24.幸運
クリスも真剣な顔をする。
「提案を伺います」
トーマスが頷く。
……あれ、コレってオレ、聞いてていいのかな?
「鉄道という技術が他国にある。それを我が国にも取り入れたい。出遅れる前に」
「鉄道」
やたら大きな箱をいくつも繋げて、線路とかいうものの上を走る、人も物も大量に運べるということしか知らない。他国でも成功してる例は少ないって誰かが言ってたような?
「トレヴァー領にハリス商会が目を付けたのは、潤沢な資源だろう。ミラー領には港がある。そこにも拠点を持てばハリス商会は労せずして必要なものが手に入りやすい」
クリスがにっこりと微笑んだ。
「さすがよくご存知ですね」
なんだか分からないでいると、トーマスがこっちを向いた。オレだけが分かっていないと気付いたのだろう。
「ハリス商会とトレヴァー家の婚姻は、そもそもがミラー家を大いに当てにしたものだったということだ、レジナルド」
「ごめんね、レジー兄さん」
申し訳なさそうにするクリス。トレヴァー家にとっても、ミラー家にとっても益のあることなら反対はしないし、結局のところ当主はオレじゃないからね。騙そうとしたなら弟でも許せないかもしれないなぁ。
「トレヴァー領の木材は船を作成するのに適したものだ。その木材で新しい船を作る。ミラー領の港を利用する。ハリス商会にとってはトレヴァー家、ミラー家と縁続きになるということは、従来の貴族と衝突するだけのものがあるということだ」
「なるほど、よく分かった。その船はミラー領で作らせてくれるんだよな?」
クリスが頷く。
「お願いするつもりだよ」
ミラー領の港近郊の職人たちに仕事が増えるのは良いことだ。
ここにきてようやく、トーマスの言う鉄道のメリットが見えてきた。
「勝手にミラー家代表として参戦するんだけど」
「なんだ」
「トレヴァー領とミラー領にも鉄道を繋げよう。そのほうが木材も運びやすいだろう。それで運んだ木材で船を作って、倉庫としてもミラー領の港を使ってもらう。それからアサートン領、王都に繋がる鉄道を作れば、物資が大量に運べる」
幸運にもアサートン領とミラー領は隣に位置する。トレヴァー領とも。アサートン領が巨大だから双方ともに隣接してるんだけど。
今度は鉄道についても勉強しないとだなぁ。
「良い案だ」
「うん、とても良いね」
「ここに王家も巻き込めば大義名分も出来る。鉄道の敷設が進めばこれまでの物流だけでなく、人の流れも変わる。最終的には他国にも繋げれば、国全体が潤うはずだ。反対勢力も安易な批判をしにくくなる」
満足げに頷くトーマス。
それにしても鉄道なんてもの、よく持ち込む気になったな。最近読んでたあの難しげな本、もしかしてそれなのかな。オレなんて目先のことしか見えていないのに、トーマスは後継者じゃないのにそうやって視野を広く持ってて。クリスもクリスで貴族という枠の中にいつつも、なにが最良なのかを考えてるし。のほほんと生きてるオレとは随分違う。
「一つの家、もしくは家同士が手を組んでも鉄道の計画は進められるだろうが、なすべきことが多岐に渡るし、他国との折衝ではいち貴族が勝手に成せないことも多くなる。商会とて成せることに限りはあるが、現時点では商会は国の庇護下に入るとされる。国としても特定の貴族に目をかけていると思われないから動きやすくなる。国や貴族なんてものは表面上取り繕えればいいからな。商会がどこぞの貴族の庇護下にあったとしても。王家に動いてもらうためにも、商会を持ったほうがメリットがあると思い知るだろう。なによりも、人と物が動くということは金が動き、それに連なる者の財は潤う」
「押し付けるよりも良さそうだな」
やらされるより、やりたいと思わせたほうが勝ちだと思う。
「そうなると、これでモリス侯爵夫人、新興勢力への牽制が出来ますね。あとはオースチン家とジェーン王女の件ですが、トーマス公子が王女殿下の婚約者となられることをお薦めします」
「何故僕が」
「今回の鉄道の件は、王家にとっても大変メリットのあるものです。いえ、むしろ王家が一番得をする。鉄道敷設権を得るためだとなれば、ジェーン王女の価値は上がります。オースチン家のことが表に出てもそれを払拭するだけのものはあるでしょう」
家同士の婚約は手っ取り早いもんなぁ、色々と。
「トーマス公子がこの鉄道事業を成功させれば叙爵は確実です。パワーバランスなども考え、ジェーン殿下が降嫁されるなどを考えれば、伯爵位が妥当なところかと。後ろ盾はアサートン侯爵家。問題ないどころか、最適な降嫁先になります。王家の権威も保ちつつ、旨味も得られて、問題を起こしかけた王女の件も片付きます。せっかくですから、領地もいただいてはいかがですか? 王家は鉱石を産出する領地をいくつか持っているんですし、迷惑料としてちょうど良さそうです。船の建造にも鉄は必要ですし」
笑顔で話すクリスを無表情に見ていたかと思うと、トーマスがオレを見た。
「……本当におまえの弟か? 血は繋がっているのか?」
「驚いたことに両親ともに同じだ」
クリスだけ別格で頭が良いから、突然変異かもしれないけど。
「ジェーン殿下が僕を受け入れてくださるかは不明だが、王家としては一番の落とし所だろう」
「一番に行動したほうがいいでしょうね、オースチン家が動く前に」
確かに、とオレとトーマスは頷く。
王が溺愛なさってるというから、そもそもジェーン王女の降嫁先は国内貴族をと考えていただろうけど、オースチン家の件が僅かにも漏れれば忌避する上位貴族もいるだろう。王女の降嫁先は家格が公爵、侯爵位が基本だ。適当な相手がいない等々、複数の状況が重なれば相手が陞爵することもある。伯爵位は最低ラインだ。
公爵、侯爵家からすれば、格下の伯爵家の後継者と噂になった相手は、たとえ王女であったとしても嫌がる。面倒を押し付けられた格好になるからだ。
「その案は筋書き的にはいいのかもしれないけど、トーマスの気持ちが伴わないならオレは反対だ」
クリスは困った顔をし、トーマスはちょっと驚いた顔をする。
「オレはトーマスにフィアとの婚約を譲ってもらった。確かに障害は多い。でも幸せに向かってると思っている。トーマスは嫌だと言っていたが、あのままフィアと婚約を続け、婚姻していた場合は、きっと幸せになっていたと思う」
だってフィア、良い子だから。
「なんでしたっけ、こういうのを表現するのにちょうどいい言葉があった気がします」
「……"どんなジャックにも似合いのジルがいる"」
えぇ? 確かにオレもフィアも変わったところはあるし、自覚もあるけど、ここでそれを出すの?
「あれからずっと、相手を探していたが決め手に欠けていた。僕が求婚すればあちらは断れないだろうから、間違いなく婚約は成立するだろう」
オレはトーマスにも幸せになってほしい。だから責任とかそんなのどうでもいい。
「婚約が成立したなら、殿下だけを愛するよう努力してみようと思う。おまえが、ミラー嬢に愛されるために努力を惜しまなかったように」
そう話すトーマスの表情からは、負の感情が見えなかった。むしろ穏やかな表情というか。
「分かった。でも嫌だと思ったらそんな婚約は破棄してしまえよ。その時には全力でなんとかするから! な? クリス」
「はいはい、協力します」
声をあげてトーマスが笑う。
「おまえには敵わないよ、レジナルド。オレの幸運はおまえの友になれたことだ」
鉄道関連詳しくありませんので、的外れなことを書いておりましたら申し訳ありません。




