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29.教育は大事だと痛感

 王城に来るのは初めてじゃないけど、関心もなかったから初めての登城と大して変わりない。オレと違って何度も登城しているトーマスに質問したくなるけど、あちこちに人がいるからできないのが残念。トーマスは今、従者になりきってる。澄ました顔をしてるなぁ、と見ていたら睨まれた。

 

 それにしても、さすが王城というほかない。トレヴァー領のカントリーハウスと大きさはさほど変わらないけど、装飾の多さはその比じゃない。窓も大きく、縁取る装飾に貴重な金色が使われている。本物の金でないのは分かるけど、別の鉱物を粉にして色を混ぜるとかなんとか。調度品もシャンデリアに使われるガラスも何もかもが、当たり前なんだけど一級品。緊張をほぐそうとあちこち眺めたけど、駄目だ、全然ほぐれない。周りがきらきらしすぎて落ち着かないったら。

 やたらふかふかしたソファに腰かけて待つ。出されたお茶は、とてもじゃないけど飲む気になれない。なにか入っているかも……なんて、いつもなら思いもしないことが脳裏をよぎる。

 

 姫に会いたくない。いくら仕方がないとはいえ、なんでわざわざ分かってるのに罠に嵌らないといけないんだ。クックソンめ、絶対許さん。……あ、フィアに罠に嵌ってくることを伝えるのを忘れた。そうかといって教えるわけにもいかないよなぁ、どこかで漏れてフィアに何かあったらいけないし……。でもフィアに誤解されたら……タウンハウスを出る直前にだったら書いてもよかったんじゃないかと、今更ながらに後悔する。

 やっとだよ、やっと相思相愛になったのに! これからオレとフィアの青春が始まるところだったのになんでこんなことに……。やっぱり許さんクックソン!

 

 ドアが開き、入ってきたのは女性で、分かっていたことだけど暗澹とした気持ちになった。

 

「ツァーネル兄さまは外せないご用事ができてしまったの」

 

 そうですか。そういえば、陛下と王妃殿下、王太子殿下がご不在なのは知ってるけど、第二王子は何処にいるんだろう。

 

「招待しておきながらすぐに帰らせるのもかわいそうだから、代わりに私が相手をしてあげるわ」

 

 用事ができたら、本日の約束はなしに、という知らせが屋敷にくるんですよ、普通は……。

 実は本当に第二王子からの招待でした! というのを僅かに期待していたんだけど、目の前にいるのは王女さまです。

 隠すつもりもなかったけど、表情に出ていたのだろう。

 

「私が相手では不満だと言うの?」

 

 そうですね、とはさすがに言えない。けれど否定もしたくない。

 

「ご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

 初対面だから挨拶するのがマナーなのに、開口一番にアレです、我が国のお姫様。チャールズの姉、なにやってたの、今まで。王族や公爵家ならではの傲慢さはどの国にもあると思うけど、比較的我が国の王族は親しみやすいと言われていたのに。

 

「よくってよ」

 

 礼をして名乗る。

 

「感謝申し上げます。トレヴァー伯が三男 レジナルド・ジョー・ハンプデン=トレヴァーにございます。本日はツァーネル殿下のお招きにより参上致しましたが、お会いできずとても残念です」

 

 姫に会えて嬉しいも絶対に言わないよ!

 挨拶終わったし、帰りたい。

 

「ジェーンよ」

 

 存じあげておりますよ。その名を耳にしすぎて、そろそろ拒否反応が出そうなぐらい。

 

「あなたに提案があるの」

「父にではなく、私にですか?」

「そうよ」

 

 感謝しろと言わんばかりの、勝ち誇った表情。とても可愛らしい顔立ちだとは思うけど、今のオレにとっては恐ろしいよ……。

 

「あなた、オースチン家への抗議を取り下げるようトレヴァー伯に願い出なさい」

 

 姫様、言葉包まないタイプなんだ。いや、褒めてない。

 

「それはできかねます」

「なんですって?」

「いくら殿下のご命令であっても、当主が決めたことを私が勝手に覆すことはできませんし、元よりそのつもりはありません」

 

 のらりくらりとかわしても、絶対折れないタイプだというのは、手紙の送りかたにも表れていたから、遠回しには言わず、はっきり拒否することにした。

 

「私の命が聞けないというの?」

 

 不機嫌さを隠そうとしない姫に、心の中でため息を吐く。貴族同士の遠回しな会話もあまり好みではないけど、姫のような自分の要求をぐいぐい押してくるのはもっと好みじゃないなぁ。

 

「申し訳ありません」


 姫は手に持っていた扇子を投げようとしてる。あれ、これって当たったほうがいいのかな。罠に嵌る立場としては虐げられておくべき? そう思って身構える。それなのに投げられた扇子はオレに当たらなかった。狙ってたのに外した。テーブル挟んでだから割と至近距離なのに。

 外したことが恥ずかしかったのか、姫の顔が赤くなり、睨まれた。

 

「不敬よ!」

 

 えぇ……扇子に当たられにいかなかったから不敬ってこと? 理不尽!

 

 突然姫は立ち上がって、オレに近寄ろうとする。テーブルが間にあってよかった。距離が保てる。助けを求めるようにトーマスを見たらいない! アイツ一体何処に?! 逃げた? 逃げるとは言ってたけどいつの間に!


 我慢できなくなったのか、姫が護衛騎士と侍女のほうを向いて命令する。

 

「この者を捕まえなさい!」

 

 罠に嵌れとは言われたけど、やっぱり嫌だ!

 護衛騎士に距離を詰められる前に部屋を飛び出す。

 

「待ちなさい!」

「待て! 姫の命令だ!」

「姫様、おやめください!」

 

 王族の命令だろうとなんだろうと、嫌なものは嫌だ。

 誰も彼も、人のことだと思って勝手なことばかり言ってくる。

 

 走って逃げる。護衛騎士は確かに鍛えられてはいるんだろうけど、軽装備とはいえ、鎧めいたものを着てるわけで、こっちはそれなりに正装だから動きにくかったりはするけど、鎧よりは軽い。


「レジナルド! こっちだ!」

 

 廊下の突き当たりにトーマスがいた。なんでそこにいるの? と思ったけど、今はありがたい。城の構造なんてさっぱり分からないから。

 

「トーマス!」

 

 トーマスがオレに向かって手を振ってるので、そっちに向かって走る。背後から叫ぶ声と鎧の各パーツがぶつかるのか、ガチャガチャと音がする。

 

 廊下の突き当たりでトーマスと合流し、そのまま逃げる。

 

「カギを取りに行っていた」

「カギ?」

 

 そうだ、と言って腰にぶら下がる袋を軽く叩く。

 

「間違えて違うカギを持ってきた所為で遅くなった。おまえが部屋に逃げ込んだら外からカギをかけ、オレは助けを呼びに行く」

「思わず逃げてしまったけど、これは罠に嵌ったと言っていいのか?」

「大丈夫だ。おまえが部屋を飛び出す前から侍女が姫を止めようと叫んでいただろう」

 

 そういえばそんな声も聞こえたような?

 

「侍女は王太子殿下の命令を受け、城内の他の者にも聞こえるように、姫がおまえに無体を強いているように叫ぶことになっている。護衛騎士はそうじゃないから、本気で逃げろよ」

 

 そっちを止めてくれたほうが良かったんじゃないの?!

 

「待て!!」

 

 反対側から別の騎士がやって来た。動きからして、こっちの味方ではなさそう。

 咄嗟にトーマスがオレと騎士の間に入る。

 

「トーマス?!」

「オレの腰に付けた袋にカギが入っているから、持って行け!」

 

 腰のベルトにぶら下がる袋に手を入れると、カギが入っていた。二つ。それを掴んでその場から逃げようとして、カギを見て立ち止まった。

 あれ、これどっちを? 片方のカギを見るかぎり、聞くまでもないのかもしれないけど。

 振り返るとトーマスが騎士に捕まっていた。トーマスがケガをしてしまうかもしれない!

 

「なにをしてるんだ! 早く逃げろ!!」


 トーマスは騎士に向かって叫ぶ!

 

「私はアサートン侯爵子息、トーマス・チャップリン・アサートンだ! 王太子殿下に招かれてここに来ている!」

 

 予想もしなかったのだろう、騎士が慌てる。トーマスはオレを見て叫ぶ。


「早く行け!」

 

 騎士はトーマスを避けてオレを追いかけることにしたようで、こっちを見た。こっち見るな! それをトーマスが身体で塞いで止める。

 

 さすがにこの状況では逃げないわけにもいかなくて、その場から逃げることにした。とりあえずあの様子ならトーマスに無体はしない、と思う、たぶん。


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