第4−10話
ルーガ「あんた、今日はサイの店に行ってくれよ。」
朝食を食べていると不意の話題で、口に含んだスープを少し吹いてしまった。
僕はテーブルに飛び散ったスープを拭きながらルーガさんに拒否の態度を示す。
ルーガ「私が外せない用事や、営業中に買い出しに行ってもらう機会がいずれあるだろう? 遅かれ早かれいつかは行かないとなんだよ。」
それもそうだ。と納得はしたが、サイさんに合わせる顔が無いので返事もせず俯いていると、
ルーガ「店長命令だから嫌とは言わせないよ。とにかく行って来な!」
朝食を食べ終えると、買い出しのメモを渡され、半ば追い出される形で出発した。
下を向きながら憂鬱な気分で歩いていると、目的地の八百屋に着いてしまった。店を挟んだ道の向かい側で10分程ウロウロしていると、意を決して殴られるのを覚悟の上で店に向かった。
店に近づくとサイさんが野菜を陳列しているのが見えてきた。僕が気付くのと同時に、サイさんもハッとした表情になり僕の存在に気付いたようだ。
僕が立ち止まり、ペコリとお辞儀をするとサイさんがこちらに向かって来た。
(殴られる!)そう思い、目を閉じたが、何も起こらなかったので恐る恐る目を開けると神妙な顔つきのサイさんが立っていた。
サイ「……あのよ。」
ポツリと呟くように話し始めた。
サイ「この間は悪かったよ。何も聞かずに殴ったりしてよ。」
僕は首と手を横に振る。
サイ「…ああ、そういえば話せないとか言ってたな。やっぱり俺のせいか?」
僕はまた首を横に振る。
サイ「そうか、すまないな。……以前のような関係には戻れないが、お前との繋がりを断ちたくないんだ。ムシのいい話だが、これからも来てくれるか?」
少し迷ったが、僕は小さく頷いた。
サイさんは多少なりとも、まだ僕を疑っているのだろう。また笑い合える間柄には戻れないだろう。だけど、僕もサイさんとの関係を失いたくない! 赤の他人に戻りたくない! たとえ歪な関係であったとしても…。
サイ「…ん。」
サイさんが、ぶっきらぼうに右手を差し出したされたので、僕も右手を出し、握手をした。
ぎこちないながらも和解する事ができ、少し心が軽くなった。
だけど…、僕はチラリと店の奥を覗く。
サイ「…ああ、サヤか。悪いがそっとしといてくれ、俺からも近付けさせないようにするからよ。」
そうだよな、サヤちゃんは大事な友達を失ったんだ。ましてや、犯人と噂される僕に対しては良い感情を持たないのが普通だ。
僕は頷くと、本来の目的であった買い出しのメモをサイさんに渡し、野菜を用意してもらった。サイさんを見てると懐かしい光景を思い出してしまい、胸が締め付けられた。
サイ「ほら、結構重いぞ。」
そう言い、野菜が入った袋を渡された。
サイ「…また、来いよな。」
神妙な面持ちだ、サイさんが何を考えているのかわからない。人の心を読む事なんて出来やしないのだから…。でも、サイさんが僕にもう一度チャンスをくれたように、僕も応えていきたい。
買い出しを終え、店に戻るとルーガさんが先に仕込みを始めていた。
ルーガ「お帰り。無事に買えたかい?」
肉の筋を切っていたルーガさんが、こちらに顔を向ける。
僕はお辞儀をして感謝の意を示した。
ルーガ「そうか、よかったね。仲直り出来て!」
笑顔で言われる。仲直りという表現は合ってないかもしれないが、険悪だった頃に比べれば良好な関係だろう。
そして、僕もすぐに手を洗い終え、仕込みを手伝う。自分では気づかなかったが、僕はウキウキしていたようでニヤけながら仕込みをしていて、指摘されるまで自分の表情がわからなかった。
営業を開始し、お昼時になると店内が賑わってきた。騒がしくなった店内に、また一つ、チリーンと入口の鐘が鳴った。
ルーガ「いらっしゃ……。」
ルーガさんの声が消えそうになる。
気になったので視線の先を伺うと、入口の男性を見て、驚いた顔をしている。
男性は黒髪で、顔はあどけなさが残るアジア系の顔だ。スラッとした韓流アイドルみたいな体つきをしている。歳は24歳以下かな、僕より年下な印象を感じた。
男性「ルーガ! 君は一体何をしているんだ!?」
店中に響く声で男性は叫んだ。突然の大声に皆、話しを止め、声の主に注目する。
ルーガ「…ファスト、突然何だい?」
どうやら男性の名前はファストというみたいだ。僕も仕事の手を止め、二人の会話に注目する。
ファスト「それはこっちの台詞だよ! ルーガ、その男がどんなやつか知ってるのか!?」
僕に対して、指を差してきた。
ルーガ「…どういう意味だい?」
ルーガさんの顔が険しくなり、ファストを睨みだした。
ファスト「そいつは冷血な殺人鬼だぞ! あの事件は君だって知ってるだろ!? そんなやつを雇うどころか、住ませているなんて!」
ルーガ「アンタには関係ないだろ?」
ルーガさんの声が段々と、不機嫌そうなトーンになっていく。
そして、割って入るようにチラホラと客から話し声が聞こえてくる。
「あの店の奥にいるやつがそうだぞ。」「ああ、あの事件か! 酷い事するよな。」「マジかよ! 食べちまった。何か変な物、入れてるんじゃねえのか?」「知ってたら、こんなとこ来なかったよ。」「最近、浮浪者の不審死が相次いでいるが、それもあいつがやったんじゃないか?」「ルーガのやつもグルなのか?」「確かにやりそうな顔してるよな。」「次はここがターゲットか?」
様々な声が聞こえてくる、また賑やかな店内になってきた。先程までと違い、僕に注目が集まっている。そして、懸念していた事が起きて、ルーガさんに申し訳無い気持ちと、僕なりに一生懸命仕込みをした料理を貶され悲しい気持ちが湧き上がった。
ファスト「噂を聞いて半信半疑だったが…、わかってる。そいつに脅されてるんだろ? 怖かったね、もう大丈夫だよ。」
エスコートの様に、左手をルーガさんに差し出す。
僕は惨めな気持ちで二人を見ていると、
ドゴッ!
鈍く、強い音がした。
ルーガさんが拳で、まな板を叩いた音が皆を黙らせ、店内はまた静かになった。
ルーガ「さっきから、アイツの事を知らないくせに勝手な事言って。」
まな板から剥がした拳は真っ赤に腫れ上がっていた。
ファスト「…っ。そうは言っても君も知らないだろ!? その男の事。そんな危ない奴とっとと追い出してしまえ!」
ルーガ「…確かに、私はアキラの家族とか、どこの生まれとか何も知らない。……でもね、あいつは泣いてたんだ! ファルザ達の死に。みっともなく自分の事のように悲しんでたんだ! 事情を知らないアンタ達があいつの事を語るんじゃないよ!」
ファスト「だが、ルーガ。それは演技の可能性も…」
ルーガ「営業中にいきなり来て騒ぎ立てるアンタより、マシな人間だよ、アキラは!」
ファスト「…ッ。」
ファストの顔が赤くなっていく。
ファスト「わかったよ、せいぜい気を付ける事だね。」
ファストが早足で入口に向かうと、バンッ! と扉を力強く開け、出ていった。
扉の鐘がチリーンと鳴った後の店内は、まるで御通夜の様になり、喋る者はなく、客は皆、黙々と食べ終えると、そそくさと去っていった。
客が一人もいなくなった店内で、僕は皿洗いを。ルーガさんは客が食べ終えた皿を下げていた。
ああ、しまった! マズい、僕のせいでこんな事になってしまった。わかってる、不謹慎だ。今考えるのは違う、何で気付いてしまったんだ! これからどうしたら、やはり出て行くしか、クソっ、僕はどうして…
様々な思いが頭の中を巡る。空気を読めと言われるだろう、そんな状況じゃない事も理解している、僕が招いた事態なのも承知している。だけど、僕は、僕は……、
僕は、ルーガさんに惚れてしまった。
昼の営業が終わり、休憩時間となったが気まずい。僕のせいで起こした先程の騒動のバツの悪さもあるが、それ以上にルーガさんを意識してしまい、落ち着かない。
わかっている、本来なら反省すべき立場であるし、今後について話し合うべきなんだ。だけど、確信してしまった。僕はルーガさんが好きなんだ。
理由は整った容姿か? それとも拾ってくれた恩か? 僕には持ち合わせてない明るい性格か? さっきの騒動で庇ってもらった優しさか? 僕の事なのに僕自身にもわからない。
だが、今となっては彼女の全てが愛しい、容姿も性格も、短い期間だが共に過ごした時間も、この場所も、全てが特別に見える。恋だの愛だのといった言葉から無縁の人生だったが、この感情が何なのかはわかる。これが、これこそが恋なんだ!
だけど、いつまでもこの感情に浸ってはいられない。僕は筆談でルーガさんに、出て行く旨を伝える。
ルーガ「…さっきの事かい、気にしなくていいよ。前にも言っただろ? 私がいいって言ってるんだから、いいんだよ。」
だが、これ以上迷惑をかけるのは…。と伝えると。
ルーガ「いいんだよ、それに今出ていかれたら、あれだけ啖呵を切った私がバカみたいじゃないか。フフッ。」
と、笑いながら言われたので、根拠は無いが何とかなりそうな気がしてくる。………とりあえず出て行くのは保留にしよう。
そして、休憩と仕込みが終わったので、夜の営業を開始する。
開店したのはいいが、心なしか普段より来店者数が少ない気がする。ルーガさんを見ると、少し顔が引き攣っているように見えたので、やはり気のせいでは無いようだ。
夜の部が終わり、閉店作業をする。仕込んだ食材で明日にまわせない物は賄い料理に使ったりして、食材のロスが出ないようにする。冷蔵庫もサランラップも無い世界だから保存も効かないからな。仕込んだ時間が無駄になるのもそうだが、材料費だってタダじゃない。もちろん、毎日ピッタリの仕込み量で終わるなんて事はないが、それでも、今日はあまりにもロスが多い!
時間が経てば乾燥するので、少し水気が飛び、美味しくはないが翌日の僕達の朝ご飯用にもまわせる。だが、それでもなお余る。かといって、お客さんに出せる代物じゃないし。
それほど今日の売り上げが低いのだ。明らかに昼の騒動が原因だろう。噂が広まるのがこんなに早いとは思わなかった。横の繋がりがすごいのだな。
何にせよ、対策でも立てないと。といっても、僕が出て行くのが手っ取り早いだろう。
そうすれば悪い噂も収まって解決するはずだ。閉店作業が終わり、ルーガさんに世話になった事と、出て行く旨を伝えると、
ルーガさんは、フーッ、とため息をつく。
ルーガ「…まだそんな事を言ってるのかい? もうその話は済んだはずだよ。」
それでも、僕が伝えようとすると、
ルーガ「大体、アキラが出て行ったところで客足が戻ってくるとも限らないだろう? それとも、こんな状態の私を見捨てて行くのかい?」
最後に、「責任とってよね♡」と付け加えられた。
確かに。今、僕がいなくなったところで、すぐに元通りという訳にはいかないだろう。だけど、ある程度の信頼は取り戻せると思うのだが…。
僕を置いておくメリットなんて無いのに、ルーガさんはお人好しだな。そして、それに気付かないフリして、甘える僕はとんだクズ野郎だな。
とりあえず、もう一日だけ様子を見て、それでダメだったら対策を考える事になった。もしかしたら今日だけが、たまたまお客さんの都合が悪かっただけかもしれないので。
それに、いざとなったら僕のお金を渡そうと考え、あまり問題視する事もなく、今日を終えた。




