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これでへっちゃら! でも待てよ

「マカディオスが持ってきたパン、美味しいね」

「おう。好きなんだ、これ。いっぱい食べてる」

「いいなぁ。幸せ者だね」

 マカディオスはピーターといっしょに村はずれでピクニックをしていた。マカディオスは具だくさんのバケットサンド特大サイズ。ピーターは野菜とゆで卵のピクルス、それと真っ赤なリンゴを持ってきた。それぞれ半分こ。

「僕、父さんと町の市場に出かけたよ。楽しかった」

 ピーターの両親は一度変更済だ。最初の両親はもう村の中には見当たらない。

 両親から無茶な期待をさんざん押し付けられてきたピーターは、人が自分に何を望んでいるのかを察する力に長けている。

 物語のくびきをこえて、ピーターにすごい存在になってほしいと願っていた元両親。ピーター本人は疲れる毎日から逃げ出したいと思っているのに、その期待を裏切ることはできずにいた。

 2対1。

 マカディオスと会ったあの日、ピーターは気づいた。マカディオスがピーターの元気と幸せを素朴な心で願ったことも。今の家族となった老夫婦が、ピーターが元のひどい家族から離れることを望んでいることにも。

 これで2対4。単純な多数決。

「マカディオスは、家の人と何か楽しいことした?」

 美味しいけれど硬くて食べ応えのあるバケットを苦労して噛んで呑み込んだ後、ピーターが尋ねた。

 すぐにマカディオスが答えられなかったのは、口の中にまだピクルスが入っていたから……というだけではない。

 マカディオスが城の外に出るにあたり守るべき約束は三つ。そのうちの一つが、城の外で住民のことを口にしないように、という決まりだ。

「あー……。どうだか」

 話したいことはいっぱいあるのだ。

 イフィディアナが吐き出す炎でマシュマロをあぶったことだとか。

 ものすごく緻密な戦略を立ててゲームに挑んでいるのに、わずかな運の要素でボロボロに負けるシボッツの話とか。

 楽しい話題になるかはわからないが、一度も姿を見たことがないけれど確かにそこにいる塔の人も気になる。

 だがそれらはすべて話せない。下手くそなごまかししかできない。

「マカディオスの母さんと父さんも、そんなに大きい体なの?」

「あー……。わからん」

 ピーターは当たり前のようにそんな質問をした。

 当たり前なのだろうか。父と母がいることは。もしかして、ほとんどの生き物は父と母を持っているのだろうか。そんな疑惑がマカディオスの中で首をもたげた。

 漠然とした父と母の想像図がツギハギの知識を元に形作られようとして、結局は考えがまとまらずに思考の霧の中に消えていった。

 マカディオスは別の話題はないかと考えた。何かピーターの気をそらせるものでも良い。

「そろそろ話題を変えてくれないかな、って僕に期待してるね。うん、いいよ、そうしよう」

 ピーターの提案は思いやりからの言葉だったが、そういわれたマカディオスはひどくちっぽけな気持ちになった。

 ヒヨコみたいなふわふわの淡い髪をしたピーターよりも、自分の方がてんで幼稚(おバブ)のような。


 城に戻った後も、モヤモヤとした胸のつかえは消えなかった。

「……? バケットの欠片でもつまってんのか?」

 どうにかしようと長い廊下でぴょんぴょん跳ねたり、お腹をめいっぱいさすったりしてみたが、らちが明かない。

「マカディオス」

「シボッツ!」

 地面のボールを走ってつかみ取るようにマカディオスはシボッツを抱き上げ、高い天井すれすれに放り投げ、落ちてきたところをキャッチ。すべてが素早く確実な、力強く洗練された動作だった。

 尖がり耳の小柄な妖精は不満そうな顔で一言。

「体を思いっ切り動かすなら外でやれ」

「ピーターがパン美味しいねっていってたぞ!」

 重大報告を終えて、シボッツを廊下の床に降り立たせる。

「ああ、ふん……。そうか」

 ニヤケ面をさらさずに済むように表情を取り繕う術をシボッツは身に着けている。ふわふわと長い自分の髪を指でくるくると数回もてあそんだ後、ハッとして顔を上げた。

「呼び止めた理由を忘れるところだった。出かける予定を立てよう。出発日や持っていくものの相談がしたい」

「お出かけだと! 町の市場か? これからいこう!」

「行き先は決まっていて、これに関しては変更の余地はない」

 はしゃぐマカディオスに対して、シボッツはいたって平坦な声で話を進める。

「行くか行かないかはお前の意志で決めることはできる」

 もったいぶった言い方にマカディオスは身構えた。行き先は賑やかな市場ではないのだろうか。あまり楽しい用事ではないのかもしれない。

「ウィッテンペンの家に短期間滞在する」

「めっちゃ楽しそう! 一泊二日? 三泊四日?」

「お前次第だ。順調なら早く済むし、手間取れば遅くなる。遊びにいくんじゃない。訓練をするんだ」

 訓練といわれてマカディオスの頭に浮かんだのは、ウィッテンペンが黒いドレスからフィットネス衣装に着替えて、ハードなトレーニングを指導している光景だった。

「オレの筋肉に磨きがかかってしまう! 最高!」

 乗り気なマカディオスだが、荷物の支度もできていないのにすぐ出発なんてできない。マカディオスの部屋で準備に取り掛かる。

 すでに部屋の片隅には空っぽのカバンが用意されていた。そこにマカディオスは必要そうなものをどんどん詰め込んでいく。ハンカチとティッシュ。水筒と枕。

「枕は置いていけ」

「なんでだよ。こんなにふかふかしてるのにか?」

「ウィッテンの家にも枕はある。余分な荷物になるだけだ。せっかくだから枕は陰干しにしていこう」

 少し反抗しつつ枕を元の位置に戻す。言いなりになったわけじゃない。自分で考え直したのだ。

 荷造りで無心で手を動かしている間に、マカディオスはふと自分の変化に気づいた。

「お! いつの間にか、つっかえてたパンの欠片がとれたみたいだ」

「何? そんなことになってたのか? 息がつまらなくて本当によかった。少しずつの量をよく噛んで食べるんだぞ」


 出発の日の朝は慌ただしかった。マカディオスはわしわしと朝食を食べ、シボッツはテキパキと朝の家事を片付けていき、イフィディアナも洗濯物を干す仕事を引き受けた。

「シボッツまでついていくのねぇ。過保護だこと」

「俺に言わせればそっちが呑気すぎるんだ」

「そうかしら。――ねえ、マカディオス」

 二人を見送りに出たイフィディアナは、急に真面目くさった声でマカディオスに呼びかけた。真剣な時のイフィディアナは重圧がすごい。

 竜の鼻先がぐっと近づく。白い鱗は朝日を受けて静かに輝いている。かすかなささやきが鋭い牙の間からそっと届く。聞き取れたのはマカディオスだけだ。

「おチビさん、大好き」


 ウィッテンペンの家はうっそうとした森の中にあった。木々の上ではしわがれ声のカラスが鳴き、そこかしこに怪しげなキノコが生えている。

「わー! いらっしゃーい!」

 温かく出迎えて、お茶とお菓子を用意してくれた。

(ハーブティーと木の実のクッキー。ヘルシーではあるがタンパク質豊富とはいえねぇな。これで訓練しようってのか?)

「ああっと。ハーブの風味は苦手だったかな? ごめんね、マカくん」

「マカディオス。出されたものをそんな風にジロジロ調べるのは無作法だ」

 いぶかしげにお茶とクッキーを検分するマカディオスに、ウィッテンペンはうろたえ、シボッツは注意する。

 ウィッテンペンの家で筋トレをするというのはまったくの勘違いだった。

「腕輪で力を抑えた状態で、身を守るためのお勉強をしまーす! 私は悪い魔法や毒への対処法を教えるよ。サバイバル術についてはこちらの方が先生でーす!」

 紹介されたのは角と翼が生えたウサギ。鼻をヒクヒクさせている。とても可愛い。

「よろしく、坊主」

 やたら渋い声だった。


 森を歩きながら、ウィッテンペンは毒や薬になる植物やケガの応急処置について教えてくれた。

 ウサギ先生は気配を消して潜伏している相手を見抜く術や上手な追跡と逃走をレクチャーした。

 筋トレよりも実践的な内容だ。マカディオスは護身術の授業を楽しんだ。

 こんなにも、楽しんでいるというのに。

「……」

 どういうわけか、ここに連れてきたシボッツが浮かない顔をしているのが気がかりだった。罪悪感を抱いているような、今にも見えない何かに押しつぶされてしまいそうな。

「坊主、ぼんやりしてたら野生じゃ生き残れないぞ」

「オレは野生の世界で天下をとるぜ」

 マカディオスは特訓へと意識を戻す。

 特別授業は一日では終わらないが、今日教わったことでだいぶ強くなった気分だ。

「これでどんな敵がきてもへっちゃらだぜ!」

 豪快に笑いつつ頭の片隅でぼんやりと考えた。ウィッテンペンたちはマカディオスが敵の襲撃や悪意の罠を退けるための方法を一生懸命に教えてくれている。その一方で、森の中だというのに自然の中で迷子になった時の対処法や森の生き物の危険性などはまったく授業で触れられない。

(明日以降習うのか?)

 どうすれば安全に戻れるのか教えてもらう前に森で迷子になったらどうしよう、とマカディオスはほんのちょっとだけ怯えた。


 ウィッテンペンが二人のために用意してくれた部屋は小さいがきちんと整理され清潔だった。部屋には健やかな寝息が響いている。大きいのと小さいの、二つの簡易ベッドが並んでいる。

「……」

 シボッツがベッドからむくりと起き上がる。窓から射し込む月明かりが儚い緑肌を青白く染めていた。彼の心の庭には様々な心配事の種がひしめき合っていて、庭の主を穏やかに眠らせてはくれない。

 不眠の理由はもちろんそれだけではなかった。

「枕が合わない……」

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