12.フィアがいじめられてる?!
机に突っ伏すオレの頭上からトーマスの声がする。
「学年が違うのに、どうやってやり返すつもりだ?」
重い頭をあげる。実際重さなんて増えてないはずなのに、勉強したり本を読み続けると頭が重くなる。いや、単に疲れただけなんだけど。頭いい奴はこんな風にならないんだろうなー。
「考えたんだけど、学年関係なく行われる試験なんてないから、直接対決はできそうにない」
「そうだな」
トーマスは頷く。
「とりあえず首席を目指す。あっちは万年首席なんだから、まずはそこからだろう。……無理だけどさ」
無理だからってなにもしないのも性に合わない。
試験以外でチャンスないかな。
「そこまでする必要などないのに、何故おまえはそこまでやるんだ?」
真剣な眼差しのトーマス。
「フィアの自信のなさは、これまでの婚約者たちから受けた仕打ちの所為だと思うんだよね。オレには好ましいアプローチも、元婚約者たちには不評だった」
自分も元婚約者に含まれるから、トーマスは気まずそうだ。
「フィアだけが頑張ってた。たとえ政略結婚でも、婚約者として上手くやろうって」
「……それについては面目ない」
「彼女はちょっと極端なところがあるから、化粧にしても、行動にしても」
貴族の令嬢なんだから、自分で化粧なんてしなくていいのに。それを自分でやってたのは、よく見られたいからだと思う。健気だよね。
「不器用だなぁって思う。そこも可愛いけど」
「惚気すぎだ」
自分から聞いてきたくせに、惚気るなだなんて。ちょっとぐらい聞いてくれ。
「今の婚約者はオレだから、婚約を解消するなんてことは二度とないけど、相手に困ったミラー嬢は残り物と婚約したと思われたくないじゃないか。オレと婚約して良かったって心から思ってもらいたい」
そしてオレを心から好きになってほしい!
「トレヴァー家の三男が残り物のわけないだろう」
そうか? 順当にいけば上の兄二人が伯爵位を継いで、オレは子爵ってとこだと思うけど。クリスがそれをひっくり返しちゃったけどさ。
「ミラー嬢は近頃、他の貴族令嬢から嫌がらせを受けているらしいぞ」
「なんで?! もしかしてうちの所為?!」
「いや、おまえだ、レジナルド」
「え、オレ?」
「おまえがミラー嬢のために己を変えようと必死なもんだから、羨ましいんだそうだ」
羨ましい?
「ごめん、意味がわからん」
「今でもまだ貴族同士の婚姻は政略的なものが多い。そんな中、婚約に連敗していると嘲笑されていたミラー嬢は、おまえのような男を見つけた」
「それでなんでフィアに嫌がらせをするのか、オレにはさっぱりわからんけど、フィアを守らねば」
「だから、そういうところだ」
「えぇ? なんなんだそれ。まぁいいや。婚約者を守らないと。オレ、フィアに好かれたいんだから。他の令嬢じゃなくって」
立ち上がったオレを見て、トーマスがため息を吐く。
「中庭によく呼び出されている、とさっき教えてもらった」
「ありがとう!」
とりあえずフィアの教室に行き、フィアがいないことを確認してから、教えてもらった中庭に向かう。
文句ならフィアにじゃなく、オレに言えよ!
中庭に向かうと、教えられたとおりフィアが令嬢たちに囲まれていた。
「レジナルド様が貴女を大切にするのは、貴女と婚姻すればミラー伯となるからだって、分かっているのかしら?」
「そうよ、それ以外貴女にはなにもないものね?」
え。誰?
すごいしたり顔でオレの気持ちを勝手に代弁してるこの令嬢は誰なんだ? フィアになにもないとか、失礼なこと言ってるし。こんなのこれ以上聞かせるわけにはいかない。そう思って、大きな声で名を呼ぶ。
「フィア!」
「レジー様?」
令嬢たちは慌ててその場を去っていった。しまった、顔を確認できなかった令嬢もいる。五人のうち三人しか見えなかった。これじゃ苦情が言えないじゃないか。
「もしかして、助けに来てくださったのですか?」
フィアは驚いた顔でオレを見る。当たり前じゃないか。
「もしかしてじゃないけど、助けに来るのが遅くなってごめん!」
どこか怪我をさせられていないか心配で、フィアの周りを回って確認する。
ふわりと笑うフィアが可愛い。可愛いけど、話を聞かねば。
「気付かない僕が言うのもなんですけど、いつからこんなことをされていたんですか?」
「少し前からですけれど、私、気にしておりませんの」
「気にしてないって、そんな」
複数人からよってたかって罵られて、不快に思わないはずがない。我慢してるんじゃないかとフィアの顔を覗きこむ。
「ジェマに言われていたのです。きっと、嫌がらせがあるだろうと」
フィアの侍女、優秀だな。頼りになる。それに比べてオレ、頼りないな。
「レジナルド様の良さが広まれば、妬まれるだろうと。ですから覚悟しておりましたの」
「妬むって……意味がわからない。フィアに好かれたいんだから、努力するのは当たり前じゃないか……」
「そういうところです」
少し赤い顔をしたフィアが、オレを見上げる。可愛い婚約者の上目遣い、ぐっときます。
「婚約者として体裁を整えてくださる方は多いのでしょう。ですが、婚約者に好かれようと努力してくださる方は多くありませんもの」
「それは当たり前でしょう。僕がフィアと婚約したかったんだから」
ことの始まりは成り行きというか、おかしな形で始まったけど、友人の婚約者を奪ったわけだし。そこまでして得た婚約者をおざなりに扱うとかありえない。
「……それは、その……他の令嬢と婚約していたなら、努力はしなかったということですか?」
フィアは視線を逸らした後、いつもより小さな声で聞いてきた。
「良好な関係を築く努力はしたと思いますけど、今みたいに好かれる努力をしたかといわれたら、してないんじゃないかなぁ」
フィアじゃなくても、重い愛情をくれそうな令嬢になら、努力したのかな、なんて思ったけど、なんかちょっと想像つかないな。だから、そういうことなんだろう。
「……ありがとうございます、レジー様」
「どういたしまして?」
なんの礼かわからないけど、オレのなにかがフィアの役に立ったならいい。
「私、もっと努力して、レジー様のお好みの淑女になりますね」
「なにそれ」
「え? 駄目でしたか?」
思わず口にしてしまったオレの言葉に、フィアが慌てる。困った顔だ。
「そんな可愛いことを言うのは、反則でしょう。こっちは婚約者が日に日に可愛くなって気が気じゃないのに」
「本当ですか?」
「ん?」
「可愛いって、本当に思ってくださいますか?」
「可愛いです」
即答だよね。
「元婚約者たちがフィアにちょっかい出してるって聞いて、腹が立ちます」
まったく、外見も大事だけどな、フィアの素晴らしいところは一途さなんだぞ?! ちょっと痩せた……いや、かなり痩せたとは思うけどさ?
フィアは嬉しいのを隠せないと言わんばかりだ。口角が上がってる。
「正直に言うと、フィアが可愛くなるのは嬉しいですが、誰かに取られないかと不安になるので、複雑な気持ちです」
「まぁ!」
手を伸ばしてフィアの手を掴む。
「フィアの伴侶として相応しい男になります。だからもう少し時間をください」
元婚約者たちがフィアに手を出せないようにボコボコにする時間も欲しいけど。
「勿論です、レジー様」
この笑顔がオレだけに向けられるように、負けてはならんのだ。




