11.知性を意地悪に使うな
クリスの婚約を公表してしばらくしてから、王家が国内有数の大商会に男爵位を叙爵した。予想していたより早いな、という感想。
一代貴族でもなく、代々持ち続けることができる爵位。功績によっては陞爵もありえるってことだ。まぁ、子爵までしか上がれはしないだろうけど。
たかが男爵というなかれ。爵位は欲しいと思って簡単に買えるものじゃない。腐っても貴族は貴族。特権階級であることにかわりはない。一番下の爵位なら買える国もあるらしいけど、うちの国はそうじゃない。
……で、案の定、オレとフィアの婚約を邪魔しようとする人間が現れた。フィアの元婚約者たちだ。
「どういう神経なんだ、アイツら」
イライラして思わずこぼした愚痴をトーマスが拾い上げる。
「貴族なんてそんなものだろう。自分たちの特権が脅かされるとなれば」
「だからって」
オレの言葉を遮ってトーマスが言う。
「ミラー嬢、可愛くなったと評判だからな」
そう! それがオレの不安を倍増させるんですよ!
いや、婚約者が可愛くなるのは大歓迎ですよ? でもさ! あんなに痩せちゃって。化粧も変わって、髪型も派手すぎないけど、フィアによく似合うものだし。
「まぁ、全部おまえの功績だけどな」
「え? フィアは前から可愛いでしょ?」
オレの発言にトーマスが眉を寄せる。
「ふくよかだったり、合わない化粧が元々の可愛さを隠してただけで」
「じゃあおまえは前から彼女の容姿を好ましく思っていたのか?」
「そこに目を向けたことはなかったなぁ。彼女の一途さばっかり気にしてて、可愛いなぁ、羨ましいなぁ、って思ってた」
信じられないといった顔から、呆れた顔になるトーマス。
「それにオレは人のことをとやかく言える容姿じゃないからなぁ」
「おまえのその謎の謙虚さはどこからくるんだ」
謙虚じゃないだろう。現実的といってほしい。
「乳母がはっきりとものを言うんだけどさ、その乳母が『紳士たるもの、容色がすべてではありません。中身で勝負ですよ』って。それを繰り返し言われたらさ、自分は容姿で優位に立てる人間じゃないって理解するだろう?」
「……なんだ、まぁ、その、良い乳母だな」
「そうなんだ」
タラは良い侍女だ。オレたち兄弟のことを雇用主の子供以上に思ってくれている。貴族の場合、母親は直接育児になど関わらない。だから乳母が母親代わりになることは少なくない。それを嫌って乳母に事務的な対応だけを望む夫人もいるみたいだけど。
「外見は良いに越したことはないけど、それよりもオレだけを見てほしい」
「……おまえ、本当に一貫しているよな、そこ」
「まぁね」
「褒めてない」
「え?」
褒めてないの?
「ところで、そろそろ気付いてやったらどうだ」
トーマスの言葉に振り返るとフィアがいた。
「あー、トーマスより先に気付けるようになりたい!」
「彼女がおまえの背後から見ているから見えているだけだ、気にするな。それから早く行け」
トーマスがオレを追い立てるのにはわけがある。
ハリス商会の叙爵が決まってから、予想していたとおり、フィアの元婚約者のチャールズ・パット・オースチンが彼女に近付いた。フィアに素っ気なくされて衝撃を受けていた、とは仲良くなったフィアのクラスメートから聞いた。
それなのにフィアに何度も話しかけてくるらしい。勉強を教えてあげるだのなんだの言ってるらしくって。フィアに勉強を教えてあげられるように猛勉強中ですよ、僕は。
「フィア」
そもそも自分の教室にあんまりいないフィアだけど、チャールズが来るようになってからは前よりもこっちに来てくれるようになった。オレが気付く前にオレを監視中のフィアにチャールズが話しかけることが増えてきたから、トーマスにすぐ教えてくれと頼んだ。本当はトーマスより先に気付きたい。
「レジー様」
オレの顔を見て微笑むフィア。可愛い。うん、確かにかなり痩せて可愛さが増した。
あごのラインっていうの? 輪郭がはっきり見えるようになった。あれよあれよという間に痩せて、制服を作り直したとも聞いた。あまりに痩せるから病気じゃないかと心配になったけど、頑張って痩せようとしているのだと言われた。何のためかと聞いたら、今度は鈍感って言われたんだけどさ。女心難しい。
「声をかけてくれていいのに」
「アサートン様と真剣にお話しされているご様子だったので……」
「気にしないでいいですよ」
その隙にチャールズが来たら困るし。
「おやおや」
来たな。この暇人め。
声のしたほうを見ると、やっぱりチャールズだった。
「廊下は多くの者が利用する場所だ。そのような場所で、いくら婚約者だからといってベタベタするなんて、品がないな、トレヴァー」
オレと一緒にいて話しかけにくい状況を作り出してたんだけど、もう効果がないらしい。直接話しかけてきた。頭がいいのは知ってたけど、その頭の良さ、別のところで活かしてこいよ!
「君の弟は平民、あぁ、失敬。新興貴族の娘を妻に娶るんだったね」
「なにが言いたいんですか?」
謝りながらもわざと嫌な言葉を使ってきて、性格悪いな!
「愚昧な者にも分かるように伝えないといけなかったね」
ふふん、と鼻で笑うチャールズに苛立ちが募る。
愚昧! 失礼だな、本当に!
「そのような君の弟だ。小賢しい商会にいいようにされたんだろうね」
イライラしてたけど、クリスのことを言われたら気持ちがスッと落ち着いた。
我が弟ながら、あの若さであの腹黒さ。末恐ろしい。兄弟すら罠にかけようとしてたし。
「まだ会ったこともない人間を、一片の情報だけで軽々に判断するのは、知性と理性を持ち合わせた人間のすることではないと思います、オースチン先輩」
チャールズの顔が赤くなる。
「失礼だぞ!」
「ご自身の無礼は棚に上げるんですね。最近先輩をよく見かけますが、暇なんですか?」
オレの肩にトーマスが手をかける。
「落ち着け、レジナルド」
「トーマス、止めるな」
チャールズを睨む。どうでもいいけど、オレより背が低いから見下ろすことになるんだな。
どっちにしろフィアの元婚約者たちをやりこめてやろうと思ってたんだ。ワザワザこっちに出向いてくれたんだし、言ってやろうじゃないか。
「どんな理由があるにしろ、今のフィアが前より可愛くなってなかったら、この人はここに来てないだろうからな」
「私の容姿が受け入れられないという理由で婚約を解消されました」
フィアが頷く。
「前よりって言った?」
「自分から解消しておいて、可愛くなった途端に手のひらを返したってこと?」
「確かに。なんでここにいるの?」
周囲の生徒たちのヒソヒソ声が聞こえてきて、チャールズの顔が赤くなる。
「私がどこにいようと勝手だろう!」
「えぇ、ご自由にしてください。僕も自由にしますので」
「失敬な! 帰る!」
元より呼んでない。二度と来るなー。
「トーマス」
「なんだ」
「おまえを追い越せないとは思うが、勉強頑張るから教えてくれ」
「オレが教えるのか?!」
「だっておまえ頭いいだけじゃなく、人に教えるのも上手いだろう」
家柄よし、顔よし、頭よし、人に教えるのも上手い。
トーマスは持ってるなぁ。
「……仕方ないな」
「アサートン様、ずるいです」
「何故僕がズルいんです?!」
遂にトーマスまで言われるようになった!




