20.爆発する?
熱もだいぶ引いて、身体の痛みも和らいだ。臭い軟膏は相変わらずだけど、自分で身体を動かせるようになったのは大きい。痛いは痛いけど、耐えられる痛み。
落ち着いたからもう大丈夫だろうということで、今日はフィアがうちに見舞いに来てくれることになった。
「れ、レジー、様っ」
来てくれたんだけど、部屋に入ってオレの姿を見るなり泣き出してしまった。泣かれるかもしれないとは思ってたけど、まさか部屋の入り口で泣くとは!
ベッドから出て迎えに行こうとしたら止められて、タラとフィアの侍女がベッド横までフィアを引っ張ってきてくれた、助かる。
「フィア、会いに来てくれてありがとう」
学園を休んで一週間は経ってる。久しぶりにフィアに会えて嬉しいのに、泣いてる。泣かせてるのは自分。
なんとか安心させて涙を止めたいんだけど、止まらない。涙ってこんなに出せるのかと驚くほどだ。まさに滂沱の涙。
ベッド横の椅子に座らせるのにも時間がかかった。
「もう大丈夫だから、本当に。泣かないで」
「で、ですがっ、こんなに、あちこちに包帯、がっ」
しゃくりあげながら話すから、言葉が途切れ途切れになっちゃってる。
「これは、軟膏を塗ってるから巻いてるだけで、もう動けるし熱もだいぶ引いたんですよ」
安心させようとして言った言葉に反応して、また涙の量が増えてしまった。本当に大丈夫なのに。
「ごめんね」と声をかけてから、フィアの手を握る。びっくりしたのかフィアの涙が止まった。手を握るのは別に初めてじゃないけど。
「軟膏の臭いが強いし、包帯をあちこちに巻いているから、重症に見えてしまうかもしれないけど、全身打ち身なだけだから、心配しないで」
出血したわけでもないし、骨だって折れてもいない。自分でも運が良いって思う。
フィアの目にまた涙がたまるのが見えたから、慌てて彼女の手を両手で挟んだ。
「僕のことよりも、フィアは大丈夫ですか? かすり傷を負ったと聞いたけれど」
「私は、レジー様がかばってくださったので、大丈夫、です」
「本当に? 僕を心配させまいと言ってるのでは?」
そっとフィアの侍女 ジェマのほうを向く。ジェマは頭を下げてから答える。
「かすり傷ももう、治りかけております」
「良かった!」
嬉しくてつい、声が大きくなってしまった。
「フィアに怪我がなくて本当に」
「レジー様……私が、余計なことをしましたのに、お怒りにならないのですか?」
「うーん、確かに、タイミングは良くなかったとは思うけれど、だから暴力を振るわれて当然とはならないでしょう?」
そんな野蛮な世界嫌だよ。
「言葉には言葉で返さないと公平じゃないでしょう。フィアだって、婚約を解消された後になって付き纏われて迷惑を被っていたのだから、ひと言物申したくもなるのは当然のことだと僕は思う」
フィアの目からまた涙がこぼれる。
「レジー様が、気絶してしまって、名前を呼んでも答えてくださらなくって」
階段落ちてオレが気絶してからのことかな。
「レジー様が亡くなってしまったのかと」
「うん」
そんなこと絶対ないと否定しようと思ったけど、フィアはずっと不安な気持ちを抱えてただろうから、吐き出してもらったほうがよさそう。溜め込みすぎて爆発した人間に突き飛ばされたばかりだし。
「亡くなられてはいないと分かって、ほっとしました。でもっ、お目覚めにならないと、伺って、熱も高いと」
「うん。たくさん心配させてしまってごめんね」
首を横に振るフィアの目は、泣きすぎて真っ赤だ。何度も泣いたんだろうか、目の周りも赤い。こすったりしてしまったのかもしれない。
「良かった……本当に、お目覚めになって……」
「うん、もう大丈夫です。すぐに治るから」
はい、と答えて頷くフィアに笑顔を向ける。
「レジー様が、助かるなら婚約がなくなってもいいとお祈りを」
「待って! それは祈らないで!?」
まさか本当に祈った?! それでオレ、無事だとかないよね?!
縋るようにジェマを見ると、ジェマは否定するように首を振った。
「お止めしました」
素晴らしい! 君、なんていい仕事をするんだ! オレが雇用主だったら追加で報酬を支払うのに! いや、なんか贈り物しても許されるんじゃないかな?! ミラー伯に連絡しなくては!
それにしても、こんなに安堵したこと、人生でないんだけど? そんなに長く生きているわけじゃないけど。
「フィアとの未来を夢見て生きる僕の希望を奪わないで……お願いします……」
「まぁ、レジー様ったら」
「いや、本気です」
フィアからの重い愛を受けて幸せに生きるのがオレの目標なのに、その前段階で夢が潰えるところだった。思わぬところに伏兵がいた……。
ようやく泣き止んでくれてほっとした。泣きすぎてフィアが枯れちゃうんじゃないかと思うぐらい泣いてたからね、短時間で。
「助けていただきありがとうございます、レジー様」
「婚約者だし、大切な人ですから」
婚約者だからだけじゃなく、大切な相手だから。
あの時は考えるより先に身体が動いた。身体を鍛えておいて良かった。あんなことが起きるなんて思いもよらなかったけど。
「私にとっても、レジー様はかけがえのない方です」
おぉ! フィアの中でのオレ、結構ランクアップしたのでは?! そんなつもりで助けたわけじゃないけど、フィアに好かれるのは純粋に嬉しい!
フィアに話さなくてはいけないことがあったのを思い出す。
「フィアに謝罪しないといけないことがあります」
ほんの少し、フィアの顔に緊張が混じったのが分かる。
「このまま回復すれば芸術祭にも参加できそうなんですが、彫っていたものが全部壊れてしまって、僕がフィアに夢中だとアピールするのが難しくなってしまって……」
寝てるだけだから暇だし、新たに彫ろうとしたら皆に止められてしまった。
フィアの頰が赤らむ。
「それでしたら、不要だと思います」
「どうして?」
もうチャールズとの勝ち負けはなくなったけど、他の元婚約者たちへのアピールをしなくては。
「先日のことで、レジー様ほど私を想ってくださる方はいないと、皆さまおっしゃっておりますもの」
先日? ……あぁ、フィアを庇って階段を落ちたから? でもそうか、木彫りよりよっぽどオレの気持ちが分かりやすいか。木彫りで本当に伝わるのかと懐疑的だったし。
「あ、じゃあオレがフィアに夢中という事実が皆に上手く伝わったということですね?」
「れ、レジー様っ」
赤い顔でフィアが慌てる。恥ずかしがってるけど、なんか変なこと言ったっけ?
「レジー様、もう少し手加減して下さいませ」
手加減?
「好きな気持ちは加減が難しいのでは?」
恋の病だとか、医者も治せないだとか、色々言われるぐらいだし、自分でも御せないのが恋なのだと思ってる。
「あ、あの、レジー様」
「なんですか?」
「今、好きな気持ちと……」
あ、そっち?
タラに視線を向けたら、分かってますという顔をして、ジェマと一緒に部屋を出て行った。ジェマも力強く頷いてた。ドアは半分ほど開いたままにしてくれてる。タラ、ジェマ、ありがとう。タラにもお礼しないとな。
実はさっきから握ったままのフィアの手を、少しだけ強く握る。
「以前からフィアに好意を抱いていたので、婚約者に名乗り出たわけですが、愛されたいとばかり思っていて、自分の気持ちをあまり意識してなかったんです」
時々、相手がフィアだから頑張ろうと思えるんだと感じることはあったから、まぁ、そういうことだったんだと思う。
「僕はフィアが好きです」
愛される前に先に愛しちゃったという奴。
せっかく止まったはずの涙がまたこぼれて、慌ててしまうオレに、フィアが泣き笑いの顔で言う。
「レジー様は、私の欲しいものばかりくださいます」
「そうですか? それなら嬉しい」
嫌なことばかりしてくるとか言われたら凹む。
「レジー様となら、良い関係を築いていけそうだと思っておりました」
それ以上を望む欲深き人間ですけどね、オレは。
「もうずっと前から、私の心はレジー様にあります。私の想いなどでレジー様にご満足いただけるのかと、不安でした……」
え、今なんて?
「フィア、今」
頬を赤らめたまま、困ったようにオレを見るフィア。
「心からお慕いしております、レジー様」
今ちょっと変な声出そうになった! 耐えた! 良いところで変な声出して台無しにして嫌われたら大変!
「い……」
「い?」
「生きてて良かった……!」
「レジー様ったら!」
「だって本当に、フィアに愛されたいってずっと思ってたんです」
「恥ずかしいです……」
「えぇ? 恥ずかしがってるフィアも可愛い」
こ、これはもしかして、キスのチャンス到来なのでは……?!
そう思うのに、へたれなオレは、フィアの手の甲にキスするので精一杯だった。脳内のもう一人のオレに罵られはするものの! だって! オレだって恥ずかしい!




