど」
「アレは一途なんてもんじゃないだろう。病的だ、異常だ、重い」
「オレ、すっごい嫉妬深いんだよね」
「は?」
怪訝な顔でオレを見るトーマス。
「貴族同士の結婚は政略で愛情は二の次っていうのが一般的で、愛人を持つのが普通だけど、嫌なんだよ」
そういった恋多き女性は、オレだけが特別じゃない。恋を楽しみたいタイプには後腐れなくていいのかもしれないけど。
「自分の妻が、隣にいながら他の男を狙うんだぞ? 次の恋人は誰にしようかしらって、オレの手を取りながら。そんなことを思われるの耐えられない。相性もあるとは思うけど、オレに男として魅力がないと言われてるみたいで」
なぜかトーマスが衝撃を受けた顔をする。
男だけが選ぶわけじゃないだろう。美姫に選ばれたと喜ぶ男もいるんだし、なにも不思議じゃないのに。
それにフィアは伯爵家の跡取り娘なんだし、選ぶ側なんだよ、彼女は。
「でもおまえ、あんなデブ」
「ふくよか」
「……ふくよか」
「おまえ、新しい婚約者探さないとなんだろう? 猫被っておいたほうがいいんじゃないか?」
ハッとした顔をして、慌てて口を閉じる友人に、ちょっと呆れる。
悪い奴じゃないんだけど、侯爵家の人間だからか人を下に見る癖がついてる。悪いわけじゃないんだけど、どこぞの家の養子になって爵位をもらうか、身を立てて騎士爵をいただくかしないと、貴族ではあるものの爵位なし、となればあまり敵は作らないほうがいいと思う。まぁ、侯爵家が後ろにいるから大丈夫なんだろうけど。
この国は女性でも爵位を持てるんだから、婿入りして爵位をもらうなんてことはない。オレもフィアのお婿さんになっても、女伯となる彼女の伴侶でしかないからね。
「おまえがふくよかな女性が好みとは知らなかった。化粧は前と違ってマシになったとは思うが」
「好みではないよ。婚約者がふくよかだというだけで」
トーマスが怪訝な顔になる。
「おまえの好みの女性って?」
「オレのことを死ぬほど好きになってくれる人」
本当に死なれたら嫌だけど。
「なんだそれ?!」
周囲の目がこっちに向く。
慌てるトーマス。
「じゃあなにか? 彼女はおまえの理想どおりってことか?」
「オレのことを好きになってくれたらそうだね」
「いや、でもあの見た目」
「美しい妻でも浮気性は嫌だし、冷めた関係も嫌だけどね、オレは」
腕を組んで小さく唸り出した友人を眺める。
考えたことなかったのか。まぁそうかもな。みんな美しい令嬢に目がないもんなー。オレも美しい令嬢は好きだけど、恋人にしたいかとか結婚したいかというのは別の話だよね。それに、自分が捨てられる側になるって考えがまったくない気がする。
紙を取り出す。
「何をしてる?」
「ん? 手紙を書こうと思って。毎日書いて送ってる」
「毎日?!」
「さすがに何枚も書けないけど」
呆然としてるトーマスのことは置いといて、フィアへの手紙を書く。残念ながら文章の才能っていうか、詩の才能っていうか、そういうのはないから上手いこと書けないけど。
「……長い付き合いだと思っていたが、おまえのことが分からん……」
「別に全部知る必要ないだろ」
「そういう意味じゃなくてだな」
トーマスの言わんとすることは分かる。
「なぁ」
「んー?」
間近で見えたフィアの薄化粧のことをもう一度褒めておこう。化粧を濃くすると肌が荒れるって母が言ってたし。
「本気なのか?」
「なにが?」
「だから彼女との婚約。辛くないのか?」
「まだまともに話せてもいないからなぁ」
明日も遠巻きにされたら、遠慮なくこっちから行こう。好きって態度に出されたいから会いに来てくれたら嬉しいけど、それを当たり前と思ってる傲慢な奴なんて思われたくないし。日替わりで行くとかどうかな。
「おまえが分からん……」