第400話 報復
ニナの治療はすぐに終わった。どうやら腹部に強い衝撃を受けていたらしく、そのまま放置しておいたら危なかった。
「もう大丈夫だ」
「ニナ!」
「ニナちゃん!」
地面に横たわっていたニナへ翳していた手をどけると、フォニアが安堵のためかまた泣き出した。他の孤児たちも集まっており、心配そうにニナを覗き込んでいる。
「はぁ、一時はどうなるかと思ったけど……、治ってよかったな」
「イヴァン兄……、ぐすっ」
同じく安堵の息を付きながらイヴァンが頭を撫でると、フォニアはぐりぐりと頭をイヴァンに押し付ける。
「それで、何があったの?」
ニナを抱きかかえると、莉緒が集まった孤児たちに事情を聴いていた。
どうやら何人かでお使いに行った帰りに運悪く、通りすがりの冒険者に蹴り飛ばされてしまったらしい。
とはいえここは道のど真ん中だ。ニナを抱えたまま長時間話を聞くわけにもいかず、俺たちは一旦孤児院へと戻ることにする。
大人しい孤児たちだと思っているが、何か気に障ることでもあったのか。それとも単に冒険者の虫の居所が悪かったのか。
「どんな冒険者だったの?」
孤児院に戻ってニナをベッドに寝かせると、改めて孤児たちに詳しい話を聞いた。
「怖かった」
「怒ってた」
「ブツブツ言ってたよね?」
「なんやねんって言ってた」
最後の一言でだいたいわかった。
「よし、アイツら全員ぶっ飛ばす」
例の方言を喋る奴らは全員敵認定していいのかもしれない。
「そうね。みんな海に沈めてあげようかしら」
莉緒が言ってるのは沖にあった船だろうか。
「ちょっと待ったぁ!」
さっそく報復に向かおうとした俺たちを止めたのはイヴァンだ。
「なんだよ」
不機嫌そうに言い返すと目を細めてイヴァンを見上げる。
ここまでされて黙ったままでいられるわけがない。
「そんな曖昧な証言だけでやり返しに行って大丈夫なのか?」
何か理由でもあるのかと思えば、イヴァンから返ってきたのは思ったより常識のあるものだった。
とはいえ。
「大丈夫に決まってるじゃない」
莉緒がこともなげに言い切る。
「ええ?」
「Sランクに文句を言ってくる奴はいないから大丈夫だ」
困惑顔を見せるイヴァンに自信満々で答えてやる。文句を言いたい奴はいっぱいいるかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
「……えぇぇぇ?」
「それに、奴らはフォニアを泣かせたんだ。許せるわけないだろ」
「……そこは同感だが」
逡巡した様子を見せるが、やはりフォニアが泣いたという事実は何よりも重いようだ。
「じゃあ問題ないわね」
「……そうだな」
いまいち納得感を見せないが、止められないならそれでいい。微妙な表情を浮かべるイヴァンに見送られ、俺たちは孤児院を出て夕闇迫る路地を踏みしめていった。
たどり着いたそこは、港から離れた場所にある飲み屋だ。辿ってきたのは、俺たちの建設中だった拠点玄関にやってきた二人組である。虫TYPEをつけていたし、一番怪しい連中だったので真っ先にここに来たというわけだ。
猥雑な路地にある、低価格帯だがそこそこ賑わっている店だ。狭い店内だが席は八割ほど埋まっていて、それなりに売れていそうではある。
店の雰囲気に似つかわしくない俺たち二人が入ってきたからか、集めた視線がなかなか外れない。店員も歓迎する気はないのか何も声を掛けては来ないようだ。それはそれで、俺たちの足を止める奴らがいないので楽でいい。
「あ?」
「なんや?」
奥のテーブルに座る二人組の前で仁王立ちになると、自分たちには関係ないと思っていた二人組の目が鋭くなる。
「孤児院の前でニナって女の子を蹴り飛ばしたのはお前か?」
目の前の男に尋ねつつ、念話でイヴァンに確認を取る。虫TYPEが付いているので、タブレットを持たせたイヴァンが孤児たちに見せているのだ。さすがに小さい子から伝え聞いた言葉だけで判断するつもりはない。
「なんやて?」
「ニナ?」
俺たちの質問にお互い目を合わせる男二人だったが、こっちを振り返ったときには顰め面に変わっていた。
「だったらなんやっちゅーねん」
「んなガキのためにここまで来たんかい」
『こいつらで間違いなさそうだ』
そんな些細なことで邪魔するなと言いたげだが、ちょうどイヴァンからも結果が返ってきた。
「とりあえずぶっ飛んで来い」
確認さえ取れれば大人しくしている理由はない。
「おいおい、喧嘩なら外――」
横から文句が割り込んできたが無視すると、無造作に男へと近づいて両手で掌底を放つ。同時に莉緒ももう一人の男に向かって魔法で衝撃波を放っていた。
「「ぐぼべらっ!」」
二人そろって潰れた鳴き声を漏らすとぶっ飛んでいき、木造の壁を突き破って路地へと転がり出る。
後ろでガタガタと椅子を蹴倒す音と悲鳴が聞こえてくる。店内で飲んでいた他の奴らの何人かが臨戦態勢に入ったようだ。
しばらく待ってみるも、ぶっ飛んだ男たちが立ち上がる様子はない。どうやらたったあれだけで気絶したようだ。クソ弱ぇくせに女の子を蹴り飛ばすとか馬鹿じゃねぇの。いや強くても蹴ったらダメだが。
「……もう終わり?」
「みたいだな」
莉緒も拍子抜けした様子だけど、それが逆に俺たちを冷静にさせたのかもしれない。
「……帰るか」
「うん」
来た時と同じように無言で店の入り口へと歩いていく。店内には文句を言う人間は存在せず、俺たちは何事もなくたどり着いたのでもう一度振り返る。
短い悲鳴が返ってきた気がしたが、それを無視して口を開く。
「邪魔したな。文句があるならSランク冒険者の柊が聞いてやるからギルドに来いと、あいつらに伝えておいてくれ」
異空間ボックスから大金貨を一枚取り出すと、カウンターの内側にいる店長らしき人物に放り投げると。
「じゃあな」
受け取るのも確認せずに飲み屋を後にした。