第425話 パニック
特に誰からも試合開始の合図がかからなかったので、全身に魔力を行き渡らせて身体強化を施しながらギルドマスターのウォークランドへと無造作に歩いて近づいていく。
近づいていくにつれ、ウォークランドの笑みが徐々に消えていく。そしてお互いの距離が五メートルを切ったところで、ついにウォークランドがしびれを切らしたのか攻勢に出た。
「はっ!」
気合の声と共に踏み込んで右の貫手を放つが、手が伸びてくるのを見てから左に半歩ずれて躱す。そしてがら空きになった右わき腹へと手を添えるように軽く掌底を放った。
なんとか身をよじって躱そうとするウォークランドだが、反応が遅かったようで間に合わず衝撃で十メートルほど吹き飛んでいく。空中で身を捻るが着地は四肢を地面についてから数メートルほど滑って止まった。
追撃せずに待っていると、ウォークランドが満面の笑みを浮かべて立ち上がる。
「強ぇな! こりゃわしも本気出すか!」
言葉と共に魔力が膨れ上がり、ウォークランドの顔がより獣っぽく変化していく。手も体毛で覆われて鋭い爪が伸びてきた。体格も一回り大きくなっている。何かのスキルっぽいが、全体的にパワーアップした感じがする。
野次馬の声を拾ってみれば、どうやら『獣化』というスキルらしい。かなりパワーアップするとのことなので、俺も身体強化に注ぐ魔力を増やして倍率を上げた。
「行くぞ!」
わざわざ宣言してからウォークランドが突っ込んできたが、結果はさっきと同じである。十五メートルほど吹っ飛ばされると着地に失敗してごろごろと転がるが、途中で跳ね起きると元気に着地した。
「頑丈だなぁ」
「わっはっはっは! シュウと言ったか! 合格だ!」
思わず漏れた言葉にウォークランドが笑い出すと、機嫌がよさそうに宣言する。
「うおおおお! すげーなあいつ!」
「ギルマスが負けるなんて!」
「次はおれだ!」
「いやわしじゃ!」
野次馬たちも興奮したように騒ぎ出すが、ここには脳筋しかいないんだろうか。
「やかましい! 次はそっちの嬢ちゃんだ!」
一喝して黙らせると、今度は莉緒を指名する。
どうやら俺の番は終わったようなので、莉緒たちがいる場所まで戻ってきた。
「お疲れさま」
「ああ、ありがとう。……まぁ脳筋っぽいから力押しでいけそうかな」
「あはは!」
何かアドバイスしようかと思ったけどあんまりいい言葉が浮かばなかった。だって脳筋なんだもの。
「お兄ちゃんカッコよかった!」
「わふわふ!」
みんなから労われていると、莉緒が訓練所の中央へと進み出る。
「なんだ、もしかして嬢ちゃんも格闘とか言わんだろうな」
武器を持っていない莉緒を見てウォークランドが眉を寄せる。
「私が得意なのは魔法なので」
「ほう、そうか。だが手加減はせんぞ」
莉緒の答えを聞いてニヤリと笑みを浮かべるが、言葉通り手加減する気はないのだろう。獣化を解く様子はないから、一気に間合いを詰めて接近戦に持ち込むつもりなのかもしれない。普通の魔法職は接近戦は苦手だけど、莉緒も例外ではない。魔法と比べれば劣るのは事実なのだ。
「それでは始めるとしようか」
今度は律儀に開始宣言をすると、さっきと同じように全力で莉緒に突っ込んでいく。が、ほぼ同時に莉緒も大量のアースニードルをウォークランドへと放っていた。
何百、何千という数のアースニードルである。直径一メートルほどの範囲に凝縮されたそれは、莉緒から円柱がウォークランドへ撃ち出されたように見える。
「うおっ!?」
なんとか躱すウォークランドだったが、莉緒が発射方向を変えてウォークランドを追尾する。躱し続けないといけなくなったウォークランドが弧を描くようにして移動するが、莉緒にはなかなか近づけない。
「お、おい、こっちくるぞ」
「ちょっ」
「逃げろ!」
気が付けばウォークランドの背後に野次馬が位置するようになっている。にもかかわらず容赦なく魔法を撃つ莉緒である。そんなに慌てなくても俺が空間遮断結界を張ってるから大丈夫だが、透明なので野次馬が気づけるはずもない。
「チッ」
魔法が途切れると思ったんだろうがそうはいかない。それに気づいて意識を逸らした一瞬のうちに莉緒が次の魔法を発動する。ウォークランドを挟み撃ちするように、逃げる先の地面から勢いよく土の柱が生えてきた。『ずどん』という音がしたかと思うと、避け切れずに盛大に空に打ち上げられていた。
「おー、しぶといなぁ」
見上げれば空中で体勢を整えようと身をよじっているのが見える。
莉緒もそれがわかったのだろう。人差し指を天に向けると魔力を集めて勢いよく振り下ろした。同時に魔法が発動し、空気を圧縮した見えないハンマーが生成されて振り下ろされると、ウォークランドへと叩きつけられる。
さすがに空中では避けることは叶わず、盛大な衝撃音を響かせて魔法を受けると、そのまま地面へと叩きつけられた。
あたりには土煙が舞っていて様子は見えないが、どうやら動く気配はなさそうである。パニックになっていた野次馬も一部逃げ出したようで数が減っていたが、訓練所の入り口あたりに固まって静かにこちらを振り返っていた。




