13.隠された特技?
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フィアが日に日に可愛くなるのは、もうしょうがない。ちょっとオレの成長スピードを上回るけど、やむなし。
チャールズはあれからこっちの廊下には来なくなった。皆の前で言い返されたのがよっぽど恥ずかしかったみたいだ。つまり図星だったってことなんだろう。プライド、山のように高そうだし。とは言え、あいかわらずフィアにちょっかいを出してるらしい。戦法を手紙攻撃に変えて。諦めが悪いな。本人の意思なのか家族に命じられているのか、どっちだろう。
手紙はフィアがチャールズに全部送り返すといっていたのでその前に見せてもらった。
婚約時には返事をいただけなかったので存じ上げなかったのですけれど、用件のみの大変シンプルなものでした、とのことだったけど気になるじゃない。
いくらライバルとはいっても人の書いた手紙を見るのはよくないって思うけど、自分の婚約者に粉をかける奴を放ってなんておけない。しかもフィアとの婚約を自分から断った相手なんて言語道断だ。
チャールズの手紙は、フィアの言う通りひどく事務的だった。学園からの通達文かと思った。婚約者じゃないから迂闊なことは書けないとしても、匂わせることはできるはずなのに。そのカケラもない。
詩的な才能はないみたいだ。オレもないけど、そこは婚約者へ送る手紙なんだから、褒めるとか気持ちを書くとか、下手なりに書くわけですよ、頑張って。でもチャールズの手紙にはまったくない。勉強会のお誘いとか、なんなの? 頭はいいけど人として残念……。
貴族の家に生まれると、文法学・修辞学・論理学・算術・幾何学・天文学・音楽というか芸術あたりは必修。
子爵、男爵あたりなら文法学、算術なんかは必須だろうけど、他はそれほど身を入れない。家柄によって力を入れる教科が変わるのが普通だ。あとは家格。やっぱり公爵、侯爵クラスになると全教科で上位を取ることが当然とされる。
オースチン家は伯爵家で文官を多く輩出する家系。後継者が他にいるチャールズの場合は、爵位のない貴族として生きるか、法服貴族として王宮に勤めるか、婿入りするか、だったわけだ。
伯爵家の人間なんだから無理して王宮で働く必要もないんだけど、中央にいる、ということに価値を見出す家のようで、爵位のない兄弟は法服貴族となるし、令嬢ならば良い成績を残して王族、公爵、侯爵家の令嬢の教育係になることを求められるらしい。
チャールズは七教科のうち六教科で首席。狙い目は芸術。
そのことをトーマスに伝えると、険しい顔をされた。うん、その反応は正しい。
「おまえ、音楽の才能あったか?」
「いや、ない」
ないんだけどさ。
「ないけど、オースチン先輩より上ならいいんだ」
「おまえの志は高いんだか低いんだかわからん」
「先輩は芸術の良し悪しを見分けるのは苦手だろうと思う。評価されてきたものを覚えるのは得意だろうけど」
「そうだろうな」
芸術すら暗記してそうだ。
頭の回転もいい、記憶力もいい。外見は……人のことをいうのはアレだけど、普通。でも、芸術的才能はない。それがオースチン家なのではないだろうか。
問題は、オレも芸術の才能は大したことないってことだ。
「彫刻なら得意なんだけどな」
「は?」
「ん?」
「今なんて言った?」
「彫刻のことか?」
「得意なのか?」
「騎士を目指すと決めたときに、刃物の使い方に慣れようと思って、幼い頃から練習していたからな、まぁまぁできる」
そうはいっても、好き勝手彫っていただけだから、それで名を上げられるほどのものは彫れないんだけど。そもそも刃物に慣れるのに彫刻は意味がなかった。長兄と次兄に騙されて始めたものの、今ではいい気晴らしになってる。
「作品はタウンハウスにあるのか?」
「大きいのは領地にある。小さいのなら今でも彫ってるから部屋にある」
「まさか、部屋に飾ってあった聖母子像はおまえが?」
「よく気付いたな」
前にうちのタウンハウスにトーマスが遊びに来たことがある。その時に見たんだろうか。
彫刻は頭の中を整理したいときなんかにやるんだけど、あんまり作っても置き場所に困るから、最近は蝋燭に彫って、たまったら教会に納めにいってる。当たり前だけど、蝋は木や石と違って柔らかいから、加減が難しい。オレの代わりに母が納めていて、結構喜ばれているらしい。
「芸術祭だ」
いつになく目を輝かせてトーマスが言った。
「作品を出品しろ。あれなら学年関係なく評価される」
「おお、それなら直接対決できるし、オースチン先輩にも勝てる」
チャールズは出品しないだろうけど、それはいい。出せるものを作れないってことだから。
「よし、噂を流すぞ」
「噂? なんの?」
かつてないほどに悪い顔をした友人が言う。
「これでミラー嬢の元婚約者のうち、頭でっかちな奴を確実に叩きのめせる。新興貴族がどうのと蔑みながら、貴族に必須な芸術が欠けてる奴らはそれなりにいる。騎士を目指して肉体馬鹿だと思われていたおまえが芸術の才能を見せれば、何人かを一網打尽にできる」
ちょっと今、貶された気がする。
「僕が把握しているだけで、十一人の元婚約者のうち、インテリ派は四人だ」
ちゃんと自分は除くんだ、トーマスってば。
でも、トーマスのいうとおり、それでうまくいけば前の二人を足して六人はやり込めるってことだ。チャールズほどあからさまじゃなくても、新興貴族を嫌ってなくても、元婚約者のほとんどがフィアに妙に優しくなったというのは聞いてる。失敗したとか、やり直せないかな、なんて愚痴ってるなんて話も聞いた。
今更フィアの良さに気が付いても、もう遅い! ……と言いたいんだけど、オレがまだ未熟なのが痛いところ。待ってて、フィア。
「それにしてもおまえにそんな特技があったとはな」
眉間に皺を寄せることのほうが多かった友人が、珍しく機嫌が良い。
「好きでやってるけど、人に自慢するほどでもないからなぁ」
「なにを言ってるんだおまえは。あの聖母子像はかなりのものだ。随分信仰心があるのだと思ったぐらいだ。それで、他にはどんなものを彫ってるんだ?」
「置き場所に困るから、蝋燭を彫って寄進してる」
「それも出せ」
「いいけど」
今度蝋燭にフィアを彫ってみようかな。
「等身大のフィアとか」
そこまで巨大な蝋燭はないだろうから、そうなったら木材とか石に彫るしかないかな。
「やめろ」
「駄目?」
フィアなら受け入れてくれる気がするんだけど。
「いや、むしろミラー嬢なら喜ぶかもしれん」
「やろうかな」
「そんな暇ないだろう」
「……それを言われると……」
彫刻じゃなくて別のものにすればよかった。彫金とか。
「彫刻じゃなく彫金をやっておけばよかったとか考えてるんじゃないだろうな」
よく分かったな?!
トーマスは呆れた顔でオレを見て、ため息を吐く。
「おまえは伯爵令息だぞ? 彫刻ならまだ騎士がすることもあるが、彫金は平民のすることだ」
「だよなぁ」
でも、フィアになにか……。
「贈り物なら買って贈ればいいだろう」
「オレの瞳の色、フィアみたいに珍しかったらよかったのに」
「自分の色に染めたい、か?」
頷く。
「いっそおまえがミラー嬢の色に染まればいいだろう」
「おまえ天才か?」
トーマスに心底嫌そうな顔をされた。
そんな酷い……。




