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運の悪い日も……ある

「マカディオスに人間の友達ができたそうだ」

 暗い夜。暖炉の前だけが明るい光で賑わっている。話題に出されたマカディオスは自分の部屋で夢の中。

 シボッツの表情は顔の前で組み合わされた両手と垂れた前髪で見えない。ふわふわとした白い髪は淡いスミレの色を帯びている。

「良いことね」

 イフィディアナは泰然と応える。竜は爪の先にカップを引っかけ香り高いお茶を器用に味わう。シナモンとジンジャーを加えた温かなアップルティーだ。

「今からでもあの子を安全な城に閉じ込めておくべきじゃないのか?」

「そうは思わない。好きにさせてあげれば? まぁ、私の宝石を勝手に持ち出した時は捕まえるかどうか悩んだけれど」

 組んだ手を解きシボッツが顔を上げる。神経質そうな鋭い目。心配そうに視線がうろうろ。ため息をついた。

「せめて世界がもう少し落ち着くまでは……」

「あら。おかしい。世界がどうしたって言うの?」

 牙の並んだ口でイフィディアナは優雅に笑う。

 暖炉の薪がパチリと爆ぜた。

「……竜め」




 朝日がマカディオスの部屋を薄青く染めている。

 城の約束があるので本当に連れてくるわけにはいかないが、もしも友達のピーターがマカディオスの部屋を見たら目を丸くするに違いない。

 まず部屋で一番目を引くのは、贅を凝らした天蓋付きベッド。天蓋を支える柱は頑丈そうで、おまけに神殿風の装飾までされている。カーテンはシルク。裾の方からほのかにオレンジの芳香がするのは別にオシャレにお香を焚きしめたわけではなく、前にマカディオスがこぼしたジュースの名残。

 豪華なベッドからは寝息が聞こえる。困惑したような、うにゃうにゃというつぶやきも。

 ――信じられない。我らを見捨てるというのか。

 ――その身勝手な決断の代償をいつか払うことになるだろう。

 ――失望したぞ。呪われるが良い。

 大勢の人の不満と怒り。怨みの声が目蓋の裏ではじけて、マカディオスは目を覚ました。

 頭にへばりついた夢の残滓をキンと澄んだ冬の朝の空気が洗い流していく。

「ふわーあ!」

 どデカイあくびをしてぱくりと口を閉じた頃には、夢のことなんて忘れてしまった。

 現実での考え事の方がはるかに重要だ。朝ご飯はなんだろうとか。今日はどこに遊びに行くかとか。最近は歯磨きにもこっているので、食後にどの味のペーストを使うかも慎重に検討したい。イチゴかブドウかピーチが定番で、気分を変えてメロンやバナナ、緑茶塩なんて渋い大人向けのも意外に良かった。

 ベッドから降りてギンガムチェックの綿のパジャマを脱ぎ捨てると、最高に野蛮で格好良い腰巻マント姿へと身支度を整える。なんとマカディオスは一人で着替えができた。もっと小さい時はシボッツがあれこれ世話を焼いたものだったが。

 食事をとるのは台所の片隅に置かれたテーブルで。朝にいくとシボッツとイフィディアナと会える。

 城の中には晩餐会が開けそうな部屋はいくつもあるが、食事の場に使われることはめったにない。マカディオスは飛んだり跳ねたりして使われていない城の空間を有効活用してあげている。

 台所の戸を開けると、ヤカンの湯が沸くのを待っているイフィディアナがゆったりと視線を向けた。

「おはよう、おチビさん」

 イフィディアナはたいてい爪の先でお茶のカップを傾けていて。

「起きたな、マカディオス。朝は果物をとると良い」

 シボッツはたいてい頼みもしないのにこちらの世話を焼く。

 挨拶をかわしてマカディオスが席に着く。作られてからゆうに百年はたっていそうな古い古い木のテーブルだ。マカディオスのために用意された皮つきのリンゴ、キノコとチーズのオムレツ、ほうれん草とベーコンのソテー、キャベツと肉団子のスープ、ふかしたジャガイモをキレイにたいらげる。

 驚くべきことにマカディオスは空っぽの皿を流し台に持っていくことができる。本当は皿洗いにも興味があるのだが一度流し台を盛大に泡まみれにして以来、イタズラをしないようシボッツが目を光らせている。

(もう一度やってみたいんだがなぁ)

 泡まみれ大惨事の片づけを手伝ったイフィディアナは鼻歌を響かせながら、これで皿だけでなく流し台の周りまでピカピカになったと楽しそうに笑っていた。

 食事を済ませたマカディオスが台所の戸に手をかける。

「マ、マカディオス!」

 思いがけずシボッツに呼び止められる。いったいなんだというのか。流しに皿を置いた拍子に何かを壊しでもしただろうか。

「……この後はどう過ごす予定だ?」

「イチゴ味の歯みがき粉を使った後、ピーターのとこに遊びに行くぜ」

「今日は中庭で遊んだらどうだ?」

「やだ」

 退屈な提案だ。

 痩せっぽちで小柄なシボッツは、マカディオスの膝を両手でつかんで引き止める。

「待て! ……よし、俺と城で遊ぼう。かくれんぼは?」

「やだ」

 シボッツは隠れるのがとても上手い。魔法を使ってるんじゃないかっていうぐらい。見つけにくい場所に潜んで、そのままずっと素知らぬ顔で読書や家事をしているのだ。真面目に遊ばない相手には腹が立つ。

「俺の部屋でゲームをしよう! マカディオスの好きなものを選んで良い」

「ほう! ほほう!」

 少しは魅力的だ。シボッツは戦略を組み立てるタイプのプレイヤーで、マカディオスは感覚と運で勝負するのが好きだ。イフィディアナもたまに付き合ってくれるが、時にゲームの目的を無視して自分の好きなように振舞う。キレイな駒やカードを集めたりとか、ひたすらコインを増やしたりとか、どこまで領地を拡大できるかとかに挑戦し始める。興味の矛先と勝利条件が一致している時は手ごわいが、そうでないなら対戦相手としてカウントするまでもない。

「いいぜ」

 ピーターとは今日遊ぶ約束をしたわけではないし。

「ふふ。そうやってこれから毎日、外に出ないようにするつもり?」

「うるさい」

 シボッツの眉間にシワが刻まれるのを見て、白い竜はいっそう楽しげに口元をゆがめた。

「ふぅん。今日は遊びに出かけた方が良いんじゃない? だって……」

「耳を貸す必要はない。行くぞ、マカデイオス」

「そうなの。それじゃ楽しんで」

 イフィディアナは愉快そうに二人を見送った。マカディオスが見たところ、あれは怒りを押し隠した微笑みではなく本心から面白がっている顔だ。シボッツはその表情を目にすることなく背を向けていた。


 シボッツの部屋は小さくて質素だ。こじんまりした部屋に、手入れされた古い家具がお行儀よく並ぶ。シボッツは踏み台代わりの椅子を持ち運び、本棚の横の戸棚の前に置いた。ここに細々としたオモチャの類が几帳面に収納されている。

 マカディオスなら踏み台なしで手が届くのだが、シボッツはゴチャゴチャになると言って戸棚の中を触らせてくれない。

「よし。それじゃあ……くっ。今日は、おっと! 俺と……ゲーム三昧、だ!」

 貧弱な細い腕は取り出した荷物の重みでぷるぷる震えている。

 支えようかどうかマカディオスが迷っている間に悲劇が起きた。椅子の上で背伸びをしたシボッツはゲームの箱を三つほど派手に床にぶちまけた。

「わ……っ」

「大丈夫か?」

「すまんな、マカディオス。ぶつからなかったか? 尖ったパーツを踏むと痛いぞ。動くなよ」

 そう言って慎重に椅子から降りる。

 常日頃、口うるさく注意をしてくるシボッツが一瞬のうちにこれほどまで部屋を汚くできるなんて。マカディオスは感心して腕組みをして頷いた。

「やればできるじゃねぇか」

「何がだ? はぁ……俺達が取り掛かる最初のゲームはこれだな。被害状況の確認と片づけだ」


 午前中から昼食の後まで、シボッツはマカディオス好みの遊びに付き合ってくれた。お題の絵を描いて当てるゲーム。しりとりのカードゲーム。パズルを解くゲーム。積んだブロックを崩さずに抜き取るゲーム。

「二人の勝負も楽しいけど、もっと大勢で遊べば楽しいだろうな」

 自分の駒を進めながらマカディオスがつぶやく。今は絵スゴロクの最中だ。ダイスの目はマカディオスに幸運をもたらした。

「イフィディアナを誘うのか?」

 まっぴらごめんだ、とでも言いたげにシボッツがダイスを転がす。

「……友達を城に呼んでパーティしたい!」

「お前も知ってのとおりそれは重大な禁止事項だ。許されることは……ああっ!? ……よりによってここで4か。厳しいな」

 ルールを熟知し適切なタイミングでお助けアイテムを活用しているシボッツだが、今日の彼は運に見放されている。

 マカディオスがダイスをつかんだところで、コンコンと軽いノックの音。

「おお! これはもしかして、俺の友達が来たんじゃないか?」

「いや……」

 それはあり得ないことはシボッツにはわかっていた。では、それなら誰なのか。

 音からすると巨体のイフィディアナではなさそうだ。

 まさか、塔からアイウェンが降りてきたのか?

 思考に惑っている間に、答え合わせの時間がきた。

「おーい。入っていいのー?」

「なんだ? ピーターじゃねぇな」

 女性の声。今日彼女が来るとわかっていたら、シボッツはマカディオスを無理に城に引き止めはしなかっただろう。そもそも城の外に出さないように干渉したのは、知らなくても良い事実からマカディオスを守るためだ。

 しかし今さら悔やんでもどうしようもない。

「……ああ。どうぞ」

 カチャリと真鍮のドアノブが回る。入ってきたのは黒い髪の女の人だ。裾の長い細身の服がよく似合っていて、夜を切り取って縫い合わせ身にまとってきたみたいだ。思わずハッとするような深い赤の口紅を引いている。

 マカディオスは鼻をフンフン動かした。花のような果実のような香りがする。甘く奥深い匂いで、ちょっぴり妖しい雰囲気も漂っている。

 全体的にミステリアスな大人の女性といった風に見えるが、その表情は活き活きとしていて好奇心旺盛な子供の肉食獣みたいだ。

「大きくなったねー!」

 親しげに手を振る女性に力強く手を振り返し、マカディオスは思ったことを口にする。

「知らない人だ」

「えー、ウソー! マカくん、お姉さんのこと覚えてないの? 悲しー」

 さほど悲しくもなさそうな声だったが、マカディオスはベルトポーチから一番キレイなビーズを取り出して差し出した。悲しみにくれる人への慰めに。

 笑顔でビーズをつまみ上げ、長い睫毛に縁どられた瞳がマカディオスを映し出す。外見だけで判断するなら美しく高飛車で冷たそうな人物といった感じだが、話す言葉はだいぶ気安く砕けている。

「まぁ、しょーがないよ。前は産まれたばかりだったもんね。あの時は……」

「そうだな! 改めて自己紹介をしてはどうだろう?」

 シボッツは気が気ではなかった。彼女には色々と世話になってはいるが、マカディオスに余計なことを言われてはたまらない。自己紹介を促したのは話をそらすためだ。

「それもそっか! 私はウィッテンペン。長いからウィッテンとかウィッティでいいよー」

「オレはマカディオス。呼び方は、強く賢く優しいマカディオスでいいぜ」

「キミはマカくんでしょ」

「マカくんでもいいぜ」

 どうか余計なことは言わないでくれ、という気持ちを込めたシボッツの必死の目配せは多分ウィッテンペンには伝わっていない。

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