執事とメイドの二人には婚約者になることは難しい
この話は僕と大切な彼女の話です。
僕は何があっても彼女を愛しています。
彼女が僕を愛していなくてもです。
◇
僕はある国の王子様の執事です。
王子様は優しい方で誰からも好かれています。
だから僕は王子様の執事で良かったと毎日のように思います。
さあ、今日も一日が始まります。
「王子、起きて下さい」
「もう、朝なの?」
「はい。今日は大事な方が来るんですよ。早く準備をしていただかないといけません」
「俺の婚約者でしょう?」
「そうです。隣の国のお姫様ですよ」
「そのお姫様は俺と結婚したらこの国の人間になるんでしょう?」
「はい、そうです。お姫様は自分の国を受け継ぐことはできないのですから」
「女性だからなんでしょう?」
「簡単に言えばそうですがそんなことをお姫様の前で言うことはしないようにお願いしますね」
「分かってるよ。何で性別で決めるんだろうね」
「そんな世界なのですよ」
「お前には婚約者はいないの?」
「いませんよ。僕は王子様に一生お仕え致しますので」
「俺だけ結婚するんだ」
「そんなに結婚が嫌ですか?」
「結婚が嫌なのかな?」
「まずはお姫様とお会いしてから考えても遅くはないですよ」
「そうだね」
それから王子様は正装に着替えお姫様を待ちました。
お姫様はお昼頃にいらっしゃいました。
お姫様は美しい方でした。
王子様もお姫様に目を奪われていました。
しかし、お姫様の横にいらっしゃる方も美しい方でした。
お姫様のメイドなのでしょう。
お姫様のお世話を一生懸命にしておられます。
そんな彼女が可愛いくて仕方ないのです。
僕は彼女を好きになってしまったのかもしれません。
僕の目には彼女がキラキラ光っているように見えます。
◇◇
お姫様はそれから何度も王子様に会いにいらっしゃいました。
そしてメイドの彼女も一緒にです。
彼女はお姫様から離れることはありません。
だから僕は彼女と話したことはありません。
しかし。
彼女が一人でお姫様が入っていった部屋のドアの前に立っていました。
「どうなさいました?」
「あの。いえっ。何でもないんです」
彼女はうつむいてしまいました。
「お姫様と一緒に中に入らないのですか?」
「お姫様に王子様と二人でいたいと言われまして」
「そうでしたか。それなら二人にしましょうか?」
「そうなんですが、私はお姫様から離れると何もできないんです」
「だからお姫様から離れようとしなかったのですね?」
「そうなんです。だからどうしたらいいのか分からずここにいるのです」
「それなら僕と一緒に来て下さい」
「えっ」
「あなたが気に入る場所をお教え致します」
「私は、お姫様の近くにいたいのです」
「大丈夫です。今から行く場所はお姫様がいる部屋は見えますから」
「それなら行ってみたいです」
そして彼女と僕は歩きます。
僕の後ろをうつむきながら必死に追いかけてくる彼女はとても可愛い小動物のようです。
「ここです」
「すごく綺麗です」
僕達がいる場所は中庭です。
彼女はいつもこの国に来る時、花を両手にいっぱい抱えていらっしゃるのです。
その花を頂きすぐに僕は花瓶へ入れて廊下など王子様の部屋など色んな所に飾るのです。
花を僕に渡してくれる時に彼女は花達にありがとうと言うのです。
彼女が花を好きなのはそんな彼女の花達に対しての感謝の言葉で気付きました。
彼女は中庭の花達を見て目がキラキラしています。
本当に花が好きなのでしょう。
彼女は花達にこんにちはと挨拶をしています。
そんな彼女を見ていて僕の心は癒されていました。
彼女を見ているとホッとします。
いつまでもこんな毎日が続けばいいと思いました。
王子様とお姫様は仲良くなったのでこのまま彼女もお姫様と一緒にこの国に来るのだと僕は思っていました。
◇◇◇
いつものように、お姫様が王子様に会いにいらっしゃいました。
しかし彼女の姿がありません。
彼女の代わりに見たことのないメイドがいます。
僕は彼女がいないことが気になりましたが執事の私がお姫様にそんなことを聞ける訳がありません。
彼女の代わりのメイドが私に花を渡してきました。
そして一通の手紙と一緒に。
彼女の代わりのメイドは誰にも気付かれないように私に渡してきました。
誰からなのかは予想はつきます。
いつものように花を花瓶に入れて、いつものように飾ります。
いつものように仕事をして一日が終わり、いつもはしない手紙を読みます。
【 執事様
いきなりいなくなりすみません。
私もいきなり環境が変わり困っています。
執事様にはお話を致します。
私はお姫様と姉妹だということが分かったのです。
すると王様が私をお姫様のように近い国の王子様と結婚をさせようとしているのです。
その為に私はお姫様になれるように日々、勉強をしています。
私はお姫様と同じで顔も知らない人と婚約をしたのです。
仕方ありませんよね?
そちらの中庭の花達に会いたいです。
花達に会えることを願いながら日々、過ごします。
どうか執事様も体にはお気をつけ下さい。
花のメイド 】
彼女はこの手紙で僕に何を伝えたかったのでしょう?
この国には来れない事。
お姫様と姉妹だった事。
必死に勉強をしている事。
そして婚約者ができた事。
僕には彼女が結婚したくないと伝える手紙のように感じました。
僕は便箋を机の上に出し、彼女に返事を書きました。
【 花のお姫様
あなた様はお姫様になられたのですね。
お姫様になるのは大変でしょうがあなた様なら何でも一生懸命に取り組めるので大丈夫だと思います。
あなた様はお姫様になられて嬉しいのですか?
それとも悲しいのですか?
王子様とお姫様を見ていて思ったのですが、顔も知らない方と婚約をしても幸せにはなれますよ。
いつも一緒にいればお互いが分かっていきます。
まずは相手様がどんな方なのか知ってみてはいかがですか?
あなた様はお姫様になられたのです。
国の血筋を守らなくてはいけない立場になったのです。
しかし、無理はなさらずに。
どうかあなた様も体にはお気をつけ下さい。
執事 】
僕と彼女は身分の違う二人になりました。
僕は彼女が好きです。
しかし、僕と彼女は絶対に結ばれない関係になりました。
それなら僕は彼女が幸せになる道を見つけてあげようと思います。
どうか彼女が幸せで笑顔の絶えない人生を過ごせますように。
僕は自分の気持ちに蓋をしました。
僕は王子様に会いに来たお姫様のメイドに誰にも気付かれないように手紙を渡しました。
どうかお幸せに。
もう、彼女からは手紙は来ないと思っています。
身分の違う僕に手紙なんて本当は書いてはいけないのです。
彼女はお姫様。
僕は執事。
話すことさえ許されないのです。
それほどこの世界は身分に厳しいのです。
◇◇◇◇
「彼女はどうしてるんだろうね」
ある日の朝、僕が王子様を起こしにいくと王子様は起きていてそう僕に言ってきました。
「彼女とは? どこのどなたでしょう?」
「お姫様と一緒に来てた最初のメイドさんだよ」
「あっ、彼女ですか」
「お姫様が言ってたけど彼女は妹なんだって言ってたよ」
「そうでしたか」
「彼女も顔も知らない人と婚約したんだって」
「そうでしたか」
「お姫様が彼女は可哀想だって言ってたよ」
「そうでしたか」
「彼女は毎日、必死に勉強してるんだって。お前の為に」
「そうでしたか。…………僕の為に?」
「彼女はここの中庭にまた来たくて勉強してるんだって」
「この国の中庭ですか?」
「お前が教えてくれた中庭だってお姫様が言ってたよ。お前達いつも中庭に二人でいたよね?」
「それは彼女が花が好きだったので僕がご案内をしていたのです」
「そんなの一回でいいでしょう? お前は彼女と一緒にいたかったんじゃない?」
「そんなことはありません。彼女と僕は身分が違います」
「今は身分が違うけど、前は同じだったでしょう?」
「今も昔も僕は彼女のことを好きではありません」
「何で隠すの?」
「隠してなどいません」
「お前はそれでいいの?」
「……はい」
これでいいんです。
僕は彼女を好き……じゃないのです。
◇◇◇◇◇
いつものように王子様に会いに来たお姫様と一緒にメイドがいらっしゃいました。
いつものように花を受け取ります。
するとまた手紙を渡してきました。
もう彼女からは来ないと思っていた手紙です。
いつものように仕事を終わらせ自室で手紙を読みます。
【 執事様
書くのはやめようと思ったのですがどうしても執事様の質問に答えたかったのです。
私はお姫様になって悲しいです。
私に自由はなくなりました。
私の姉は何故そんなに幸せそうにしているのか分かりません。
執事様が言うように顔も知らない方を知ろうと一度、会いました。
優しい方でした。
しかし、私の心はそちらの中庭に向いていて婚約者を見ようとしないのです。
だからもう一度だけそちらの中庭に行きたいのです。
必ず行きます。
そして執事様に中庭へ私を案内してほしいのです。
それまではどうか体にはお気をつけ下さい。
花のお姫様 】
彼女がここに来れるのでしょうか?
もし彼女がここに来たら僕の蓋をしたはずの気持ちが抑えられなくなるかもしれないです。
どうか彼女への気持ちの蓋が外れませんように。
どうかそれだけは…………。
僕は彼女へ返事は書きませんでした。
そうすれば彼女は僕のことも中庭のことも忘れるでしょう。
しかし、僕の考えは甘かったのです。
◇◇◇◇◇◇
「執事様」
僕は声がした方へ振り向きます。
そこには僕が会いたくて仕方ない彼女が笑顔でいました。
彼女への気持ちの蓋は簡単に外れました。
「どうしてあなた様がおられるのですか?」
「必ず行きますと言いましたよね?」
「でも僕は返事を書きませんでしたよ?」
「だから心配になって来ました」
「えっ」
「執事様が体を悪くしたのではないかと心配したのです」
彼女は僕の体の心配をしたから来たと言うのです。
僕が返事を書かなかったのは彼女に来てほしくなかったからなのに、彼女は逆に来てしまったのです。
「ここに来てはダメです。どうか今日の所はお引き取り下さい」
「執事様。聞いて下さい」
「はい。なんでしょうか?」
「私は明日、正式に近くの国の王子様と婚約します。今日が最後の私の時間なんです。明日からは自由なんてありません。どうか今日だけここの中庭で最後の時間を執事様と過ごしたいのです」
彼女は自分の立場を理解したのでしょう。
彼女には婚約という現実から逃げられない。
それなら今日が最後の日。
好きなことをしたいのでしょう。
彼女の最後の時間を僕は一緒に過ごしてあげようと思います。
「いいですよ」
「嬉しいです」
彼女は本当に嬉しそうに笑いました。
僕は彼女を中庭へと案内します。
彼女の歩幅に合わせてゆっくりと横に並び歩きます。
彼女はニコニコと嬉しそうに前を向いて歩いています。
「今日はお姫様の好きな花をお持ち帰り下さい」
「いいのですか?」
「はい。僕からの婚約のお祝いです」
「ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそこの庭の花達を愛して下さりありがとうございます」
「私はここにいる全てを愛しています」
「本当にお姫様はここがお好きなんですね」
「そうです。大好きです」
彼女の笑顔は眩しくて僕は目を細めてしまいました。
なんて美しい方なのでしょう。
彼女の笑顔を僕は忘れることはないでしょう。
「どの花をお持ち帰りなさいますか?」
「私はチューリップでいいです」
「チューリップはお姫様の国でも咲く花ですがもっとこの国だけしか咲かない花ではなくて宜しいのですか?」
「私はチューリップが一番好きなのです」
「そうですか。それでは全ての色を差し上げます」
「全てですか?」
「はい。赤色。白色。ピンク色。黄色。紫色。全てです」
「嬉しいです。チューリップの花言葉を知っていますか?」
「いいえ。僕はそこまで花のことは詳しくありませんので」
「そうなんですね。執事様が花言葉を知っているのなら私は嬉しくてここから離れられなくなるところでした」
彼女は苦笑いをしました。
彼女は迷っているのかもしれません。
このままここにいたい気持ちが心を支配しようとしているのかもしれません。
それなら僕は彼女の為に言葉にしましょう。
「お姫様はここにおられるべきではありません。ここにあなた様の幸せはありません」
僕は彼女の目を見て言いました。
彼女の心をここに留めておくことはできないのです。
彼女は婚約者と幸せにならなくてはいけないのです。
「そうですよね。私には血筋を守るという立場がありますから」
「お姫様なら大丈夫です。必ず幸せになれますよ」
「執事様がおっしゃるのなら私は私を信じます」
彼女は僕に笑顔を見せてくれました。
彼女の笑顔からは迷いはなくなったように見えます。
どうかいつまでもお幸せに。
彼女が花達にお別れを言っている間に僕はチューリップを用意しました。
色とりどりのチューリップ達。
「準備ができました」
「やっぱりチューリップは可愛いお花ですね」
「そうですね」
僕は彼女へ花を渡します。
その時、彼女の手に触れてしまいました。
しかし、彼女は嫌がらず僕の手を握ってきました。
僕も彼女の手を握ります。
これが最後なのです。
これが彼女に触れられる最初で最後なのです。
僕達はチューリップをお互いに見ながら少しの時間、手を握りながら過ごしました。
本当に少しです。
もしかしたら十秒もなかったのかもしれません。
それでもいいのです。
その十秒が僕達には一生に感じたのです。
そして彼女は帰っていきました。
本当はチューリップの花言葉を僕は知っています。
赤色は愛の告白。
白色は失われた愛。
ピンク色は誠実な愛。
黄色は望みのない愛。
紫色は不滅の愛。
そして全てを合わせて、永遠の別れです。
花言葉には色々ありますが彼女が僕に伝えたかったことはこれらの愛だと信じています。
僕も同じ気持ちだとあの時、手を握った時に伝わっていればいいなと思います。
それから私のお仕えしている王子様はお姫様と結婚しました。
それは盛大な結婚式でした。
結婚式には彼女も来ていましたが彼女の隣には婚約者がいました。
彼女は幸せそうにその婚約者に笑いかけています。
幸せならそれでいいのです。
僕も彼女が幸せなら幸せです。
どうかいつまでもお幸せにお過ごし下さい。
◇◇◇◇◇◇◇
「ひつじさん」
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
「このお花のお名前は?」
「この花はチューリップと申します」
「可愛いお花だね。このお花、好き」
「僕もですよ」
小さなお嬢様はそう言って笑顔を見せてくれました。
どこか僕の大切な彼女の笑顔に似ているお嬢様。
お嬢様は僕のお仕えしている王子様とお姫様からお生まれになった方です。
お嬢様はとても可愛いらしい方です。
僕の大切な彼女は結婚をして王子様が生まれたと聞きました。
彼女は幸せなのでしょう。
だから僕も幸せです。
それに僕には彼女の好きなチューリップが咲く中庭があるからです。
そして僕は誓います。
この小さなお嬢様をずっと守っていくと。
どこか僕の大切な彼女に似ているお嬢様を一生かけて守り抜くと。
読んで頂きありがとうございます。
読んで頂けただけで幸せです。
明日の作品の予告です。
明日の作品は聖女と呼ばれる幼馴染みを主人公だけは呼ばない。
それは何故なのでしょうか。
気になった方は明日の朝、六時頃に読みに来て下さい。




