27.見えてきたものが大きかった
第二王子の仮面を被ったジェーン王女に呼び出される日。タウンハウスを出る前に、父親に声をかけられてサロンへ。
紅茶が用意されているものの、飲む気になれない。
父たちは全て分かってるってクリスが言ってたんだけど、分かってるなら今すぐ止めてくれたりしないのかな。
恨みがましく見つめていると、困った顔をされた。
「すまないな、レジナルド。大袈裟なほどにやらなければ王女も理解できないだろうということになってな」
「その犠牲が僕というのが納得がいかないんです」
「謝礼は弾んでもらえることになった」
「いや、そうじゃなくて」
謝礼でごまかされないぞ!
「徹底的にやらないと長引く。これで終わりにしたいんだ。いつまでもおまえが巻き込まれるのが許せないからね」
オレが望んだ婚約の所為でなにかと振り回されているのは父もだろうに、フィアとの婚約を止めろとは言わない。
「終わらせられるんですか?」
「終わらせるさ」
そう言われてしまうと反対もしづらい。本当なら父はオレを差し出すのも嫌なんだろうことが分かるから。
「オースチン家の裏に隠れていたクックソン家を、これでようやく炙り出せる」
王家と衝突して、表面上和解したとされる家──クックソン公爵家。大物だ、大物すぎる……。オレの平和に羽根が生えて飛んでいってしまいそう!
「真の黒幕はクックソン家ということですか?」
「そうだ。オースチン家は利用されたにすぎないんだよ」
利用されただけと言われても許さないんだけどね。父も許す気はなさそうだけど。
「クックソン家の目的はなんですか?」
「王女との婚姻を望んでいるのは真実、オースチン家だ。王家の縁戚になりたいというのは嘘じゃない。王太子と第二王子を闇に葬る。醜聞にまみれたジェーン王女は後継者に相応しくないとなれば、今最も王位に近いのはクックソン家だ、先代の王妹が嫁いでいる。王女をただ廃嫡させただけでは外聞が良くないからね、オースチン家に嫁がせて、伯爵家から侯爵位に陞爵させる。必要であれば後継者と王女の婚姻を結ばせるだろう。あえて何もできないように育てられた王女だ、御しやすいだろう」
オースチン家は王女を妻にして陞爵したとしても、政治に口出しはできない。他にも侯爵家、公爵家は存在する。それじゃ意味がない。クックソン家の片棒を担いで前王の娘を妻として迎えれば、血筋も申し分なく、新王の覚えもめでたい。真の中心地に最も近い位置にいける、そういうこと?
「オースチン家は確かにプライドの高い一族だが、このような大それたことを実行に移すような者たちではなかった。ただ、勤労、勤勉であることを認めてもらえないことに不満は抱いていたようだが。……その気持ちをクックソン家が増幅させていった」
「……悪辣な上に迷惑ですね」
父は頷く。
「それで、そのクックソン家をどうやって炙り出すんですか? 僕が罠に嵌ってジェーン王女の立場が危うくなるのは、あっちの思うツボでは?」
「……王女はおまえに無体を強いたとして王位継承権を剥奪され、隣国に嫁ぐ」
あれ? 王、王女のことを溺愛してなかったっけ? しかも無体を強いるのが男のオレじゃなくて姫なんだ。なんだかそれ新しい。
そんなことを思っていたら父が困ったように笑った。
「可愛い娘だからこそ、政争から引き離すために遠ざけるんだよ」
「アサートン家に王が頼んだというのは」
あれは王女とトーマスをくっつけるためじゃなかったのか?
「そうなってくれたら嬉しいだろうが、そこまで腐ってはいないよ。陛下が協力を仰いだのは、クックソン家とのことに手助けを頼んだんだ。トレヴァー家やミラー家と違って今回の騒動の当事者ではないからね」
そうだった、アサートン家は無関係といえば無関係なんだ。毎回トーマスをとおして助けてもらってしまってるけれども。
「その見返りとして、鉄道敷設権が与えられる」
王女と無理をして結婚する必要はない。そう聞かされてほっとした。会ったことはないけど、王女に良い印象はない。
「クックソン家はそれで諦めるんですか?」
どうやって炙り出すのか分からないんだけど。
「今回、第二王子の封蝋を使っておまえを呼び出すように王女を唆したのは、マギー・パット・オースチンだ。城に出入りできなくなったからといって、できることがなくなるわけじゃない」
確かにこのまま遠ざけられるのを指を咥えて見たりはしないよなぁ。これまでの苦労が水の泡になるし、このままでは全部失う。
クックソン家と繋がりのある侍女をとおして王女を唆したのかな?
「手伝ったのはモリス家に縁のある者だ」
クックソン家じゃないのか。モリス侯爵夫人は陛下の従姉なのに、引き返せなかったのはやっぱり、挽回したくなったのかな。
「今日、陛下夫妻、王太子殿下は王城を不在にする。王の従姉であるモリス侯爵夫人に招待された。それを知った姫はおまえを第二王子の名で呼び出すことにした」
「モリス家に?」
そうだと頷く父。
「夫人がいまだマギー・パット・オースチンと繋がっていたということだ。夫人は試されていた。ここで引き返すかどうか。……結果、王族として不適格と判断された。妻を止めろと命じられていたにも関わらず、止められなかった侯爵はその責を問われ、近いうちに息子に爵位を譲る」
「夫人が商会の顔になるという案は?」
否定するように首を振る父を見て、クリスやトーマスの案は無駄になったのだと知った。二人の案は悪くなかった。皆のことを考えた案だったと思う。だから残念だし、なんだか悔しい。なんでそれを分かってくれないんだと思ってしまう。
「おまえたち若い者には理解できないだろうが、年をとればとるほど、己の間違いを認めにくくなるものだ」
「そういうものですか?」
「残念ながら、そういう傾向は強まる」
気持ちが落ち着かなくなってきて、冷めた紅茶を飲む。飲んでも咽喉の渇きが癒えないのは、気持ちの問題かもしれない。
「陛下たちが不在にするのは、侯爵が協力するからなんですよね?」
父が頷く。
陛下と王妃殿下、王太子殿下の三人が揃ってというのが珍しい。三人揃って何かあったら大変だから、そうならないようにするはずだ。
「焦りを感じているのはオースチン家だ。このままでは一族の多くがその立場を失う。クックソン家との結びつきもさほど強くない。いざとなれば切り捨てられるという不安もあるだろう」
そうだよなぁ、完全には信用できない。
「王女の教育係だったマギー嬢が、オースチン家の後継者と姫のことを口にしたのって」
「もし、王女殿下と兄が婚姻を結んだ場合、オースチン家の立場が守る側から守られる側になるのであれば、是非、そうなってほしい」
「……マギー嬢の発言ですか?」
「そうだ」
単純にそれだけを耳にすれば、婚約を望んで王族に近しい立場になろうとしているだけに聞こえる。でも、クックソン家が裏にいて、自分たちが捨て駒として使われる可能性があると考えたなら、違う意味にも聞こえる。
もし、クックソン家の試みが失敗したとしても、姫とオースチン家の後継者が深い仲になっていたら、簡単に処罰はされない。不安からつい口にしてしまった。
漏らしたのは一度だけ。何度も言えば本気で望んでいるようにも思われるだろうけど、たった一度だけなら疑われたとしても願望だったでギリギリかわせるかもしれない。
「クックソン家としては、デビュー後に失態を犯させたかったんでしょうね」
「あぁ、だがその前に次男のことで発覚した」
このまま王女を抑え込まれては困るということか。
……道具として利用されて、王女が少しかわいそうに思えてきた……けど、でもやっぱり巻き込まれるのはヤダ。
「おまえに爵位を与えることにした」
「え?」
オレ? 兄の間違いでは?
「今回の件で色々と話すことも増えて、あの子たちがどのように考えるのかもよく分かった、当主としての適性もな。それになにより、ハンプデン一族が次の当主としておまえがいいというのだよ」
「いや、でも僕はミラー家に婿入りするんですよ?」
まさかここにきて反対されるの?!
「ミラー家とのことがあるから、おまえに継がせたいそうだ。アサートン家との繋がりを持つのはおまえだ。そのおまえが婿入りしてしまえば、せっかくのツテがなくなる。それに目先に囚われすぎているあの子たちには任せられないと反対されてしまってはねぇ」
「理由は分かりましたが、でもそれじゃあ、爵位が一つ足りなくなります」
五人兄弟で爵位は四つ。誰かが余る。でもオレが婿入りすることで他の兄弟には爵位が譲られるはずだった。
「レジー、私は父として子供を愛しているが、ハンプデンとトレヴァーの双方の当主でもある。我らは多くの領民を守る義務がある」
「はい」
つまり、その責務を負えると思えないと判断されてしまったということか……。
「貴族として生まれたからといって爵位を持たぬ者は珍しくない。後継者が少なければ何もせずとも爵位が与えられただろうが、トレヴァー家もハンプデン家も後継者候補は五人もいる。本当に爵位が欲しいのならその器であると示す必要があったんだよ。おまえが努力をして騎士爵を得ようとしたように」
あ、それ誤解なのに。
「おまえはハンプデン家の後継者としての適性を見せた。おまえは望んでいないだろうが、私としては継いでもらいたい。ないとは思うが爵位があればミラー家の一族に侮られることもない」
懐中時計を取り出すと、父が言った。
「さぁ、行きなさい」
まさか父親に罠に送りだされるとは……。




