16.流行の中心
流行を作るのは常に上位貴族の令嬢。なんでと言われても、財力という身も蓋もない答えになるわけだけど。
ジェーン王女が社交界にデビューすれば、その中心は必然的に王女になる。財力も大事だけど、階級が上になればなるほど影響力は増えるもの。
たとえ上位貴族に目をつけられたとしても、上位の家は一つではないから、対抗勢力の家に気に入られるように近付くという選択肢があるわけだけど、王室は国に一つしかない。その王室に目をつけられるということは、そこに連なる全ての貴族を敵に回すということになる。折れるより曲がれ、という言葉にある通り、白も黒となるわけですよ。表面的には。
国によっては王室より力のある家、なんていうのもあるにはあるみたいだけど、我が国はそうじゃない。王室に目をつけられたら終わりと聞いてる。とは言え、無闇矢鱈に権力を振りかざしてくる王室でもないとのことなので、商会への叙爵に反対している貴族たちがオレとフィアの婚約に絡んでくる、なんてことをしてくるわけで。
トーマス曰く、この婚約に干渉するのは、王家の本気度を測るためだろうとのこと。王室が嫌々ながら商会に叙爵したのかどうなのかを推し量ろうとしている。もし仕方なく、であれば貴族同士の諍いとして仲裁には入らない。そうでないならば振る舞いを改める必要がある。なんだそれって感じだけど、そういう空気を読むのも貴族にとって大事なこと。王家が決めたことに唯唯諾諾と従うのは下位の貴族。上位の貴族は主張もしつつ、表面的に従う。
王室が深いところではどう考えてるのかは分からないけど、今回は国益を損なう恐れがあるから、動いてくれたんだろう。
「ジェーン王女が欲しがっているものを殿下方がこぼしたところ、次々と献上品が届けられているようだ」
っていう形を取ってるのか。
「ふぅん」
「……なんだ、その気のない返事は」
トーマスは不機嫌そうにオレを見るけど、オレ、それどころじゃないんだって。フィアの彫像がうまくいかないんだから。
「いや、だってそこから先は王室が決めることだから」
「発案者だろう」
「それはそうだけど、気づいている人物はいたと思うし。たまたまオレには実現させる力を持つ友人がいたってだけだろう」
オレが思いつくようなことを、他の人間が気づかないわけがない。気づいたとしても階級社会だからね、上に意見は伝わらない、悲しいかな、世の中ってそういうもの。理不尽なの。だからオレは幸運。……アレ? オレ結構幸運に恵まれてるけど大丈夫かな? 今運を使い果たしかけてない?
「トーマス」
「なんだ?」
「幸運ってどうやったら増やせるか知ってるか?」
「突拍子もないな」
いやだって、使い切る前に幸運を増やせるなら増やしたい。それが自分の力でなんとかなるものなら。
「努力だろう」
「努力? ありきたりだなぁ」
「なにを言ってる。努力とは己の選択肢を増やすことだ。選択肢が増えればより良い条件のものの中から選べるようになる。そもそもおまえの専売特許だろう、努力は」
「えぇ? 努力なんてしたかな」
幸運を掴むような努力を?
「しているだろう、常に」
「あ、もしかしてフィアに好かれるためのことを言ってるのか? あれは彼女に好かれるために必要なものであって、幸運を掴むための努力じゃないぞ?」
「何故分けて考えるんだ。目的が異なっていたとしても努力は努力だろう」
「"ロウソクを両端から燃やすことはできない"って言うぐらいだ。トーマス、世の中そんなに上手くはいかないものだぞ?」
「何故僕が諭されるんだ」
トーマスは不満そうな顔をする。
「でもまぁ、それも努力と思われて、幸運が増えたらいいのになぁ」
「努力の人、と呼ばれてる奴が何を言う」
……なんか変な二つ名がついてる……。
「婚約者に関すること限定なんだけど」
「節操なくミラー嬢に関係しそうなもの全てに手を出してるだろう」
「トーマス、だいぶ語弊がある」
あと言い方にトゲがある。
「仕方ないだろう。だってフィアに愛されたいんだから」
何も言わずにトーマスがオレの後ろに視線を向ける。これはもしや!
振り向くとフィアが顔を真っ赤にさせて小刻みに震えていた。え、震え?! 病気?!
「フィア?! 熱があるんじゃ?!」
「違いますっ。レジー様の馬鹿!」
「ご、ごめんね? 顔を真っ赤にさせて震えてるからどこか悪いのかと不安になって」
「続きは二人の時にしてくれ」
二人っきりはまだ駄目なんだぞ、トーマス。
「中庭に行きましょう」
フィアに手を差し出すと、恥ずかしそうに手を重ねてくれた。以前よりぎこちなさが減ってきたように思える。心の距離近づいたかな。
顔を上げたフィアと目が合う。頰を赤らめてはにかむフィアに、ぐっとくる。可愛い。オレの婚約者本当に可愛い。
中庭に向かって歩くオレたちを見ても、前のように奇異な目で見てくる奴はいない。可愛くなったフィアを目で追う奴は増えたけど……。
ガゼボに到着した。清く正しい関係の我らは、適切な距離を取って座るわけです。この距離にじれったくなることもあるけど、青春してるなって思ってしまうオレ。
「レジー様が芸術祭に作品を出品なさると伺ったのですけれど」
「あぁ、そうなんです」
「ご無理をなされているのでは?」
「無理というか、情けないことにオースチン先輩に勝てそうなものがそれぐらいしかなくて」
フィアが悲しそうな顔をする。ごめん、フィア、才能の乏しい男で。
「勝つ必要などありません。私の婚約者はレジー様だけなのですから」
「それはそうなんですが、男のプライドです」
色々あるんです、オレにも。
「だからといって、彫刻など! お手を怪我されたらと思うと心配で」
「大丈夫。慣れているので怪我もしていません」
「慣れて、らっしゃる?」
フィアのきょとんとした顔、初めて見た。絵心あったら描くのに!!
「暇潰しだったり、考えごとをしたい時に彫るんですよ」
ポケットから彫り途中のものを取り出して見せる。木彫りのフィアを実物のフィアが覗き込む。うん……やっぱり実物のほうが何倍も可愛い……はぁ……再現無理……。
「これは?」
「木陰から覗いているフィアです」
フィアがオレの手から木彫りのフィアを奪う。
「あ!」
「もっと違う姿を彫ってくださればいいのに、レジー様の意地悪!」
「え、そのフィアも可愛いと思うんだけれど……それに、僕の力量ではフィアの可愛らしい笑顔を再現できなくて」
フィアの顔が真っ赤になる。
「か、可愛らしい……」
湯気でも出そうだな、と耳まで真っ赤にしているフィアを見て思う。
「芸術祭では、僕がどれだけフィアに夢中なのかをアピールする狙いもあるんです」
「それは、アサートン様の案ですか?」
トーマス、なんかすっかりそういう奴だと思われてるぞ。
「トーマスとクリスの案ですね」
「まぁ、クリス様まで……」
木彫りを見つめ、なにやら考え込むフィア。
ちょっと真剣に彫刻上達したくなってきた。
「レジー様、動物も彫ることはおできになりますか?」
「動物? リスだとか猫ですか?」
笑顔で頷くフィアを見て、オレはトーマスとクリスに心の中で謝罪する。すまん、今日からリス、彫るわ。
「彫ったことはないですが、フィアが望むなら」
「芸術祭が終わってからで結構ですので、お願いできますか?」
「勿論。終わってからと言わず、今日からでも」
おずおずと言った様子でフィアが言う。
「……私に、夢中だと、アピールしてくださるのではないのですか?」
「夢中です! 早くフィアに愛されて婚姻を結びたいぐらいです」
落ち着いていたはずのフィアの顔が再び真っ赤になる。
「レジー様の馬鹿!」
本日二度目の馬鹿!
そして去って行った。
「えっ?! フィア、待って!!」
木彫りのフィア、返して!




