28.強気な従者
王家からの招待ということで、馬車がわざわざ迎えにきてくれた。要人になった気分……になることもなく。
「無理があると思うぞ?」
従者の格好をしたトーマスに声をかける。
「気にするな」
「いや、気持ちの問題じゃないから」
到着した迎えの馬車を見て、父が困った顔をした。御者台から降りた従者を見ているから、どうしたのかと思ったら、トーマスだった。なにやってんの? 侯爵家の令息なのに。
「……おまえは思いの外無理をするなぁ……」
「おまえに言われたくない」
「えぇ? オレは自分にできることしかしないタイプだけど?」
「どの口が言うんだ」
オレってトーマスの中でどうなってるの?
「従者の付き添いは許可されているとはいえ、何かあったときおまえを守れる自信がないから来ないでほしいんだけど?」
罠に嵌りにいくのに、わざわざ来るなんて、トーマスは物好きだなぁ。
「自分の身ぐらい自分で守れる」
絶対に引かないという顔をしているトーマス。姫がなにかしら護衛騎士に命令した場合、正規の騎士にはオレたちごときでは勝てない。
「諦めなさい、レジー」
「父上、諭す相手をお間違えでは?」
トーマスが危険な目に遭ったらどうするんだ?!
「……アサートン侯からは好きにさせろと言われているんだよ」
そう言って父は疲れた顔になった。何故? アサートン侯と何かあったんだろうか? それにしても、息子が危険な目に遭うかもしれないのに、好きにさせろとは、トーマスは家族の中でどんな扱いを受けてるんだ。本格的に心配になってきた。
「行くぞ」
強気な侍従に馬車に乗せられて、冒頭に戻る。
「罠に嵌まりに行くんだぞ?」
「当然承知の上だ」
「危険かもしれないんだぞ?」
「おまえがな」
……そうなんですよね。
「いざとなればオレはおまえを捨てて逃げる」
「なんで来るの……?」
来なくていいんじゃないの?
トーマスはそれ以上話す気がないようで、顔を背ける。態度の大きい従者だなぁ。
「ありがとう、トーマス」
「礼など不要だ」
「いいんだよ、オレが言いたいんだから」
素直じゃないところもあるけど、面倒見もいいし、家柄も容姿も整っているし、トーマスにないものとしたら家族仲だろうか?
「トーマス、辛くなったらうちに養子に入るという手もあるぞ」
「何の話だ?」
「もし家族から逃げたくなったら、という話」
怪訝な顔をするトーマス。
「なにか誤解があるようだが、オレは家族に虐げられてなどいない」
「そうなのか?」
嫌そうな顔で、大きなため息を吐く。
「上の兄と年が離れすぎている所為か、家族皆がオレに対して過保護なんだ」
予想に反して過保護?!
「オレの望むことはなんでも叶えようとする。だから鉄道の話も言い出したんだ」
「えぇ……」
「なんだ、その顔は」
「トーマスってば愛されてるんだ、羨ましい」
「おまえのそれ、本当にブレないな……」
呆れた顔をするトーマスを見て安心した。怪訝な顔をするトーマス。
「……なんだ」
「いや、良かったと思って」
トーマスが家族の中で辛い思いをしてたら、なにかしてやれることはあるのか、そんなことを考えていたけど、不要みたいで。
「おまえは」
「ん?」
「どうしてオレの幸せをそんなに願ってくれるんだ?」
「友人だからかな」
「それだけで?」
「理由なんて考えたことはないなぁ。強いて言うなら、そう思うからとしか」
「答えになってるか?」
「なってるだろう、十分に。願いに理屈なんていらないと思うぞ」
トーマスが口をへの字にする。なんで?
「おまえは、誰にも負けないものを持ってる」
「え、なにそれ」
「いいんだよ、分からなくて」
分からなくていいと言われても、気になるような。トーマスの表情を伺うと、どことなし機嫌がいいから、悪い意味ではないんだろう。
「分からんが、おまえが納得できているならそれでいい」
「おまえはずるいな、本当に」
「トーマスまで言い出したな、それ……」
散々質問しても教えてくれないし、こっちのほうが言いたいよ、ずるいって。
……あ、そうだ。そんなことよりも大事なことが。
「姫がやろうとしてることって何だと思う?」
「おまえが不利になるようにだから、おまえに酷いことをされた、という状況を作るんじゃないか?」
「酷い話すぎて泣きそう」
なんで好きでもない人にそんなことしたなんて訴えられないといけないんだ。
「二人にならないようにと言っても、姫にだって不利益じゃない?」
「そうだ。それも考えた」
だよね?
「姫には隣国への輿入れの話が上がっている」
「誰でもいいから嫁ぐってこと?」
「そう、その誰でもがおまえの可能性が高い」
「ごめん、ちょっと姫が本気で何を望んでいるのか分からないんだけど……」
チャールズの姉を教育係として呼び戻したい、そのために王家が絶対に成功させようとしている婚約の当事者であるオレを罠に嵌めて、婚約を成功させたければと親を脅す。だからオレに会おうとしてる。たぶん、ついでにうちが醜聞を避けるためにオースチン家への制裁を求めるのを取り下げさせたいというのもあるんだろう。トレヴァー家が下げればミラー家も取り下げる可能性がぐっと上がるし。
もしこの試みが失敗したなら、姫とオレに既成事実ができたことになってしまう。姫は隣国に行きたくない。だからオレで我慢してやる──そういうこと?
「オレの扱いが酷い」
「ハンプデン家の後継者に決まったと聞いた」
「そうなんだ。でもそうなると余計に姫の望みどおりになるような気がしてしまうんだけど」
「ハンプデン家のことは姫のためじゃあないだろう」
「どういうこと?」
トーマスが呆れた顔をする。
「おまえ、ハンプデン家がどういう家なのか知らないのか?」
「知らない。むしろ知ってるトーマスに驚いてる」
「かつて王家とクックソン家が争った際に、ハンプデン家はすかさず王家の味方をした家だ」
「へぇ」
トーマス、物知りだなぁ。うちのことなのに。
「クックソン家には屈する気がない、という意味合いもあるんじゃないのか? おまえが選ばれたのは」
「本人が分かってなくてもそれは有効なのか?」
「……クックソンに伝わればいいんじゃないのか?」
「仮にそうだとして、だからどうなんだという気もしてしまうんだけど」
「……ハンプデン家がクックソン家に対して態度を鮮明にしたあと、それに続いた家は実に多かった」
喋る歴史書トーマス。というかそういったこと、前に読んだ本には書かれてなかったのに。
「当時のハンプデン家当主は人望に厚い人物で、中立派だった家のほとんどがハンプデン側についたんだ」
「オレの先祖すごいなぁ」
「他人事のように言うな」
何代か前なんて、もはや他人に近いと思うんだけど。
「当時のことも、クックソンのことも、オレにとっては正直、どうでもいいよ」
そう、過去がそうだったからと言って、オレの先祖はオレではない。オレに何を求めてるかは知らないし、勝手に押し付けられても困る。
「オレはフィアと婚姻を結ぶためになら頑張るけど、他のことはちょっと困る」
「それでいいんじゃないか? たぶんトレヴァー伯たちもおまえのためにそう動いているだけで、おまえに何かを押し付ける気はないと思う。だからおまえに教えていないんだろう、色々と」
色々と──含みがあるなぁ。これ、もしかしてまだ聞かされてないことがありそう。
馬車が止まった。
到着、してしまったみたい。




