26.嵐の前の静けさ?
前話から少しだけ時間が遡っております。
先日、クリスやトーマスと作戦会議をしたけど、一体どこまでがあのとおりに進むのかは不明だ。まずトーマスは後継者じゃないのに、鉄道事業を始めることをアサートン家当主の侯爵が許してくれるのかも分からない。
クリスだってそうだ。最終的に父が許可してくれるか、一族の有力者がどういう反応をするか。
王家も同じ。鉄道事業そのものの中心に自分がなろうとする可能性だってある。ジェーン王女が拒否して、娘を溺愛する陛下が王女の望むとおりにしてしまったら……その場合はこれまで協力的だったアサートン家を虚仮にするってことだから、鉄道関連で良い思いをしたとしても、もう二度と協力は得られなくなる。
王女の件は正直に言って、王家が勝手にやれ、って思ってる。性格が悪くて申し訳ないけど、王女がオレに不利益になるようなことをするなら、オレがオースチン家と王女の噂を流す、それぐらいの気持ちでいる。
そもそもが王家の失態で、王女のやろうとしていることはただの八つ当たりだ。そんなことをされるいわれはないんだよね。本当ならトーマスと王女のことも本当に進めるのか、と思ってるぐらい。
そう思っているところに、ジェーン王女からの呼び出しの手紙が届いたので、それはそれは丁重にお断りした。驚いたことに二回もきた。デビュー前にオースチン家の後継者と数回顔を合わせていたのが問題だっていうのに、何でオレに会おうとするかな。絶対駄目な奴だろう。そんなことも分からないのか? あの王女様……。
連絡が来なくなって安心していたら、第二王子からの手紙。本当に第二王子からだろうか? 王女なんじゃないかと穿ってしまう。
「どう思う?」
「僕もレジー兄さんと同じ考えかな」
「だよなぁ」
「王女は随分と聞き分けがないんだね。やっぱり教育を担当したのがオースチン家の令嬢だからかな」
「どんな教育をしたんだと問い詰めたいぐらいだよ」
そこまで言って、クリスとオレは無言で見合った。
「クリス、頼みがある」
「何を言うかは何となく予想がつくけれど、聞かせて」
「オレにもしものことがあった時の準備をしておきたい」
「先日の怪我もあるから、もしものことが冗談にならないね」
「確かに」
そういえばそうだった。奇跡的に打ち身で済んだものだからうっかり記憶の隅に追いやってたけど。たぶんフィアと相思相愛になったことで記憶が上書きされたんじゃないかなー。
「手を回しておくね。もしレジー兄さんが何かされたなら、ジェーン王女とオースチン家の後継者は運命の出会いを果たした、という記事が号外として印刷されるように」
……オレが思ったのは社交界に噂を流すぐらいだったんだけど、うちの弟容赦ないなー。
「二人が絶対に婚姻するしかない状況にした上で、その出会いが人為的なものだったという記事も印刷するからね。そうすればオースチン家は終わりだね。王家の権威も失墜だ」
容赦がなさすぎて恐ろしい……!
「僕はね、正直に言って鉄道うんぬんはどうでもいいんだ。もう少し時が経てば、成功例の多い鉄道の敷設が可能になるかもしれないでしょう? 確かに他者よりも先んじたほうが有利なことは多いと思うけれど、そこに至るまでの時間、費用、様々なことを考えてしまうとね」
「そうだね……」
経営者と話をしている気分だよ……。話したことはないけど。早熟で聡明なクリスにとっては、オレを含めた兄たちは退屈な存在だったろうな。ハリス商会の商会長は敏腕だと耳にしたことがある。そういった人物から得られる刺激はクリスを成長させて、大いに満足させるんだろう。……変なことは教えないでほしいけど、時既に遅しかも。
「と、いうのが前提だったんだけれど」
否定が入ったということは状況が変わったのか。しかも悪いほうに……。
「王家はね、実はもう、選択肢がないんだ」
「どういうことだ?」
「王女ごとオースチン家を切り捨てるという選択肢しか残されていないんだよ」
オレに届いた第二王子からの封筒を、クリスは手に持ってひらひらと揺らす。
「手段を選ばずに行動するってことは、己を制御できないということでしょう? 王族としては不適格だよね」
「……待ってくれ、それじゃ」
そうなんだけど、自分なにか見落とした? と尋ねたいぐらいなにかがすっとばされた感がある。
「レジー兄さんは優しいね。僕もトーマス公子も父上も……それから王家も、この手紙を王女が用意したことで決めたんだよ」
……やっぱり第二王子からじゃなく王女からなんだ。王女に対してはなんら思うことはないけど、気持ちが沈む。
「王子の封蝋が使われてるけど、勝手に使ったってことか……」
天を見上げるグリフォンを、栄光を意味する月桂樹が囲む。そのグリフォンと向き合うように描かれるものによって王族の誰を意味するかが分かる。王は王冠を被った獅子で、王太子は王冠のない獅子、ユニコーンは第二王子。王妃様は薔薇で、ジェーン王女はユリ。
オレに届いた封筒に押された封蝋は王家の紋章にユニコーン。第二王子からのもの。複製は厳罰だし、勝手に使っても当然処罰対象だ。
いくらきょうだいといえど、封蝋を勝手に使うのは許されていない。
頭が痛くなってきた。
そこまでしてオレに八つ当たりをする意味が分からない。
「なにがしたいんだ」
「レジー兄さんの立場を危うくして、この婚約を成功させたいなら教育係を元に戻せ、そう言うつもりなんじゃないかな」
「そんなことのために親を脅すつもりなのか?」
「脅しのつもりもないんじゃない? たぶん、いつものわがままの延長線ぐらいにしか思っていないんだと思うよ、王女殿下は」
気にした様子もなく、クリスは紅茶を飲む。気持ちを落ち着けるためにオレも飲む。
デビュー目前でこれじゃ、頭が痛いことだろう。むしろデビュー前に手をうつしかないと考えても不思議じゃないのか。
「オレはこの招待に応じたほうがいいってこと?」
「応じないとしても招待は繰り返されるだろうし、レジー兄さんを思い通りにできないとなったら、矛先が変わるかもしれないね」
「それは駄目だ!」
その矛先は絶対にフィアだ。オレはデビュー前の王女に会うのは憚られるという逃げ道が一応あるけど、フィアは同性だ。王女からの招待を断るのは難しいはずだ。ただでさえ彼女は生真面目で、頑張るあまりに極端な行動に出てしまうのに。
「……どこまで把握してるんだよ?」
「王女が舞台からそっとおりるまで」
「このことは父上は」
クリスは頷いた。
つまり、父上も分かっていて、クリスは後継者として知ってるってことか。
「トレヴァー家はトレヴァー家として動くからね、アサートン家とは必要に応じて手を組むけれど、双方の家に明確な契約はないから、お互いに好きに動くよ」
「分かってる」
父上から詳しく聞きたいけど、朝から姿を見ないな。
「父上は?」
「後継者に関する書類の提出だとか、議会のメンバーとのお話し合いがあるんだって」
「おまえもいつかそういうことをやるんだな」
ミラー家を継ぐのはフィアだから、フィアがそう言ったことをするのだろうか? 大丈夫かな? 一緒について行くのは許されるかな?
「招待はいつなの?」
「ん? あぁ、開けてみるか」
開封し、便箋を取り出す。便箋も王子のものだ。招待状を書くのは本人じゃないから、筆跡からは分からない。見ても分からないけど、本人が書いたならば男性なのか女性なのかぐらいは分かる。
「三日後とある。随分急だな……」
「新しい教育係がくるのが四日後とかなんじゃない?」
……なるほど。だから何度もオレを呼び出そうとしたと。焦って兄の封蝋も使ったと。なるほどなるほど。
「駄目だなぁ、これは」
のほほんと生きてるオレですら駄目だと思うんだから、王族でありながらこの有様じゃ見切りをつけられるのも仕方がないのか……。
「アサートン侯に頼んだみたいだよ。無理を承知で、って」
誰のことか言ってないけど、アサートン侯に頼むというと、陛下だろう。頼んだ内容は鉄道のことか王女のことか……。
「トーマス公子の気持ち次第ということになっているみたい」
「……トーマスは幸せになれるのか?」
「たとえ恋人を他に作ったとしても、文句は言えないだろうね、殿下は」
そんなの何の解決にもならない。
「公子もすぐには決めないんじゃないかな。実際に殿下に会って、無理だと思えば断るよ」
「この前の様子だとそんな風じゃなかっただろう」
「そうだけど、じゃあ他に公子に相応しい令嬢がいるのかという話になるよ、兄さん」
決め手に欠けるとトーマスはずっと言っていた。
「アサートン家の令息だから、殿下とじゃなくてもやっぱり政略結婚になるよ。レジー兄さんが珍しいだけで。それに政略結婚だとしても、お互いがお互いを尊重しあえばそれなりに幸福を得られると思うよ?」
分かってはいるんだけど、受け入れがたいというか。
「レジー兄さんはトーマス公子の決めることを尊重してあげなよ。その上で失敗したら助けてあげればいいし、愚痴を聞いてあげればいいんじゃないかな」
「…………なんだか親と話をしている気持ち」
クリスが笑う。
「ごめん、これは父上からの受け売りだから。僕もレジー兄さんと同じで失敗したくない」
「そうか」
親からの言葉を引用するってことは、クリスもちょっと思うところがあって、その言葉で自分を納得させようとすることがあるってことなんだろう。
「兄さんはちょっと安心した」
「なんの話なの? もう、レジー兄さんは本当に変わってる」
オレがトーマスにしてあげられることは見守ることと、いざとなったら手助けをすることか。それから、罠に嵌まること……。罠だと分かってて行かなくちゃならないなんて、どういうことなの。
オレの幸運、尽きたみたい……。




