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願い事はあるか?

 林の中の開けたところに座って、マカディオスはピーターとくつろいでいた。二人が出会って友達になった頃は枯葉と枯草だらけで平べったかった場所が、今は押し寄せんばかりの緑の息吹でこんもりしている。

 ピーターの服も涼しげな生成りのシャツと青いズボンに変わっていた。季節に応じて服を変えるという発想はマカディオスにはない。一年中マントと腰巻姿を貫くつもりである。なぜならそれが最高に格好良い姿だと信じているから。

「僕、毎日幸せだよ。家族を一新するきっかけをくれて、どうもありがとう」

 ピーターは他の人が自分に何を望んでいるのか感じ取る天才だった。そのことで一度限界を迎えそうになったが、新しい家族とは上手くやれているようだ。

「あれから僕も色々考える余裕が出てきたんだけどね。僕の才能を他の人のために使って消耗するのはやめにしたんだ。自分のために活かしていこうっていうか……」

「そうだな」

 出会った時のつらそうなピーターの様子は覚えている。他人の望みを叶え続けろとはとてもいえない。

「そういってくれてありがとう。身勝手とか自分本位だとかいわれるんじゃないかって怖かったから」

 弱々しい笑みをピーターが浮かべる。自分を幸せにすることが、恥ずべきことや罰せられることだと思っているような口ぶりだった。

 仲良くしなさい。分け合いなさい。譲りなさい。

 良かれと思って大人はよくそういう。たしかに協力したり集団で上手くやっていくコツは子供が覚えて損はない。人間も群れで生きる動物の一種。群れでの身の振り方が上手い個体は生存しやすい。子孫に伝える人の知恵。

 けれどもあんまり利他の美徳ばかり教えるものだから、まっとうな利己の心や行動まで悪いもののような気がしてしまう。

「自分の力を自分のために使うのは悪いことでもなんでもないぜ」

「うん。だから今は、僕が好きな人たちが望んでることを僕も嬉しいと思える範囲で叶えたりしてるんだ。言葉にされなかった望みも読み取って全部応えるんじゃなくて、無視できるように練習もしてる。自分の望みをハッキリ伝える練習もね」

 好きな食べ物をリクエストしたり、肩車をねだったり。

 前の両親の元で味わった苦しみを繰り返さないように。

 ピーターは辺りをキョロキョロ見回してから、こっそりと耳打ちした。

「それから嫌いな人は……それとなくガッカリさせる結果に誘導したりね」

「ケンカにしてはひかえめで遠回りな手段だな」

「敵意を持ってるって気づかせたくない。僕、憎まれるのに耐えられないんだ。もしも誰かに消えてなくなれって思われたら、僕は本当に消えなきゃいけない気になるんだもの」

 他者の期待や願望に応え続けてきた少年は存在の否定にも強く反応してしまう。

「ピーターは消えないでほしい。たとえオレとケンカしても」

「それを叶えるかは僕次第だけど、君からそういう要望があったってことは覚えておくね」

 遊んでおしゃべりしている間に、林の真上にあった太陽は少しずつ傾いていた。

「そろそろいくね、家で一仕事頼まれてるんだ。母さんが戸棚の整理を手伝ってほしいって僕にお願いしてくれたんだ」




 城に帰ったマカディオスは住民を探してうろつき始めた。

 思ったとおり台所にイフィディアナとシボッツがいた。隠れる必要はないのにマカディオスはさっと身を隠してドアの隙間から様子をうかがう。

 イフィディアナはのんびりお茶を飲んでいた。一瞬、こちらに気づいて笑顔になったがすぐに視線を戻した。

 シボッツは古めかしいどっしりとしたテーブルに向かい、せっせと作業している。このテーブルは調理台と食卓で兼用だ。

 テーブルの上に並ぶのは四つのグラタン皿。ホワイトソースをからめたマカロニと野菜と鶏肉をスプーンでキレイに盛りつけて、その上にチーズを乗せている。まだ釜戸には入れていない。チーズがカリカリに焦げたグラタンはとてもおいしい。

 忍び寄る意味なんてないのにマカディオスは抜き足差し足でシボッツの背後をとった。小さな体にまとわりつく。

「ただいま! 願い事はあるか? オレに何か頼みたいことを言ってみろ!」

「離れてほしい。台所でふざけるのは俺が嫌いなことの一つだ」

 殺伐とした声と視線で射すくめられる。もしシボッツが包丁や火を扱っていた時なら、この程度では済まなかっただろう。

 マカディオスはすっかり楽しくなくなってしまった。風船みたいにウキウキしていた気分に針が刺さったよう。すごすご引き下がり哀愁を漂わせながら椅子の上で体育座りをする。

「手伝って喜んでもらいたかった」

 かちゃり、とスプーンを手放す音。シボッツが小走りで駆け寄る。

「あぁマカディオス……。俺が無神経だった。いっしょに生活する中で叱ったり注意したり、他の用事に気を取られて上の空の反応をすることもあるかもしれない。申し訳ないと思っている。忘れないでくれ。俺はお前の幸せを何よりも願ってる」

(そういうんじゃないんだけどなぁ)

 とても誠実に向き合ってくれているのはわかるのだが、そうじゃないのだ。

 どう説明すれば伝わるかと頭の中で言葉をこねくり回しているとイフィディアナから声をかけられた。

「おチビさん。それなら私がこき使ってあげましょうね」

「竜め。こんなにしょげたマカディオスをこき使うだと?」

 マカディオスは元気よく手を挙げた。

「オレに任せろ! 何すれば良い?」

「バラの手入れを頼めるかしら」

 中庭のバラは今が見頃。イフィディアナが頼みたいのは、朝の水やりと病害虫が発生していないかの観察。それがマカディオスの仕事になった。

「……それって毎朝か?」

「そうよ。花が咲いている間はお願い」

 欲をいえば一回きりで終わる手伝いが良かった。毎日となると面倒くさい。

「うっかり忘れちまうかもしれないし、雨が降ってる日に水やりするとびしょぬれになっちまう」

「雨の日はお休みして良いのよ」

「……継続的な手伝いは、忍耐力と責任感を養うのに効果があるかもしれない。良い考えに思えてきたぞ、イフィディアナ」

「私はマカディオスが楽しめて、バラがしおれなければ、それで良いわ」

「うーん……。そうだな、引き受けるぜ」

 最初に思っていたよりも厄介なことになってしまったが仕方がない。面倒なのも本心だが、やっぱり城の住民が喜ぶことを出来るのはワクワクする。

 夕飯が出来上がるまでの間、マカディオスは軽くバラの様子を見に行くことにした。


 城の中庭は広い。

 野生の趣で力強く顔を出しているのは白い百合。

 密やかに、しかしいたるところに平然と佇むスミレ。

 バラは嘆きの塔の周りにだけ整然と植えられていた。

 午後の日差しも、深く濃い青空も、緑の息吹も拒絶するかのように、嘆きの塔はただそびえていた。出入口らしき部分は見当たらず、階段やハシゴもかけられていない。高い所に窓があるだけだ。城を囲む壁とは離れて建っており他の建物から移動する構造でもない。

 マカディオスはその姿を見たことは一度もないが、塔の中に誰かがいるのは間違いない。

(うんと髪の長い女の子かな。それとも、うんとヒゲを伸ばしたおじいさん魔法使いかな)

 バラを見に来たはずなのに嘆きの塔へ意識が向いてしまう。

「おっと、いけねぇ」

 弱っている株がないか、開花具合やツボミの数にも注意しながらバラを見て回る。フリルのドレスを身にまとったお人形がちょこんと座っているような花々。甘く優雅な芳香に混ざって、楽しげなないしょ話まで聞こえてきそうだ。

 ――ねぇ、気づいておいでかしら? あの人が貴方をじっと見つめておいでよ。

 花を眺めるフリをしながら顔を隠し、用心深く視線だけを塔へと向ける。角と羽を持つウサギの先生の指導がなければ、マカディオスは素直に頭を動かし目をカッと見開いて塔を見つめたていたことだろう。

 塔の窓辺に人影。その人は陰りの中にどっぷり沈み込む。顔立ちも表情もよく見えない。

(髪とヒゲ、いったいどっちが長いのか、これじゃちっともわかんねぇな)




 オーブンの中ではグラタンがじりじりと焼かれている。シボッツはどうも落ち着きがない。気にしているのは焼き加減ではない。

「ふふ、面白い。お前は心配ばかりね」

「いちいちからかうんじゃない。せっかく心配事を口に出さないようにしていたのに」

 ツンと妖精の尖った鼻から不愉快そうな息がもれる。

 体はどデカくてもまだまだ幼いマカディオスにシボッツがあれこれ世話を焼くのはいつものこと。けれども、もっと成長した相手には意識してその過保護ぶりをひかえている。

 自分を納得させるように言葉を並べる。

「俺が気にしすぎなのはわかっている。それにもうアイウェンも小さな子供じゃないんだ。呪いで弱っているとはいえ、過剰に気を回しすぎるのは侮辱ととられてもおかしくない」

「小さな子供だって、なんでもかんでも先回りで手出し口出しされるのは不機嫌になっても不思議ではないけれど」

 白い竜の言葉は空に浮かぶ雲のようにゆったりとしている。それでいて相手の気持ちにそおうともせず、わざと怒らせようという気もない。

「そう」

 シボッツは苛立ちを隠そうと素っ気ない相槌を投げ、竜を無視して釜戸へ顔を向けた。

 相手がいくら眉間にシワを寄せようともイフィディアナはまったく動じない。白い雲ははるか天の高みに漂うだけだ。

「お前とマカディオスがしばらく出かけていたでしょう? その間に私はアイウェンと会って話をしていたの」

 釜戸を睨みつけていたはずのシボッツが、イフィディアナの方へと顔を上げていた。虫の翅すら持たない妖精は雲の境地には至れない。誰かの言動に容易く揺り動かされてしまう。そして竜の告げる言葉が心かき乱すものではないことを祈るしかなかった。

「アイウェンは息子に会いたいそうよ」

 こわばっていた肩の力が抜ける。シボッツが想像を巡らせていた悪い展開よりも、ずっと平穏なものだった。

「ああ、でも、待てよ。二人が会ったとしてすべてが上手くいくとは限らないじゃないか」

「お前は次から次に心配事を見つけるのね。でも今はとりあえずグラタンの火加減を心配してはいかが?」

 少々焦げ目が強めのグラタンが救出された。見栄えは上出来とはいえないし味もちょっぴりほろ苦いが、まあまあ美味しく食べられる程度の焦げ具合。それが城の住民四人の夕食になった。

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