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空の沢を目指すぞ

 台所の片隅でマカディオスはイフィディアナから借りた魔法の素材の図鑑とにらめっこ。城は広く部屋の数も多いのだが、城に暮らす三人が集まるのはここだった。アイウェンはほぼ嘆きの塔で過ごしているようだし。

 台所に顔を出せば、たいていのんびりとお茶を飲んでいるイフィディアナか料理や洗い物に勤しむシボッツに会える。今はイフィディアナの姿はない。洞窟みたいな自分の部屋に貯め込んでいる宝物をカタバミの葉でピカピカに磨き上げてご満悦といったところだろう。

 シボッツはエンドウ豆のサヤをむいていた。あんなに面白そうなのにマカディオスには手伝わせてくれない。そのくせ独り占めにした仕事をたいして楽しくもなさそうに片づけている。

 マカディオスがページをめくったタイミングでシボッツが話しかけてきた。仕事の手は止めていない。

「図鑑の面白さに目覚めたかマカディオス。何が好きだ? 俺の部屋にも図鑑は色々置いてあるぞ」

「面白いっちゃ面白いけど、調べものしてて読んでるんだぜ」

「なんだと」

 エンドウ豆の追いはぎに精を出していた手がピタリと止まった。

「……調べたいものがある時は図鑑を開くというのを誰に教わったんだ」

「イフィディアナだぜ」

「なんということだ!!」

 大声を出して取り乱してるがマカディオスは特に動じない。これがイフィディアナやアイウェンが叫んでいるなら大変なことが起きているのだと思えるが、シボッツは神経質にあれこれ気にする性質なうえに大げさなところもある。きっと、すごく些細なことで大騒ぎをしているのだ。

「俺がマカディオスに教えたかったのに!!」

 予想どおりだった。

 マカディオスに関わる秘密は明かさず、興味を引かれる手伝いもさせてくれないのに、勉強は教えたかったらしい。なんて皮肉っぽい気持ちも沸き起こる。

「地図の見方も教えてもらったんだぜ」

「地図までも!!」

 シボッツはテーブルに項垂れた。おでこを勢いよくぶつけるんじゃないかと心配になるほどに。料理の下ごしらえ中で清潔にまとめられていた長い髪が振り乱れる。

「おのれ、竜め! 俺の生きる喜びを奪っていく!!」

 やたら誇大な表現で不満をあらわにする。うるさいけれど可哀そうにもなってきた。

「今度、あれを教えてくれよ。あー、あれだよ、あれ……」

 なんでもよくて、どうでもよかった。心からしりたいことがあるわけではなく、シボッツに生きる喜びを与えてあげようという子供なりの気遣いで。

「時計の見方をさ」

「……! そうか、わかった。時計だな。教材を見繕っておく」

 パッと顔が輝く。

 ちょっと皮肉っぽいことを思ったり、気遣いだなんて上から目線にもなったけれど。

「シボッツが嬉しそうだと、オレも嬉しい」

 なんだかんだでマカディオスは、かいがいしく世話を焼いてくるこの小やかましい妖精のことが大好きだ。

 のどかな空気でそれぞれ自分の用事に戻る。マカディオスは調べものを再開し、シボッツは外したサヤをナベで煮る。豆の風味の出汁がとれる。

 図鑑のページを開き広がった絵にマカディオスは目をむむっと見開く。ハート型ではなく楕円の三つ葉。クローバーらしい、うっすらと白っぽい模様も葉に入っている。

(この葉っぱ! きっとクローバーのページだぜ。……でも待てよ)

 前回、間違えるはめになったのは図鑑の絵だけを見てクローバーだと早合点したからだ。カタバミとクローバーは葉の形が違うので、植物に詳しければ絵だけで識別できただろうが。

 ちゃんと名前を確認すれば同じ失敗はしない。

(大きく書かれたクセのない文字なら、オレにだってだいたい読めるんだがなぁ)

 子供向けの本は文字がわかりやすくてマカディオスにも親しみやすいが、図鑑の文字は普段使わないような難しい言葉も多い。一生懸命頑張っても、これを一人で全部正確に理解するのはできそうにない。

 マカディオスはシボッツに尋ねることにした。

「ここの文字はクローバーって読むので合ってるか?」

 ナベの前から少しだけ離れて、シボッツが図鑑を覗き込む。

「ああ、そうだ」

「そうか! 青い花がキレイだな!」

 図鑑で見つけたそのクローバーは青い花を咲かせていた。

 最初にブレアが探していたクローバーは白い花だった。けれどもマカディオスはしっている。クローバーの花は白だけではないと。

(ピンクっぽい花があるのもしってるぜ。だから青い花を咲かせていても、正真正銘のクローバーに違いねぇ)

 色だけでなく形もだいぶ違うようだがマカディオスは細かいことは気にしない。

 マカディオスが指で示した文字はたしかにクローバーと読むので間違いないが、そのクローバーの前にもう一つ別の文字も書かれていた。




 次の日。曇り空の下、マカディオスは中庭のバラに水をやった。

 朝のお手伝いを終えて嘆きの塔の外壁に手を触れる。小さく密やかなおぞましい音を立てて、来訪者を招き入れる穴が開く。

 白い煙の人影はあいかわらず塔の中をさまよっていた。

(アイツらいったいなんなんだ?)

 煙自体は幻影のようなもので本物の生き物ではなさそうだ。しかしその表情は人間らしさを生々しく体現している。

(人の感情となんか関係ありそうだけど)

 不特定多数の恨みと憎悪があふれた塔の最上階で、マカディオスの父は穏やかにほほ笑み待っていた。我が子にこの世界で生きる術を教えるために。

「物事を進めるためには判断することがカギだけど、その判断を下す材料が正確でなければつまずいてしまうよね。間違った情報や事実とは違う思い込みに翻弄されたいと思うかい?」

「いいや」

「そう思っていても、人は間違ったものが見たい時もあるんだ」

 不都合な事実から目を背け現実を歪ませて認識する。見通しの甘さも過度の怯えも。好感も嫌悪も。容易く世界を見誤らせる。

「しっかり目を見開いてても?」

「うん、目を見開いていても常に正しく世界が見えているとは限らない。見えたものを心の方で勝手に歪めてしまうんだ。見えたのに意識の外に放り出すこともあるし。なんだか偉そうに話しているこの私だって、どうだかね。でも、そういうことが起こり得るとしっているだけでも生きる助けになるはずだよ」

 それから判断をしていくわけだがそこでも困ったことがある。

「下した判断が果たして正解か不正解か、必ずしもすぐには結果がわからない。クイズなんかとは違ってね。一度は正しいと確信したことが後で覆されたり、その逆も珍しくはない」

「結果がすぐ出ようが後だろうが、オレは困らねぇ」

 アイウェンはマカディオスの頭をなでた。見た目はトゲトゲして手の指を貫きそうだが、実際触ってみると意外と柔らかいのがマカディオスの髪の毛だ。

「自分の判断が本当に正しかったのか、不安になる人も少なくはないんだよ」

 アイウェンの声にはただただ優しさだけがにじんでいた。完璧に調整された優しさが。

「そこで不安を慰めようとする。自分とは違う立場の者の失敗を見て。失敗するよう仕向けるのだってよくあることだ」




 曇り空の下ではブレアのワンピースはいっそう目立たず、息を潜めているようだった。

 高々と腕を振り上げ、向かう場所の名を口にする。

「おっしゃ! 目指すは空の沢」

 本当に空まで飛んでいくわけではなくて、それくらい高い山が目的地。城から北に、人間の足で七日七晩の距離にある。オーブンに入れたクッキーがすっかり焼き上がるまでの時間で、マカディオスはブレアと共にそこにたどり着いた。

「風が涼しいな!」

「……いや、涼しいっていうより寒いよ。マカディオスはよくそんな格好で平気だね」

 ブレアは腕をさすった。雪が降るほどではないが空気が冷え冷えしている。樹木は少なく、灌木がたまに生えている程度。草も丈が低く地に這うようなものが多い。

 図鑑によれば、この山に流れる沢の近くに目当ての植物が生えているらしい。

「あっちの方に水場がありそうだぜ」

 裸足で歩くマカディオスには地面の湿り具合がダイレクトに伝わる。空の沢はすぐに見つかったが、ブレアは一目見るなり大いに落胆した。地面に屈んで四つ葉を探すことさえしなかった。

「これは違うよ、マカディオス。見慣れない草だけど、私に必要なクローバーじゃないのはわかる」

「ええっ、なんだって? そんなはずはねぇ」

 お気に入りのマントとは別に、マカディオスは大判の布を背負ってきていた。ベルトポーチに入りきらない荷物はこういう風に持ち運ぶ。布に包まれていたのはあの図鑑だ。ブレアといっしょに覗き込む。

「見てくれよ。ちゃんとここにクローバーって書いてある」

「……たしかにそこには書いてあるけど、これはブルークローバーだよ」

 ブレアの求めるクローバーとは別物だった。葉こそそっくりだがその青い花の形は明らかにクローバーとは異なる。ブルークローバーは、ちょうどエンドウ豆の花を青くしたような花を咲かせている。

 これでマカディオスも自分の間違いに気づいたようだ。

「しまった。今回もダメだったか。ムダ足踏ませて悪いことしちまったな」

「……そういうこともあるよ。気にしないで」

 ちょっとガッカリしている様子だがブレアは許してくれた。

「何日までに見つけなくちゃ、みたいな期限はないから気長にいこう。四つ葉探しに飽きたらマカディオスは他の遊びをしても良いんだし」

「いや。最後まで付き合うぜ」


「ただいま!」

 シボッツへのお土産に、摘み取ったブルークローバーの花を渡す。

「おお、マカディオス……。なんと優しい子に育って……。ありがとう。愛している、可愛い子」

 この輝かしい瞬間を永遠に残すにはどうすれば良いかシボッツは思案していた。

「ドライフラワーにできるだろうか。押し花にして本の栞を作って、ずっと眺めておけるようにしても最高だな」

 形あるものはいつか壊れて失われる定め。ドライフラワーも押し花も永遠には届かないが、この輝きを少しでも留めたかった。

 シボッツのために図鑑で調べて取りにいったわけではなくて、手持無沙汰で帰るのがつまらなかったからお土産にしたのだ。ずいぶん喜ばれてしまい、なんだか気まずいマカディオスだった。

「ああ、そういえば……」

 しばらくの間ピーターの村のある方角にいくことを禁じられていたが、それが解かれた。

「どうして? って聞いても答えちゃくれねぇんだろうな」

 困った顔がシボッツからの答えだった。 

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