18.冷静になろう、みんな
クリスを通して、ハリス商会に生徒の作品を見てもらえるかを打診した。勿論こちらの思惑も説明した上で。
ハリス商会としては是非とも娘の婚約を継続したいという思いがあるのと、オレとフィアが一連の騒動に巻き込まれていることも認識しているようで、一も二もなく引き受けてくれた。その上で、ハリス商会以外の力のある商会の重鎮たちにも声をかけたようだった。
穿った見方をしてしまうけれども、ハリス商会以外も貴族との婚約を望んでいるようだから、この婚約の結果如何といったところなんだろう。なんにしろ味方は多いに越したことはない。いいよね、味方が沢山いるって。
鑑定の結果、是非とも商会に、と声がかかった作品がいくつもあった。素晴らしい作品だったようで、無事に商会が持つ建物で保管してもらえることになった。芸術祭に出展する作品全てが。
正直に言って、お世辞というか忖度というか、そういったものも含まれての評価だとは思うけれど、芸術に本気で向き合ってる生徒は嬉しいんじゃないだろうか。
これで誰かさんが芸術祭の開催そのものを阻止するのは難しくなった。だって、建物は厳重に警備されているから出入りが難しい。チャールズが下人に命令しようとしても、家族はそれを反対するはずだから。トーマスに調べてもらったところ、オースチン家はあっさりと鞍替えして新興貴族を受け入れる側に回ったらしい。中央にいるということが全てという考えなのは知っていたけれども、本当にそうなんだな……。そんなわけだから、反対しているというか、ややこしくなってるのはチャールズだけになる。
偽の作品を出すこともできなくなり、家族も味方になってくれない、自分で誇張してしまった嘘をどうするのか、見守りますよ、オレは。
……と、思っていたのに。
「随分と小賢しい真似をしてくれるじゃないか、トレヴァー」
まさかの、直接文句を言いに来た。
「なんのことをおっしゃっているのか分かりません、オースチン先輩」
いやごめん、ここはしらばっくれるでしょう、普通に。
チャールズはオレに話しかけてきたときには、既に苛立ちが頂点に達しているようだった。誰にも言えなかった所為で行き詰まったのかもしれない。
「愚物の割には上手く立ち回る。いや、愚物だから余計にか?」
見えないけれど、青筋とか浮いてそう。
「お友達や弟の縁戚が力のある所為で己にも力があるとでも思い上がったか?」
「いくらなんでも言葉が過ぎるんじゃないですか!」
言われた本人じゃないのに、サイモンが言い返してくれた。良い奴だなぁ。
「今日は力のある友人がいないから黙ってるのか?」
トーマスは今日、家の都合で登校していない。侯爵家ともなると色々あるらしい。
それにしても、思った以上に追い詰めちゃったみたいで。血走った目のチャールズを見る。髪とかところどころ乱れたままだし。
どうしたものかなぁ。かと言ってこれでもオレも貴族なので、面子を保つのは必要なんだよね。
周囲に人がいるのを確認する。人が少ないところじゃなくて良かった。
「先輩こそ、トーマスがいないから僕に話しかけたんですか?」
伯爵家次男のチャールズが、王族も降嫁するようなアサートン家の、四男とはいえ殿下と親交もあるトーマスを敵に回すのは愚かな行為だ。どの派閥にも属していない中立派のトレヴァー家のオレを敵に回すのは厭わないとしても。
「ご家族にも諌められませんでしたか? この件から手を引けと」
オレとしては、芸術祭でチャールズにぎゃふんと言わせたいのと、これ以上フィアにちょっかいを出されなければいい。
「お前如きがこの僕に楯突くことがおかしいんだよ!」
……あー……ちょっと一線越えた気がする。これ以上刺激しないほうがいいな、とりあえず。
サイモンもチャールズの発言に引いてる。さすがにこの発言は問題視されるだろう。建前として学院内では爵位は無効となってるけれど、そんなはずもなく。先輩後輩といった上下関係はあるにはあるし、多少は認められている。……が、それを振りかざしてどうこうというのは当然認められていない。
「冷静になってください、オースチン先輩。勝負は正々堂々としたいだけです」
できるなら、ぶつかる時は正面からぶつかりたいわけですよ、オレとしては。いやまぁ、それなりに彫刻得意って時点で、正々堂々でもない気がするけれど、チャールズもあれぐらい余裕だ、なんて言わなきゃ良かっただけで。
「どの口が言うんだ!」
頭に血が上ったのか、チャールズが手を出してきた。……が、これでも一応騎士を目指してもいたし、今も鍛えてはいるからね、チャールズの拳はオレの顔に当たる前に掴んで止めた。勉強一筋のチャールズは、大したことのないオレにも止められてしまうぐらいか細い。
真っ赤な顔でオレの手を引き剥がそうとするので、手を離す。勢い余ってよろけたチャールズは、陰から覗いていたフィアに気付いた。フィア?! なんでそんなところに!
「おまえが!」
チャールズの標的がオレからフィアに変わったのが分かって、オレは慌てた。
「コイツじゃなく僕を選んでいれば良かったんだ!」
「自分でフィアとの婚約解消を望んでおいて、その厚かましい言い草はなんだ!」
腹が立ったのもあるし、フィアではなくオレに注意を向けたかった。フィア、お願いだからチャールズを刺激しないで。
オレの願いも空しく、陰から出て来て、怯えながらもフィアが言い返す。
「レジー様とオースチン様では比べものになりません! レジー様は素晴らしい方ですもの!」
たぶん、フィアとしては自分も意思表示をしなくてはと思ったんだろう。それは大事なことだと思う。ただ、相手が正気じゃない場合にそれは悪手!
「きさま!!」
伸ばされたチャールズの手がフィアを突き飛ばした。その先は階段で。まさかそんなことをされると思わなかったのだろう。フィアの目が驚きで見開かれる。
「フィア!!」
強く踏み込んでチャールズを廊下側に突き飛ばし、階段から落ちそうになっているフィア目掛けて飛び、抱きしめて腕の中に入れる。もう必死だった。フィアを守らなくては。それだけだった。階段の段差が身体のあちこちに当たる。勢いがあったのもあって、その衝撃は大きかった。
誰かの悲鳴も聞こえる。周囲に人もそれなりにいたから、チャールズも変なことをしないと思ったのに。
「トレヴァー!!」
「誰か先生を呼べ!」
「医務室に連絡を!!」
長い階段の最後にある、柱のようなものが後頭部に当たった。その衝撃でオレは気を失った。




