22.狙いはおまえだ
フィアの見舞いから更に一週間ほど、大事を取って休んだ。おかげさまでほぼ完治。元婚約者たちも色んな意味でおとなしくなったらしいし、チャールズも領地に引っ込んだらしいし。平和が訪れたよ! オレとフィアの未来は明るい!
「人とは結構丈夫に出来ているものなんだな」
「残念そうに言うの止めて」
二週間ぶりのトーマスは辛口だ。でも平気。全然傷つかない。
「そのだらしのない顔をなんとかしろ」
両手で頬を押さえる。何もせずとも口角が上がってしまう。
「ごめん、無理」
だって、願いが叶ってフィアに好きって言ってもらったんだよ? にやけるなと言われても無理。
相思相愛だよ? 相思相愛!
「……ミラー嬢と上手くいっているようでなによりだ」
「トーマス、本当にありがとう。結婚式には是非来てくれ!」
「気が早い! 今ので何があったかは大体分かった」
「はぁ……幸せ」
「……殴りたい」
「なんで?!」
「人の幸せは祝いたいのだが、あまりにおまえの顔が緩みきっていて、無性に腹が立つ」
「理不尽なことを言うな」
「そもそもだ」
人差し指でオレを指差す。
「あの長い階段でミラー嬢を庇いながら落ちたのに、打ち身だけとはどういうことなんだ」
「オレに言われても」
皆が口を揃えて運が良いと言っていた。このところの幸運続きはなんなのだろうか、本当に。祈りを捧げているわけでもないのに。
「あ」
「なんだ、効果抜群のアミュレットでも持っていたのか?」
「蝋燭」
「蝋燭?」
そうそう、とオレは頷く。
「聖母子を彫った蝋燭をいつも納めてたからかもしれない、この幸運続き。もっと真剣に彫ろう」
フィアに頼まれたリスの後に。
「……おまえの前向きさは賞賛に値する」
「馬鹿だと言ってくれたほうが傷つかないんだけど?」
冗談もほどほどにして、本題に入ったほうがよさそうだ。トーマスは悩みがあると首の後ろを右手で押さえる癖がある。他にもあるけど、これが一番分かりやすい。
「それで、何かあったのか?」
尋ねるとトーマスは目を少し見開いて、ため息を吐いた。
「おまえは鈍感なんだか察しが良いのだか分からない」
「関心のないものには鈍感なんじゃないかな、大体の人は」
友人の変化に気付かないほど視野も狭くはない、と思っている。
「先日の件から呼び出しを受けることが増えた」
「あぁ、それは」
実に面倒くさそう。
でもそれはほら、トーマスの出自が良かったり、機転がきいたり、行動力があるからじゃないかなぁ。
「オレでは助けにもならないだろうが、色々と助けてもらった礼に、できることがあれば言ってくれ」
「おまえの閃きがミラー嬢に関わらないことでも発揮されるならな……」
「それは約束できない」
どうしても真剣さに差が出ると思う。
「それで?」
驚いた顔でオレを見てくる。何故?
「本気で助ける気があると思わなかった。普段のおまえならその先を聞かないのに」
「……トーマスの中のオレ、どういう人間なの?」
間違えてはいないけど、優先順位があるんだよ、トーマス君。凡人は幅広くなんて無理なんだぞ。
「姫の教育係がオースチン家の長女だった」
「おぉ、率直に言って困ったことになったな」
「そうだ」
最悪だ、と友は呟く。
他国の王家がどうかは知らないが、我が国の王家はしっかりしているほうだと思う。それなのに、王が溺愛する王女の教育係にオースチン家の長女が採用されていたということは、既に力のある誰かに取り入ってるということだろう。聞く感じだとあの一族は皆似たり寄ったりな中央思考だという話だから、普通にしていたら教育係には任命されない気がする。
「誰のお気に入りだったんだ?」
「陛下の従姉のモリス侯爵夫人だ」
「目の付け所はいいんだな、オースチン家」
「感心している場合か」
「いや、だってさ、そう思ったところで懐に入るのは難しいだろう? それがそうやって入り込んで、遂には王女の教育係にまでなってるんだ。なかなかに野心があるし、行動力に計画力もあるんだから、感心するよ」
少しずつ実績を積み上げて、ようやく王女までたどり着いたんだろうに。
「次男のことがなければ危なかったかもしれない」
国の中枢に執着するものの、宰相の地位に就くには爵位が足りない。伯爵位は可もなく不可もない位置だ。我が国は簡単に爵位が上がらない。王家と縁続きにでもならない限り。
「なるほどなぁ、王家と縁戚になれば陞爵の可能性も高まるし、要職に就く可能性も上がる。本気を感じるな」
「人ごとだと思って」
「いや、人ごとだぞ? でもまぁ、ここで防げてよかったんじゃないか? で? どこに問題が生じたんだ?」
「ジェーン殿下だ」
「まさか既にオースチン家と?」
嫌そうな顔をされた。どうやら違ったらしい。
「それは大丈夫だったようだ」
「そちらは大丈夫だったけど、決め手がないのか」
いっそ殿下との間になにかがあったほうが処罰もしやすいだろうけど、この様子からそうじゃないことを察する。
「それについてトーマスが考えるのか?」
いくらトーマスが王家の縁戚だからって、巻き込まれすぎじゃ?
「いっそのことトーマスが殿下のお相手になるとか?」
冗談で言ったら手に持っていた本で頭を叩かれた。しかも角だった。痛い。
「たぶん殿下はそういった目論見もあっただろうが、王女が今、関心があるのはおまえだ、レジナルド・ジョー・ハンプデン=トレヴァー」
「誰だっけ、それ」
オレと同じ名前だなぁ。
……トーマスの目が笑ってない。笑ってないよ!
「ちょっと待って。なんでそうなった?」
「元婚約者のチャールズ・パット・オースチンから、現婚約者のレジナルド・ジョー・ハンプデン=トレヴァーが身を挺して守った、という美談は王宮にも伝わっているようだ」
「美談って……そんな良い話じゃないのに。皆、人のことだと思って面白おかしく話を盛りすぎなんじゃないのか?」
「そのとおりだが、お年頃の王女からすれば憧れを覚えたのではないか?」
なるほどと一瞬思いかけて、待てよ? と思う。トーマスを見ると、呆れた顔をしてる。
「それらしいことを言ってるけどさ」
「残念ながらそのままの意味ではないだろうな」
「誰かが後ろにいるのか? それこそその長女とまだ関係が切れていないとか?」
「逆恨みの可能性が濃厚だ、レジナルドに」
やっぱり!
「オレに平和は来ないの?!」
幸運と不幸が交互にきてない?!
「危機感を抱いたな? よし、これでおまえも真剣に考えるな?」
「酷すぎる」
こんなのってある?!
「一緒に考えてやる」
「おまえ良い奴だなぁ」
「馬鹿なことを言ってないで真剣に考えろ」
そう言いながら、まんざらでもないのか、さっきよりちょっとトーマスの表情はやわらいだ。
……それにしても、どうしたものかな。
オレの幸運、まだ残ってる?




