花祭り
翌日、昼。
ひめるの熱は平熱まで下がっていた。
「行ってきます、トリ」
トリは玄関マットに座って、出ていく2人を見送った。
白いニット帽を被ったトールは家の鍵を閉め、妙に大人しいひめると手を繋ぎ、森へ向かった。
いつも使うエレベーターを通り過ぎ、立ち入り禁止のチェーンを潜る。少し下り坂になっている道を降りると、そこに広がる景色に思わず立ち止まった。
「こわいですか」
「ううん、平気。上と全然違う」
そこには、高層ビルも宙に浮く車も、信号機すらもない。のれんの下で、おでんを食べながら話す2人。野菜や果物がたくさん並ぶお店では、親子が大根を選んでいる。駄菓子屋には、たくさんの子供たちが押し寄せ射的をしていた。街は、楽しそうに笑う人で賑わっていた。
トールとひめるは手を繋いで歩いた。
「ここは、ここで暮らす皆さんにとって、世界です。一人一人がそれぞれの思いでこの場所を大事にし、この場所が好きです。私も、ここはどこか懐かしいようなでも寂しいような、そんな気持ちになれてお気に入りです」
トールはどこか楽しそうだった。
ひめるは生まれたばかりの小さい頃、一度だけここを訪れたことがあるらしいが、もちろん覚えているはずもなく、ひめるにとって街を歩くのは初めての感覚だった。
「レンー。おーい、待ってよレン―。先行くなー」
子供用の着物を着た小さい女の子と、それを追いかける大きい男の子が、ひめるの側を走って追い越していった。
女の人の石像がある噴水の広場についた。
コロッケや唐揚げ、わたあめやかき氷。たくさんの屋台と賑わう人、楽しそうな声でいっぱいだった。花や提灯の飾り付け、壁にイラスト、瓦屋根にぬいぐるみや動物。そのどれもが、上では見られないものばかりだった。
ひめるは、女の人の石像の足元に座っている黒猫を見ていた。
「にゃー」
ひめるの家にいる茶色の猫のトリと、すごく似ていた。
「少しここで待っていてください。何か飲み物をお持ちいたします。飲みたいものはありますか」
ひめるはじっと黒猫を見ながら言った。
「トールと一緒のやつ」
トールは、家のトリと別の猫の存在に興味津々なひめるがなんだかおかしくなった。
「はい。かしこまりました」
トールがどこかへ行くと、その黒猫はトールを目で追った。ひめるが近くのベンチに腰掛けると、その黒猫も隣に来て座った。よく見ると首輪に名前が書いてあった。
「・・zi・・ジ?・・君はジーというのか」
突然、遠くで響いた爆発音に街は一気に騒然とした。
音が聞こえた方から逃げてくる人。何かを破壊する音と悲鳴が次々に遠くで聞こえる。恐怖で泣き出す子供もいた。ひめるは、何が起こっているのかわからなかった。その時、遠くから飛んできたものが建物にぶつかり、その衝撃で建物の屋根の一部が崩れた。その真下には、ひめるがいた。落ちてくる恐怖に、目を瞑った。
ーー
「申し訳ございません。遅れました」
その声に目を開けると、トールがひめるに覆い被さるように、崩れ落ちてきた障害物から守っていた。
「――トール?――」
「はい。トールです」
トールはひめるを抱え、安全なところへ移動した。
「――トール。――それ。――」
「私は大丈夫です」
トールは肩から背中にかけて、怪我をしていた。でもそれは、怪我というより。
「でも後で、説明しないといけないことができましたね」
怪我というより、故障だった。
剥がれ落ちた部分からは、機械のようなものが見えていた。
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お祭りの屋台はワクワクします。
雰囲気だけで酒がすすみますね。
それでも焼きそばは必ず食べているかな。あとチョコバナナ。