第9話 いざ実食
「さすがにキノコは危ないわよね……」
木陰の苔の隙間から生える、赤と黒のまだら模様の毒々しいキノコを眺めながら、柚月さんが呟いている。
「さすがにそれは……」
キノコは触るだけで皮膚がかぶれたりするヤツがあるって聞くし、かなり危険だ。ましてやここは異世界なのだ。キノコ型の魔物が出ないとも限らない。
「地球でも毒キノコはいっぱい種類があるし、やめとこうか」
「……そうだね」
名残惜しそうにする柚月さんの手を引いて、また森の中の探索を進める。あれから本格的に食料を探すべく森の中をさまよっている。昨日までなんとなしに歩いていた時と違い、探してみると木の実やキノコ類はすぐに見つかった。
「あ、ここにも木の実があるよ」
「ホントだ」
手を伸ばしてゴルフボール大の木の実を手に取ってみる。今度のは実がポロリと取れた。前回の木の実はどんなに力を入れても、接着剤でくっついているかのように枝から外れなかったのだ。
さて、今度のはどうだ――
「いだだだ! 痛い痛い!」
慌てて木の実を振り払うと地面に叩きつける。
「だ、大丈夫!?」
手をよく見ると歯型が付いている。血は出てないようで安心した。
「な、なんなんだこの実は……」
地面に落ちた実を観察してみると、ぱっくりと木の実に裂け目が入って、口のようにいびつな歯が並んだ穴が空いていた。がじがじとしばらく動いていたかと思うと、しばらくして口がピタリと閉じられる。
「き、気持ち悪い……」
柚月さんが顔を青くして後ずさっている。
つま先でつついてみるが何も反応しない。ずっと手で持つなりして刺激を与えないとダメなんだろうか。いや、口を開いて欲しいわけじゃないけど。
「ふーむ」
柚月さんから借りている杖を手に持つと、魔力を杖の先端に込める。
とっさに閃光の魔法が使えたほうがいいとのことで、杖は俺が持つことになったのだ。そして枯れ枝などに着火することのできる火の初級魔法も、俺は使えるようになっていた。
「ファイアー!」
我慢できなくなってきている俺は、ヒャッハーとばかりに叫ぶ。
「えっ、ちょっと、何してるの……?」
もうさっきから腹が減りすぎてお腹がぐるぐるしてるんだ。いきなり噛みついてくるとかマジ腹立つ。食われるということはどういうことなのか思い知らせてやらねばならないようだな。
「火を通せば大丈夫なんじゃないかと思って」
「いやいやいや、だって、噛みついてきたんだよ!?」
必死に止めようとする柚月さんだけど、俺はもう止まれない。香ばしいにおいも漂ってきた気がするし、何が何でもこの木の実を食ってやる。
「大丈夫だって。俺が先に毒見するから。無理して食べなくてもいいし」
「そういう問題じゃなくて!」
どういう問題なんだろうか。ここは異世界なのだ。噛みついてくる木の実なんて当たり前の存在かもしれない。地球にだって食虫植物はいるんだし。
「ほら、いい匂いしてきたよ」
「だから……!」
二人であれこれ言い合っていると、火で炙っていた木の実から『パキッ』と音がした。どうやら皮が破けたようだが、同時に甘い匂いのする湯気が漂ってきた。
ごくりと喉を鳴らす音が隣から聞こえてきた気がするけどスルーしておこう。
「そろそろいいかな……」
匂いに負けたのか、柚月さんはもう何も言葉にしない。
火を消して杖を腰のベルトに引っ掛けると、湯気を上げる木の実をつまんでみる。
「あちち」
さすがに火を通したからか、もう噛みついては来ない。ゆっくりと皮をむいてみると、上半分が白くほくほくした実になっていて、下半分は黒っぽい塊だった。だけど黒い部分はかなり脆いようで、皮をむいた拍子にほとんどがちぎれて地面に落ちてしまう。
「あぁ、もったいない」
鼻を近づけて匂ってみるが、甘くておいしそうな香りしかしない。
「ホントに食べるの?」
柚月さんが念を押すように聞いてくるけど、もう俺は止まれないのだ。
「きっと大丈夫だよ」
言葉と共にかぶりつく。もきゅもきゅと咀嚼していると、芳醇な甘みと香りが広がっていく。
「やべー、美味すぎる……」
ゴクリと飲み込むと、残り半分になった木の実をそのまま口に放り込む。
羨ましそうにこっちを見る柚月さんに、食べるかどうか聞かずに口に入れてしまったことに罪悪感を覚えるがもう手遅れだ。
「ど、どう……?」
恐る恐る聞いてくる柚月さんに、口の中の木の実を飲み込もうとした瞬間だった。
「うげえええぇぇぇ!」
いきなりきた嘔吐感に、たまらず胃の中身をぶちまけてしまう。
なんだこれ……、すげー気持ち悪い。もしかしてこの木の実って毒だったのか。
「大丈夫!?」
あまりの気持ち悪さに立っていられなくなってしゃがみこむ。必死になって背中をさすってくれる柚月さんだが、それどころじゃない。
「おええぇぇ……」
出るものもなくなったけど嘔吐感がおさまらない。やべーぞこれは……、今のところ吐き気以外に何もないけど。
「水本くん、手を出して!」
嘔吐感に堪えながら手を出すと、いつの間に俺の腰から杖を引き抜いたのか、柚月さんがウォーターで水を生み出してくれる。
口の中をゆすいで、勢いよく水を飲む。だけど吐き気はおさまらない。水を吐き出しつつ飲んでをしばらく繰り返していると、ようやく収まってきた。
「はぁ……はぁ……。だいぶ……、マシになってきたよ……」
「よかった……」
息も絶え絶えに返事をすると、涙目になった柚月さんに肩を抱き寄せられた。
だけどこれはよくない傾向だ。……マジで食えるものがない。
柚月さんのぬくもりを感じながらも、絶望がすぐ隣に居座っているように感じられるのだった。