01.婚約を譲られた。ありがとう
友人は婚約が決まってから、日に日にやつれていった。頰がふっくらしてるぐらいだったのに。今では痩けてる。何があった……。
「大丈夫か?」
目眩でもするのか、頭を手で押さえながら言う。
「もう無理だ。婚約を解消したい」
「そんなに酷い女性なのか?」
「酷いなんてもんじゃない!」
さっきまで萎れていたのに、カッと目を見開く友人に気押される。
「毎日手紙を送らないと会いに来て泣くんだ! 毎日学園でこっちの教室まで押しかけてくる癖に! ちょっとでも他の女子生徒と話をしたら相手の女性を泣くまで追い詰めるもんだから、誰もオレと話してくれなくなった! 好きだと言わないと泣くし! もう沢山だ!」
たまに見かけて凄いなぁとは思っていたが、なかなかの重さだ。想いが釣り合ってない。
「信じられないだろう?! これから先もずっと続くのかと思ったら、頭がおかしくなりそうだ!!」
「そりゃあ……羨ましい」
「はぁっ?!」
まぁ、それが普通の反応だというのも分かってる。分かってるが、思うのだ。いいなぁ、こんなに想われて。
「そんなこと言うなら、オレの代わりになってくれよ、彼女の婚約者に! 絶対に耐えられないぞ!!」
「え、いいの?」
おかしなものを見る眼差しを向けられる。ちょっと傷つくけど、オレは知ってる。オレが普通じゃないことを。
愛情に飢えてるオレには、友人の苦痛も羨ましい。
家族仲はいい。兄弟が多いが、親の愛情は等しく与えられている。なかなかに凄い親だと思う。尊敬する。ワガママなオレは、オレだけを大切にしてくれる存在に憧れがある。
もう一度言う。ワガママな悩みだってことは百も承知なんだ。でも、本当羨ましい。嫉妬されるとか、いつもオレだけを目で追いかけるとか、手紙毎日きちゃうとか、羨ましい。
とは言え、貴族にとっての婚姻は家と家との繋がりだ。そんなに簡単に相手を替えられるはずもない。
──と思っていたんだけど、友人はやれば出来る奴だったようで、アレよあれよという間に友人とその婚約者の婚約は解消され、オレとの婚約が成立した。
何故か勝ち誇った顔の友人が言う。
「オレをあの悪夢のような婚約から救い出してくれたことには感謝する! 感謝するが後悔しても知らんからな!! あぁ、でも愚痴ぐらいは聞いてやる!!」
感謝したり勝ち誇ったり、忙しい奴だな。
「色々骨を折ってくれたみたいで悪いな。助かった」
嫌がるオレを見たかったのか、何とも言えない顔でオレを見てくる友人──トーマス。
兄弟が多いし、大概の婚約は長子から決めていくものだ。親は兄達の婚約をまとめる方に注力してるから、オレが頼んでも後回しにされるのは目に見えていた。そういった順番をすっ飛ばして、オレに婚約者ができた。
しかも理想的な、恐ろしい程に一途な女性。
フィアメッタ・オブ・ミラー。伯爵家の長女で、跡取りでもある。友人は四男で継げるものがなかったからこそ、相性の悪い相手に対しても我慢し続けていた。
結婚したら愛人を作るんだ! と豪語していたのは許せないけど。