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19.満身創痍とはまさにこのこと

 目を開けると、ぼんやりと天井が見えた。

 頭が痛い。脈打つようにこめかみが痛む。喉が渇いた。カラカラだ。乾きすぎてくっついた感じがする。身体のあちこちも熱っぽい上に痛い。

 今何時なんだろう。なんでこんなに明るい時間からオレは寝てるんだ。

 全身におもりでも付けられたみたいに、重い。縛られでもしてるのかって思うぐらい、なんというか、固い。自分の身体なのに、自分のものじゃないみたいに感じる。

 

「ぃ……っ!」

 

 とりあえず水が飲みたくて、侍女を呼ぶベルに手を伸ばそうと起きあがろうとして、あまりの痛みに変な声が出た。

 痛みに耐えて起き上がるのを諦めて横になる。

 ……なんでこんなにボロボロなんだ、オレ。なにがあった?

 

「レジーぼっちゃま?!」

 

 呼ばれたほうを顔だけ向けて見ると、タラが部屋の入り口に立っていた。

 

「タラ……水を、もらえ、ないかな」

 

 咽喉が渇いた。

 

 タラが他の家族や侍女たちにオレが目覚めたことを知らせてくれたようで、あっという間に部屋が人でいっぱいになった。

 

 皆が来るまでの間に、どうしてこうなったかを思い出した。チャールズに突き飛ばされたフィアを守ろうとして、階段から落ちたんだった。フィアごと。よりによって一番段数があると言われてる階段で。しかも頭をぶつけて気絶。決まらない自分が恨めしい。

 

 枕をいくつも背中の後に重ねて寄りかかる。自力で起きるのもできなくはないけど、激しい痛みを伴うので、手伝ってもらって起きた。

 

 家族に囲まれながら水を飲んで、ほっと息を吐く。

 いやぁ、生きてて良かったー。

 最後に柱にぶつけた箇所はコブになってて腫れてはいるけど、医師が言うには、打ち所が良かったそうな。

 

「まったく、みっともない」

 

 呆れた顔で言うのは次兄。皆からの冷たい視線に気付いたのか、次兄は小さく咳払いして誤魔化す。

 

「階段から落ちそうになった婚約者を助けようとしたことが、みっともないと言うのか?」

 

 父の低い声が、思いの外響く。次兄はいや、あの、そうじゃない、などと否定の言葉を口にするものの、父の怒りを解く言葉は見つけられないようで、小さくなって俯いた。

 次兄、お願いだから空気読もう? 今それを言うのはよくないってことぐらい考えてから話してほしい。もっと回復したなら軽口も許される雰囲気になるだろうけど、今は駄目でしょう。さすがにオレもちょっと嫌。

 

「レジー、あなた三日も寝込んでいたのよ?」

 

 額に触れた母の手が冷たくて気持ち良い。階段を落ちる時に全身を強く打ちつけたものだから、熱があるのだと医師に言われた。あちこちに塗られた痛み止めの軟膏が臭い。鼻に刺さるというか、貫通して脳にまで刺さりそうな臭いだ。でも痛いから塗らないという選択肢はないのが辛い。鼻がきかなくなったらどうしよう。

 

 三日。

 それなら芸術祭には参加できそうだ。

 

「フィアは、無事ですか?」

 

 一番気になるのはそれだった。フィアを守るために咄嗟に行動はしたけど、どこかぶつけたりしていないだろうか。オレと違って、鍛えてもいないフィアの身体は打ち身になんて耐えられないだろう。

 

「多少の擦り傷はあるとのことだったが、無事だそうだ」

 

 ほっとして、思わず大きく息を吐いてしまった。

 これでどこか怪我をしたなんて言われたら、這ってでもお見舞いに行きたくなってしまう。

 

「良かったぁ」

 

 いや、擦り傷があるんだから良くないのか。でも、怪我をしていないのなら良かった。

 

「目覚めたら見舞いに来たいとの手紙をもらっている。もう少し熱が下がったら知らせるか?」


 父の言葉に頷く。

 講義でフィアの元婚約者とやりあった後、オレが怪我をしたと聞いて駆けつけてくれた。あの時少し顔色が悪かった。心配してくれたんだろう。先輩たちに立ち向かったことに後悔はしてない。でもフィアに心配をかけたことは後悔してる。

 今回はフィアの前で気絶しちゃったし。心配しないわけがない。気絶しないで、大丈夫かと声をかけられなかったことが悔やまれる。

 

「さぁ、レジーの顔も見れて安心したでしょう? いきましょう」

 

 母がそう言うと皆、ぞろぞろと部屋を出て行って、父だけが残った。ドアが閉まり、ベッド横の椅子に父が腰かける。

 

「すまないが、話さなければならないことがある」

「はい」


 何を言うかは分かってる。チャールズのことだろう。

 さすがに、軽く謝って済む話ではないから。良くも悪くも周囲に人がいた。なかったことにはならないし、できない。無論、その気はないんだけど。

 

「今回のことに、我がトレヴァー家もミラー家も厳罰を求めた。目撃していた生徒達も多かったからな、あちらも逃げられはしない」

 

 相槌を打つと、父も頷いた。

 

「オースチン家からも謝罪は受けている。不承不承といった様子だったが。あちらも頭を下げないわけにはいかなかったんだろう。彼は今、屋敷に謹慎中だ」

 

 それで、と言葉を区切ると、父はオレを見る。

 

「どうしたい?」

「相応の罰が与えられて、もう二度とオレやフィアに手を出さなければいいです」

 

 ここで中途半端に許したら舐められてしまうし、そもそもそんなつもりもない。だってアイツはフィアを突き飛ばしたんだから。

 

「オレにやったことに対しては、正直どうでもいいんです。こっちも怒らせることをしたから。でも、フィアに手を出したことは許せない」

「そうだな」


 かつて婚約者だった人間に、おまえが悪いんだとなじられて、突き飛ばされた。チャールズが男としては細身だったとしても、力が違う。男の力で突き飛ばされれば、当たった部分だって痛みを伴ったはずだ。

 オレが怪我をするのは、嫌だけどまぁいい。でもフィアに対しての行いは絶対に許せない。

 

「厳罰は免れまい」

 

 後味は悪い。でも。

 

「報いを受けてほしい」

 

 チャールズ、オレはおまえを許さないよ。オレにだけならまだよかった。でも、明らかに自分よりか弱い相手フィアに暴力を振るった。なんとか守れたからよかったけど、怪我をしてもおかしくなかった。下手をすれば……。起きたかもしれない未来を頭から追いやるために、首を振る。

 トレヴァー家も、ミラー家も、たぶんアサートン家もオースチン家に対しての処罰を求めるだろう。そうなればチャールズは一族の面汚しとして領地から出られないだろうと思う。せっかく優秀だったのに、勿体ないとは思うけど、許されないことはある。

 

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