02.婚約後の顔合わせ
婚約後に顔合わせって、順番間違えてる気がするけど、これはきっとオレを逃さない為だと思われる。
フィアメッタ嬢はオレの正面に座って、オレをじっと見てる。瞬きしないのかな。オレが逃げると思ってるのかも。前髪で目が隠れてるんだけど、その隙間から覗く目がオレを見てるんだよね。すっごい目が合う。
はっきり言っちゃうけど、フィアメッタ嬢は美人の部類でも可愛い系でもない。ふくよかだし、顔はおしろいで真っ白だし、頬紅で頬がリンゴ並に色がついちゃってる。……自分でやってるのかな? 学園で見かける時もこんな感じなんだけど、侍女はやってくれないんだろうか。
隣に座る両親が引いてる気配がする。
正直にお世辞で褒めるのも苦しい外見。その上トーマスに見せるあの執着。トーマスとのことで婚約が解消された回数実に十二回。
「学園では何度か顔を合わせてますが、こうして話すのは初めてですね、フィアメッタ嬢。僕のことはレジーと呼んでください」
笑顔を向けると、フィアメッタ嬢の目が見開かれた。これまでも結構目を見開いてたと思うのに、あんなに人間の目って開くんだ。
「ほら、フィアメッタ、おまえも挨拶なさい」
「は、は、はじ、はじめまして!」
初めましてじゃないけど、いつもトーマスのことしか見てなかったもんね。オレの存在なんて気にしたことなかっただろうからなぁ。
必死にフィアメッタ嬢の父──ミラー伯爵が娘の良いところを話すんだけど、残念なほどに褒め言葉になってない。隣の両親からのもう帰りたいオーラが半端じゃない。
会話が続かず、苦しくなったのかミラー伯爵が娘に言う。
「フィアメッタ、庭を案内してきたらどうだ?」
「は、はいっ!」
庭に降りてすぐに、手を差し出すと、びっくりした顔でオレを見る。今までの婚約者、エスコートとかちゃんとやってたのかなぁ……。さすがにやっていたとは思うけど、すすんではやってなかったかもしれないなとは思う。
オレの手の上にのせられた手は、むちっとしてる。手袋がパツンパツンだ。
太った女性に偏見とかはないけど、ダンスのことを考えると、もっと鍛えたほうが良さそう。リフトとか今のままだとちょっと無理そうだ。
「レ、レジナルド様は」
「レジー」
すかさず訂正する。
「レ、レジー様」
「はい、なんでしょう? あ、僕もフィアと呼んでも?」
「ももも、もちろんですっ」
「なんですか? フィア嬢」
俯き、小さな声で、ぽそりぽそりと、呟くように言う。
「……トーマス様から、私のことをお聞きおよびではないのですか?」
「聞きましたよ?」
間近で見てもいたし。
「それならば何故、私と婚約を? 私は、自分で言うのもなんですが、とても重いのに」
「そうらしいですね」
顔を上げたフィアメッタ嬢──フィアは戸惑った顔をしている。
「なにはともあれ、婚約者となったのです。これまでの婚約者とは上手くいかなかったのかもしれませんが、僕との関係はこれからでしょう?」
「そうですけれど……」
「それより、僕に会いに来づらかったりしますか?」
元婚約者のトーマスは同じクラスだ。
「それは少し……ですがきっと、私、レジー様のことしか見えなくなると思うのです」
「それなら良かった」
笑顔で答えるオレを、信じられないといった顔で見る。
やはり、アレは意識してやってるのではなくて、無意識なんだと納得する。
「ところでフィア嬢の異性の好みはありますか? 完璧には無理でも、できるだけ貴女の理想に近づきたいので」
顔の造形とかは無理だけど、知的なのがタイプだとか、そういう。
フィアは口をぱくぱくとさせるものの、肝心の言葉は出てこない。
「な、ないです!」
「そう? じゃあ、僕のことで嫌なところがあったら遠慮せず言ってください」
「わ、私もっ! レジー様の……」
自分も嫌なところを直すと言おうとして、これまでの自分の行いを思い出したのだと思う。目が潤んでる。
「とても不躾な質問を許してくれますか?」
子供のようにこくりと頷くフィア。
「今日の化粧は、自分で?」
「そ、そうです」
「化粧は侍女にやってもらうといいですよ。侍女達は、きっと貴女をキレイにしたいと思ってるはずです」
「え?」
「母の受け売りなんだけど、侍女達は主を美しくするのに燃えるらしいですよ」
「そうなのですか?」
「そうらしいです」
分かりました、と素直に頷くフィアは好ましい。
「これから、よろしくお願いします、フィア嬢」
「は、はい、レジー様」
帰りの馬車の中で、両親が真剣な顔で言った。
「レジー、無理してないか?」
「してませんよ」
「無理だと思ったらすぐに言うのよ? 我慢しちゃ駄目よ?」
二人の真剣な様子に苦笑してしまった。
「嫌いじゃないから、彼女みたいな人」
むしろ好みなんだけど。
「あの見た目が?!」
父、失礼だよ。
「容姿ではなくて」
「性格を?!」
父も母も、フィアの愛が重いのを知ってるらしい。ミラー伯爵が教えたのかな?
「ミラー伯爵は、この婚約が上手くいったら嬉しいが、無理しないでいいと言ってくださってる」
さすがに婚約解消回数が多いから、弱気にもなりそうだけど。
「女伯の伴侶は魅力的に思うだろうが、生涯を共にする伴侶だ。離縁も可能ではあるが、しないで済むにこしたことはない。我が家はおまえに負担をかけるほど困窮していないからな」
「分かりました」
兄の婚約を優先していたことを後悔し始めそうだなぁ。今は何を言っても届かなさそうだから、改めてそうじゃないんだと説明する必要があるなぁ。




