赤いニット帽
星移住計画ーー。
目にうつる全てのものが進化を遂げていた。
建物、植物、動物、それら全て機械や新しい細胞からできた。
人間は、世界を汚しすぎた生き物として見られ、生産の禁止へと政府の間では議論が進んでいた。そこで、この世をしめる新しい存在として、最新の人工知能を備えたAIロボットが生活していた。それは、ロボットと呼ばれていた。
ロボットは、見た目はほとんど人間と変わらない。構成しているのは、人間そっくりの細胞から作られ、触れた時の感触も体温も、色も、全てがそっくりだった。中には、身体を成長させることができる成長オプションの購入で、外見の体を大人にしたり、あるいは子供にしたりできた。しかしそれらのオプションは高額であるため、お金持ちや政治に関わる人間が気分転換に購入したりした。
でも、感情がなかった。
***
休み時間の教室は静まり返っていた。
文房具も、机も椅子も、生徒も、無表情だった。
授業が始まると筋肉や骨格を動かすトレーニングとして、手をあげたり口を動かして言葉を発したり、話しかけると口角を上げて笑顔を作る。そして話終わると、何もなかったようにまた表情がなくなるんだ。
体育では、ストレッチやランニングをした。ボールを使う時間もあったが、勝敗を決めるようなドッジボールや野球はしたことがなかった。
ロボットの中で“力”は、人間程度とされていた。それ以上またはそれ以下の力を持つと争いになった時に危険であると考えられ、体内の設定で下限と上限がありその間でバランスを取っていた。だから時々テストとして個々で測定が行われ、それぞれのデータをインプットした。女の子ロボットは男の子ロボットと比べて力が弱い傾向があった。
それでも、毎回上限ラインギリギリでスポーツの成績がいい女の子もいた。
ロボットも食事をする。体の細胞のために栄養が整ったものや、肥料とするために。それから、食物連鎖を止めないために。それに適応の特別なものが販売され摂取し、かたちとなって排泄した物は回収され、再利用された。
だから、ロボットは植物も動物も、大事にした。
学校が終わる。
「ゲホッ。ゲホッ」
咳と一緒に、白い息が見えた。
帰り道を歩く。
「おーい」
校門の前でパパが大きく手を振っているのが見えた。
「――」
また視線を地面に落とし、歩み寄る。
今日は、病院の日。数日前から長引いていた風邪は治りかけていた。
「いやー。今日は冷えるね」
下ばかり見て気がつかなかったが、白い雪が降っていた。
「――ほら」
真っ白い空の中、パパを見上げた。パパは僕に赤いニット帽を被せた。
「さっき、そこで見つけて買ったんだ。いいだろう」
パパも僕と同じ赤いニット帽を被った。
「今日はひめるにとって、嫌な日だからね。あとでご褒美にと思って買ったんだが。寒いし、特別に前倒しのご褒美だな」
赤いニット帽を被ったパパは笑っていた。
「まだ少し熱がありますが、ようやく良くなってきましたね」
「そうですか。よかった」
「――それでも。――」
先生が言葉を詰まらせ、言いかけたその言葉。パパは僕に、先に待合室で待っているように言った。でも、僕はその言葉の続きをもう知っていた。誰もいない廊下の先を見つめる。
「先日も申し上げましたように、心臓への負担は確実に大きくなっています。風邪が長引いたりするのも、そのせいでしょう。もって後、ーー10年といったところです」
「――はい」
待合室には行かず、廊下の壁にもたれかかった僕はぼんやり2人の会話を聞いていた。今朝あった微熱はまだ下がってなかった。頭がぼーっとした。目の周りがあつかった。
僕は待合室へ向かった。
「今回、薬はどうなさいますか?」
「前と同じやつをあるだけください」
人間の存在が少ない今、人間のための薬なんて限りがある。もう残り少ないが、企業によっては必要とする人への受注生産のみで流通は行われていた。それはそもそも人間の延命すら望まないロボット社会で、薬は高価なものとして扱われ、利益となっていた。
自分以外誰もいない、薄暗い待合室でパパが来るのを待った。
病院を出るとき、パパは特殊なボックスに端末をかざす。ピーと音が鳴ると、パパは受け取り口から薬を手に取り、コートのポケットにしまった。
「よくがんばったね。おうちに帰ろう」
僕はパパと手を繋ぎ、階段を上がる。すると、また外の世界を歩いた。
目にうつるのは、高層ビル、異形の造形物や建物。宙に浮いた電車や車は、標識や電子看板に従い、規則正しく人やロボットを運んでいた。街を歩くのは、表情のないロボット。彼らには体温を感じる機能がないため、年中同じ格好をしている。
ビルの壁にはニュースが映し出されていた。
「――いかがでしたか?以上、今大流行のヤナギさんとミントさんの特集でした。続いては、みなさんが待ち望んでいる、星移住計画についてです」
“カチッ”
音と同時に、信号が赤になる。
立ち止まり、僕は壁に映し出されたニュースを見ていた。
地球というこの星が汚れすぎてしまったため、ロボットは新たな星への移住計画を進めていた。僕もこの星に行きたかった。
「パパ、僕もあの星へいけるかな」
パパは、すぐにその返答はしなかった。
星への移住。予定はまだはっきり確定している日程がない。しかし、それは少なくともまだ10年以上かかるとこの前ニュースで言っていた。
「そうだなー。いい子にしていたら、行けるかもしれないな」
聞いたことがある返事。前にも同じ質問をしたことがあって、その時も今と同じ言葉が返ってきた。
「うん。」
僕がそういうと、パパは僕を高く持ち上げた。
「ははは、今、パパの嘘つき。と思ったね?」
笑ったパパを見下ろした。冷たい風が頬に当たった。空気が澄んでいるようだった。そこからの景色は、視界が開けたように遠くまで見えた。
パパは言葉を続けた。
「大丈夫。君の頑張り次第で、きっといけるさ」
パパはそのまま僕を腕に乗せた。僕はそれでも、納得がいかなかった。
「これは、もう少し君が大きくなってから提案しようと思っていたんだが、もうこの際待ってはいられないね」
僕はパパが何を言っているかわからなかった。
「ひめる。君も研究をするといいよ」
「僕が、研究?」
パパは、政府に携わりロボットに使用される人工細胞の研究と開発をしていた。
「ああ。君が星へいけるように、君自身が君を助けるんだ」
パパもひめるの心臓の病気の治療ために、最善を尽くしていた。しかし、政府での仕事や他の研究も持っていたため、その時間には限りがあった。
「僕が僕を、助ける?」
「そう。そのために、どうすればいいかは君が考えたり、試したりするんだ。君自身が君を強くするんだ」
視界にうつる無表情な世界。聞こえるのは、信号の音、電車や車の音、時事に関するニュース、歩く音、ぶつかる音。でもそれらは、パパの言葉が聞こえるたびに遠くなった。
パパの言葉は、一つ一つきらきらした魔法のようにひめるに届いた。
「それすごいね!僕強くなれるの?」
喜んでくれたひめるにパパはほっとした。
「それは、君次第だ」
パパは、ひめるの心臓に指差し、
「体のこととか」
今度はその指で、お腹や脇腹や首をつっついた。
「体を治すために何をすればいいか」
くすぐったかった。ひめるは笑った。
「フハハッ、くすぐったいよ」
「そうすれば、きっと、君宛に星への招待状がきているはずさ」
パパは、解けかかったひめるのマフラーを直した。
「僕、研究する!僕が僕を、強くするために!そしたら弱っちいこの体も治って、あの星にパパとトールと一緒にいく!」
ひめるは想像した。力がみなぎってくるみたいに、ワクワクした。
気がつけば雪は止んでいた。
“カチッ”
音と同時に、信号が青になった。
パパはひめるを腕から降ろした。
「よし。さあ、帰ってご飯にしよう。今日は何かな」
再び2人は手を繋ぎ、歩き出した。
この時、パパは心の中で、トールにあとでマッサージをしてもらおうと思った。
その2人の様子を、遠くのコンビニのベンチから見ている1人の少女がいた。
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読んでくれてありがとう。
親子の関係を表す難しさを知りました。
未来ってどうなってるんでしょうね。