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ブレアだよ。気が向いた時なら返事するかも

 足の向くまま気の向くままにどかどかずんずん進んでいくと、まだ見たことのない景色に出くわした。

「わお」

 こんもりとした小さな丘がそこかしこにある広々とした原っぱ。丘は整った丸い形で、生えている草は高さが一定に揃えられている。

 ヤグルマギクの涼しげな青。背の高い紫のサルビア。ムギナデシコはピンクでおめかし。それらの花を支える、地面いっぱいのクローバー。

「ははあ、こりゃあ良いぞ」

 マカディオスはひらめいた。アイウェンへの贈り物は四葉のクローバーに決定。気持ちの良い風がさわさわ吹いて、マカディオスのマントとたわむれていった。


 鮮やかな草原に小さな黒い点のようなものがぽつり。

 倒れ伏した犬の死体。

 ……に見えた闇の塊はよくよく見ればしゃがみ込んだ一人の少女。ふっさりとした髪は濃く深い色。黒に近い灰色だ。その視線は地面にばかり注がれて、大きなマカディオスの図体さえも映していない。

「おーい、こんにちは!」

 遠くから呼びかける。

 ゆっくりと視線がこちらに向いた。少女が立ち上がる。その背丈は当然マカディオスより低いのだが、年齢はマカディオスよりも上だろう。何せマカディオスはこの図体でまだ三歳にもなっていないのだ。

 少女の顔はあどけない。けれども三年ぽっちしか生きていないマカディオスよりも多くの経験を積んでいる。世界の強大さも理不尽さにもたくさん触れてきた。

「……こんにちは」

 死にかけの子犬が口をきいたとしたら、きっとこんな声だ。

 少女がまとうのは絶望的に深い穴。あるいは逃げ込んだ布団の中に広がる安寧と焦燥の闇。もしくは質素な濃紺のワンピース。

「何してるんだ?」

 マカディオスは弾むように跳びはねて少女に近づいていく。

 一歩、二歩、三歩。

「オレは伝統ある四葉のクローバー捜索隊の隊長だ」

 四葉探しはさっき決めたばかりだが。

「そうなの。私も同じものを探しているの」

 マカディオスは喜んで腕を広げた。ぶおんと風が巻き起こる。

「いっしょに探そうぜ!」

 風圧で乱れた髪を直すこともせず少女は淡々と断った。

「……ううん、別々にしましょ。だって二人とも同じものをいっしょに探していたら、どちらか一人が先に見つけた時にもう一人はガッカリするでしょ」

 ガックリきたものの少女のいうことには一理ある。四葉のクローバーを二人同時に見つけてしまったらケンカになりそうだ。

 そうなったらこの少女に勝てるかどうかわからない。ケンカの勝敗を決める方法がマカディオスに有利なルール、たとえば腕相撲やかけっことは限らない。口笛や影絵の技巧を競うことになったらマカディオスが勝者の側になれるかどうかは怪しいものだ。すべてを運に託すジャンケン勝負になる可能性もある。

「じゃ、少し離れたとこなら? オレはあっちの方で探す」

 太い指が丘の向こう側を指し示す。見ようと思えばお互いの姿が確認できて、地面に視線を向ければ相手の気配が気にならない距離。

「それもダメだってんなら仕方がねぇ。先にいたお前のいうことを聞こう」

「あっちなら良いよ。ここはとびきり広いから一人で全部見て回るのはムリそうだし」

「ありがとう! 副隊長!」

 少女の目がジロリと動いてマカディオスを睨みつける。明るい黄土色の瞳は闇夜に輝く満月を思わせた。

「私は副隊長じゃないし、あなたのことも隊長って呼ぶ気はないよ」

「強くて格好良いマカディオスだ」

「ふうん……」

 風変わりな響きの名を鼻先で転がして一応受け取ってから、少女はそっぽを向く。クローバーをかき分けるその指先は土と草の汁ですっかり汚れていた。

「ブレアだよ。気が向いた時なら返事するかも」


 はじめはワクワクしていた四葉探しも、いつしか地道で退屈な作業になり果てていた。そもそも地面を細々探すのは大柄なマカディオスの体格には合っていなかった。体が痛くなってくる。アイウェンへの贈り物にしようと決めたので捜索を続けてはいるが、そうでなければとっくに飽きて他の遊びに移っていただろう。

(話し相手がそばにいりゃあ楽しそうだと思ったのに)

 時々立ち上がってストレッチをしながら、ブレアの様子をチラッと眺める。少女はあいかわらず地面にしゃがみこんで黙々と四葉を探していた。さっき一人で見るのはムリだといっていたが、時間さえ気にしなければこの広い草原中のクローバーをすべて調べ尽くしかねない強い執念を感じる。

 ほどよく集中力の途切れたマカディオスの視線はクローバーではなく、原っぱのあちらこちらに向けられていた。点在する丸っこい丘。こちらをうかがういくつかの気配。

 マカディオスはむむむと考えた。隠れているのはニンジン好きなウサギでも臆病な子リスでもなさそうだ。

(犬。デカい犬だ)

 周囲に獣がいるのはわかっている。けれども正確な位置と数はまったくつかめていない。そして姿をさらしたこちらの居場所は丸わかり。

 良くない状況だ。こうなるまで気づかなかったなんて、教え子の不甲斐なさにヴォルパーティンガー先生はさぞガッカリすることだろう。

(うーむ、どうするか。しらんぷりでゆっくり動くか)

 様子見のかすかな挙動だけで姿を見せない犬たちはマカディオスの意図を見抜いた。

 草花の小さな葉の裏から。苔むした小石の下から。アリの体が作る影から。

 子牛ほどの体格を誇る深緑の猛犬が音もなく湧き出てきた。

 マカディオスの屈強な足首におじけづくこともなく犬の牙が迫る。先陣を切った犬は勇敢でもあり無謀でもあった。

「いてっ」

 人間の骨を砕く一噛みが軽々と振り払われる。血は出ていないが痛いことには痛い。肌には牙の痕がはっきりとへこんで残されている。

「今いく、ブレア!」

 ブレアはマカディオスよりも華奢で小柄でこれといって筋肉の加護もない。子牛ほどの猛犬に襲われたらきっと派手に転んだ時ぐらいひどいケガをするだろう、とマカディオスは心配になった。

 ……実際はその程度では済まないだろうが。

(この犬たちはよっぽど勘が良いみたいだ)

 わずかな予備動作にも反応してこちらの行動を先読みする。それに気づいたは良いが、すぐに自分の思惑を上手く偽装できるほどマカディオスは器用ではなかった。

 露骨なまでにこれからどう動くつもりなのかを全身で示す。

 ブレアのところまで突き進む。邪魔になるものは全部弾き飛ばす。キャンキャン鳴いても見逃さない。

 マカディオスの足が大地を蹴る。

 緑毛の巨犬はマカディオスをさっと避けた。

「逃げるぞ!」

「ぅ、あ」

 うろたえるブレアをひょいと担いで、マカディオスはどこまでも続く草原を駆けていく。

 震える声で何やらブレアがつぶやいている。

「ここは来ちゃいけないところだったんだ。妖精の土地……。あの犬は妖精の番犬に間違いないよ」

「入っちゃダメだって、わかるところに印つけといてくれよな!」

 妖精犬のうなり声が追いかけてくる。マカディオスは走りに走り、どうにか無事に振り切った。




 安全だと思える場所までたどり着くと、マカディオスはブレアを肩からおろした。

「ありがと、マカディオス。大丈夫だった?」

「見て!! ここ!! 噛まれた!!」

 足首についた歯型を指で示す。

「でもオレはへいちゃらだぜ!! 強いだろ?」

「あー……、うん。多分そうなんじゃないかな」

 マカディオスは得意げに大胸筋(むね)をはった。

「だろっ、だろっ!」

「……四葉のクローバーは見つからなかったね」

 土に汚れた自分の手にブレアは視線を落とす。

「他にもいっぱい探したの。大ガラスの羽。木目が人の顔みたいに見える板。爪とぎで落ちたネコの爪鞘。必要なものはあとは四葉のクローバーだけ」

「おー! いいなぁ!!」

 もの集めのセンスがなかなか良いとマカディオスは偉そうに腕組み。

「なぁ。またいっしょに探そうぜ」

「……どうしようかな。一人で探したいし、もう友達は作らない。でも、マカディオスといっしょなら色んな場所を探せそう」

 しばらく悩んだ後でブレアは頷いた。

「良いよ。二人で探そう。四葉のクローバー。早い者勝ちで先に摘み取った人のもの」

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