23.恥と名声と当主教育
結局、次なるものに巻き込まれてしまったわけだけれども、ある意味関係ないのに一緒に考えてくれるトーマス。なんて良い男なんだ。
「アサートン家は息子に恵まれているんだね」
父親目線の発言をする弟に、兄としては複雑な思いを抱いてしまう。年齢詐称してない?
「トーマスは四男だから、スペアとしても扱われていないんだろうな」
そうでなければフィアの婚約者になったりしないはずだから。……そういえば、トーマスから兄の話って聞いたことがないかも、しれない。
「そうだよね。だから上の兄三人がとても優秀なんだろうなと思って」
なんて辛辣な……。でもちょっと、気になってきた。トーマスのこれまでの境遇が。
「……兄も色々あるとは思うぞ、クリス」
それに比較対象がうちというのは、いささかアサートン家に失礼な気がする。トーマスを見ていると、うちと違って求められる水準も高そうだしなぁ。
「今回のジェーン殿下のことは、発覚前に押さえ込めて良かったよね。もしこれで殿下がオースチン家の長男と深い仲になっていたら王室は難しい舵取りをさせられることになったと思うから」
「それはそうだけど、現状もなかなか悩ましいと思うぞ」
それはそうだね、と答えてクリスは紅茶を飲む。
「だから今からここに来るんだものね」
「呼んだのはオレだからね? 優しくしてあげてね?」
トーマスがこれからうちのタウンハウスに来る。
さすがに王家が出て来てしまったら荷が重いからと早々に白旗を上げた。当然家にも影響があるだろうから。まず初めに父親に相談したら、クリスと相談して考えがまとまったら報告に来るように言われてしまった。クリス、トレヴァー家の後継者に決まったからな。もう後継者としての経験を積まされるんだな。オレも当主ではないけど、当主になるフィアの伴侶として考える力は必要だと思ってる。……思ってるけどさ、王家はちょっと大きくない?
「レジー兄さん、これ、試してもらっていい?」
そう言ってクリスが出してきたのは、ハリス商会の新商品。これまで見たことのない珍しい色のファッジ。商品化するのがなかなか難しかったらしいよ、なんて裏話を教えてもらっていたところ、トーマスが到着した。他の兄弟に邪魔をされたくないので、そのあたりも対策済み。
部屋に入って来たトーマスは、笑顔でクリスに握手を求める。え、オレと会った時にそんな態度しなかったよね、トーマス。
「トーマス・チャップリン・アサートンだ。よろしく」
「初めまして、クリス・ハンプデン=トレヴァーです。お噂は兄から伺っております」
クリスも笑顔で応える。
ソファに腰掛け、クリスに勧められてハリス商会のファッジを一つ二つ食べて感想を言い終えると、トーマスが本題を切り出した。この三人なら役割的にそうなるよね。
「王家としては複数の問題を抱えている」
「そうですね。一つの案で複数の問題が解消する可能性もありますが、それぞれ別の問題として考えるべきです」
トーマスがオレを見る。
「本当におまえの弟か?」
「どうぞクリスとお呼びください、アサートン様」
「それならトーマスと呼んでくれたまえ」
和気藹々としちゃってまぁ。良いことだよね、うん。そのまま二人で解決して……視線を感じた。強い視線を……。
「問題はいくつかあって、オースチン家と、オースチン家を紹介したモリス侯爵夫人、新興勢力を疎ましく思っている家、ジェーン王女殿下の四つだと思ってるんだけど、あってる?」
二人が頷く。良かった、合ってた。
「当事者意識があるようで安心した」
「巻き込まれた所為で兄さんはその全ての中心にいるものね」
「不本意ながら……」
甚だ遺憾でありますが。
「アサートン家としては直接不利益を被ってはいないという認識なのですが」
何故介入してるのかと尋ねる弟が怖い。なにか狙いがあるのかと勘繰りたくなる気持ちも分かるけど、トーマスはそんな奴じゃないぞ!
「確かに家として特段のメリットはないが、そもそもミラー嬢の婚約者は僕だった。本人が望んだのをこれ幸いと押し付けた自覚はある」
そういえばそうだった。
「ありがとう、トーマス!」
返す返すも感謝しかない。
クリスが苦笑いを浮かべる。
「兄には敵いません」
「裏表がないのは強みになることもある」
またそうやって二人して人を馬鹿にして、と思ったけど、実際頭良いからなぁ、二人とも。
「おまえはいつも怒らないな」
「本当のことを言われて怒るのもなぁ」
怒る奴もいるし、本当のことだからといって他人に言われたくない気持ちも分かるんだけど、あまり腹が立たない。言葉が丁寧でも、その言葉の裏に蔑みの色が見えれば腹も立つけど、トーマスもクリスもそういった感情を持っていないのが分かるから。それにオレ以外には言ってないみたいだし、貴族なんて大体遠回しに言ってくるから、そんなもんかなと。
「どれぐらいのことを言えばおまえが怒るのか試してみたい気もする」
「試さないで」
「簡単ですよ、ミラー嬢のことを悪く言えば即座に兄は怒ります。ただ、その後関係が破綻する可能性が高いので、興味本位でならばお勧めしません」
「そうだろうな……」
「なんの話をしてるんだ、二人とも。そんなことより対策を考えよう」
面倒なことは早く片付けないと。フィアとの幸せな時間のためにも!
「まず、オースチン家からだな」
「このままで終わるとは思えませんね。せっかく時間をかけてここまで築きあげたんです」
「モリス侯爵夫人に泣きつくとか?」
「大いにありえる。殿下を通してモリス侯爵には釘を刺してもらったから、絶対ではないが時間稼ぎにはなるだろう」
絶対じゃないところが痛いなぁ。でもまぁ、ここでモリス家がだんまりを決めれば、夫人は人を見る目がなかったのだと認めることにもなるから、挽回しようとするんだろうなぁ……。陛下の従姉だから表立って悪く言うものはいないだろうけど。
「わかりやすく別の挽回のチャンスを作ってあげるとか?」
「それも考えた。モリス侯爵には別の恥と名声を得ていただこうと思う」
恥と名声? なんだそれ?
クリスが頷く。分かったの? 今ので分かっちゃうの?
「モリス家に商会を立ち上げさせるのですね」
「そうだ」
モリス家が商会を立ち上げることが恥となるってことか。確かに賛成派ではなかった気がする。じゃあ、名声は?
「そのために僕を通してハリス商会に手伝えと、そうおっしゃるのですね?」
「察しが良くて助かる。ハリス商会にとっても悪い話ではないはずだ」
クリスは笑顔で頷き「魅力的な話ですが、それは別の有力な商会になさることをお薦めします」と言った。
「ハリス商会にばかり力が集まれば、本来味方であった他の商会まで敵に回すことになりますし、ハリス商会が上手くいくかを日和見する彼らに分からせたいという思いもあります」
なるほど。ハリス商会ばかりが良い思いをしているのが気に食わないと、反対勢力と手を組まれでもしたら厄介なのは間違いない。
「侯爵夫人に商会の顔になっていただくためにも、服飾に強い商会が良さそうですね」
「そうなれば夫人もオースチン家の相手などしている暇はないな」
社交界において発言力を持ち続けるのは大変なことだ。でも陛下の従姉であるモリス侯爵夫人なら、色んな意味で相応しいのは分かる。
「モリス侯爵家が商会を立ち上げれば、従来の貴族も受け入れざるを得ないだろうが、余計に不満を持ちそうだ」
「そこだ、どうしても火種は燻り続ける」
「いっそ皆、商会を持てばいいのに」
クリスとトーマスが怪訝な顔をする。……ごめん、適当なことを言い過ぎました。
「それだ」
「え?」
「商会を持っているほうが得だと思わせればいい」
「ですが、貴族は面子を大事にします」
トーマスは頷き、にやりと笑った。
「そうだ、だからこそ商会を持たせるんだ」
「商会を持ち、納税額が増えた家こそ真の貴族だとでもやるのか?」
「おまえにしてはなかなか察しがいいな、レジナルド」
「なるほど、それならば従来の貴族と商会が結びつきやすくなります」
「小さな商会は貴族の庇護下に入ったほうが良いこともある」
相手が貴族というだけで頭を下げなくてはならないと考えると、特定の貴族が後見人になれば商売もやりやすくなるかもしれない。
「でもそれはそれで不満を抱きそうだけど」
やりたくないことをやらされるんだから。
「それは間違いなくあると思います」
「安直すぎるか」
「さきほどの、貴族と商会を結び付けるというのは良い案だと思います。まずはアサートン家がいずれかの力のある商会を庇護下に置かれてはいかがですか? もしくは、トーマス公子が商会を立ち上げる。僕は以前、レジー兄さんが家を継いだことを想定して、商会を立ち上げるつもりでいました」
クリスに言われてトーマスは考え込む。
「そうだな。それが普通になれば、継ぐ爵位のない令息たちにとっても悪いことではないし、家としてもほぼ直接商会を持つのと変わりはない」
そこまで言って、それでも反対する家の存在を払拭できなかったんだろう、僅かに俯いて何か思案している。
オレとクリスはそれを邪魔しないように、ファッジを食べて待つ。
紅茶を淹れ直すよう侍女に頼んで席に戻ると、トーマスがクリスを真っ直ぐに見て言った。
「未来のトレヴァー伯に頼みがある」




