25.突然の知らせ
(話が飛んでいるように感じられるかもしれませんが、間違いではありません)
レジー様が投獄されたとの知らせを受け、あまりの衝撃に気を失うかと思った。
投獄の理由はジェーン王女に無体を強いたからだという。即座に護衛騎士に捕まえられたのだと。
あのレジー様が王女様に何かをするなんてあり得ない。私の知るレジー様は、どんなことを言われてもお怒りにならないし、努力家で、いつも級友たちに囲まれている方。誤解のないようにと女子生徒には一定の距離を取りつつも、紳士のお振舞いをなさると、私たち女子生徒の中では有名なのだもの。そのレジー様が王女様に何かをしたなんて、信じられるはずもなかった。
そうお父様にお伝えすれば、お父様も頷いた。
「トレヴァー伯、アサートン侯が既に王城に向かっている。私も後で向かうが、まずはフィアに説明をしておこうと思ってね」
先日も私の所為であのような大怪我をされたばかりなのに。どうしてレジー様ばかりこのような目に遭わなければならないの。
「レジー様はご無事なのですか?」
「それは分からない。分かっているのは、貴人専用の牢ではなく、平民の罪人が投獄される地下牢に入れられたそうだ」
「そんな!」
あまりに非道な扱いに悲鳴をあげてしまった。レジー様は伯爵家の三男。貴人専用の牢に入れられるならまだしも、地下牢だなんて!
温和なお父様のお顔も険しい。お怒りなのだわ。
「ここ最近、彼は様々な問題の渦中にあったからね。オースチン家のことでまた巻き込まれたのだろうが……投獄とは実に由々しきことだ。ミラー家としては許しがたい」
一つの考えが頭に浮かび、その不安から父の袖を掴んでしまった。
「お父様、私とレジー様の婚約をなしになどなさいませんよね?」
「するわけがないだろう。おまえの気持ちもそうだが、トレヴァー家との婚約によるハリス商会からの見返りも大きい。なにより、彼はハンプデン家の後継者となった」
「え? レジー様がハンプデン家の後継者に?」
それでは、私との婚約は?
お父様の大きな手が私を撫でる。
「安心おし。ハンプデン家の爵位を継ぐのは彼の望みではない。トレヴァー伯が他の子息ではこれからを生き抜けないと判断してのことだ。ハンプデン一族の総意でもあるようだよ。おまえとの婚約はこのまま継続される」
手を引かれてソファに座る。私の正面にお父様は腰かけ、ジェマに紅茶を頼んだ。
「これはおまえが知らなくても仕方のない話だ。先日急遽決まったことを、私もトレヴァー伯から知らされたばかりだからね。内密に進めてもいたし、当の本人のレジナルド君も、王城に呼び出される直前に知らされたはずだ」
こんな状況なのに、自分のことばかりを心配してしまっていることに気が付き、恥ずかしくなり、レジー様に申し訳なくなった。
「……私、自分のことばかり……酷い婚約者です……」
「フィアは本当にレジナルド君を好いているのだね。これまで婚約者が替わるといっても、そのようなことは一度も言わなかった」
これまでの方との婚約については、私自身が失敗していたのもあって、諦めていたというのか、仕方がないと思えたけれど……レジー様のことは、諦められない。こんな私を好きだと言ってくださる。なにより、私があの方をお慕いしている。
「お父様、私に何かできることはありますか?」
いつもの優しい顔になったお父様は、大丈夫だとおっしゃった。
「どんなことをしても彼を取り戻すから」
立ち上がって、「では、王城に行ってくる」とおっしゃると、お母様の手を握った。言葉を交わさなくても目を合わせるだけで通じるようで、お母様は頷いた。
「お気を付けて、旦那様」
「後をよろしく頼むよ」
「おまかせくださいませ」
お父様は一度だけ振り向いて私に微笑まれると、扉の向こうに消えて行った。
お母様は私の隣にお座りになって、私の手を握った。温かくて、涙があふれてきた。
「かわいそうに、フィア。ようやく掴んだ幸せをこのように邪魔されて」
「……お母様……」
お母様はにこりと微笑んだ。
「大丈夫です。トレヴァー伯はお子を大切になさる方です。レジナルド様を取り戻そうと既に動いておいでだし、旦那様も、アサートン侯爵もおられますから」
「アサートン様も?」
「私たち親の世代ではとても有名なのだけれど」
ふふ、とお母様は小さく笑った。
「アサートン侯爵家の方々は年が離れて生まれたトーマス様が可愛くて仕方がないらしくて。どんな願いも叶えてあげたいと思ってしまうほどなのよ」
「まぁ、そうだったのですか?」
トーマス様はご自身のことをお話しくださらなかったので、ご家族との関係がどうだったのか存じあげなかったのですけれど。
「あまりに可愛がりすぎて、アサートン家の四男は甘やかされて駄目に育ったなどと口さがない噂がたったこともあったのだけれど、ご本人の努力でその噂を払拭なさったのよ」
優秀な方なのは知っていたけれど、本当にそうなのね。
「トーマス様は少し気難しいところがおありだし、第二王子の覚えもめでたかったものだから、お血筋もとてもよろしいお方だし。その所為なのかご友人が少ないようなのだけれど、レジナルド様はそのようなことに関係なく接したのでしょうね。見てきたわけではないけれど、レジナルド様のあの自由さにトーマス様は心救われたのだと思うのよ」
レジー様と話す時のトーマス様は、いつもお茶会などで見かけていたような無表情ではなくて、このように言ったら失礼だけれど、とても年相応というか、表情もとても豊かな気がする。
トーマス様にとってもレジナルド様はかけがえのない方なのね。
「トーマス様がレジナルド様を助けたいと願われたなら、アサートン家はなにがなんでもどうにかすると思うわ……」
最後のほう、お母様がお疲れの表情になられたのが少し気になるけれど、そこまで大切に思っていただいているのなら、侯爵家の方たちはレジナルド様を助けるために力をお貸しくださるということ。ミラー家とトレヴァー家だけでなく、他の方のお力も借りられるというのは、とても心強いこと。
「それから、ハリス家も動くに決まっていますからね、ここまで動けば王家も好きにはできないはずです」
男爵という家格ではあるものの、その力が認められて叙爵されたハリス商会は、王家に対しても発言力があるのだと思う。
「それにしても、今回のことはこれまでの王家らしからぬお振る舞いに思えます」
「陛下と妃殿下、王太子殿下がご不在と伺っているから、第二王子殿下かジェーン殿下が勝手をなさっているのではないかしら……」
お母様の口から大きなため息がこぼれる。
誤解が解けたとしても、王家が正式に説明をしなければ、疑いをかけられたという事実が残ってしまう。それはトレヴァー家にとっても、ハンプデン家にとっても、ミラー家にとっても望ましくない。
「お母様、私にできることはなにもないのですか?」
「どんなことを噂されたとしても、あなたは信じてあげなくてはなりません。たとえレジナルド様にとって不利な状況であっても」
「はい、お母様」
かつての私に関する噂は酷かったと思う。その噂を耳にして私を嫌厭されても不思議はなかったのに。耳を傾けず、私に向き合ってくださったレジー様を、私は信じる。




