第398話 露店巡り
降り立った場所は平民街といったところだろうか。土や石を積み上げて作った家が多く、ちらほらと木造の建物も見える。裏が小高い丘になっていて、人通りも少ないのだろう。
「大通りのほうに行ってみるか」
周囲の視線が切れたところで光学迷彩の魔法を解除すると、人がいる方向へと歩いていく。たまに通行人とすれ違うが、特に注目されることもないようだ。
「なにこれ……」
「なんだろうな……」
だんだんと人が増えていき、そろそろ大通りに出るなといったところにそれはあった。
体の大きさに比べて大きいサイズの足の裏が見えるように前に向けて座った像だ。細い釣り目で笑顔を浮かべているが、デフォルメされているはずなのになんだか不気味だ。
「あー、うん、まぁいいか。それよりも……」
すごくいい匂いが漂ってきている。
「へぇ、露店がいっぱいね」
大通りへ出るととても賑わっている。ざっと見渡した限りだと人族しかいなさそうだ。時折耳に入る会話はぜんぶ訛っているせいか、別世界に来たみたいに感じる。
妙な像もちらほらと見かけるが、気にしないようにしよう。
「タコ焼きの露店多すぎねぇ?」
「え? イカ焼きってイカの丸焼きじゃないの?」
「タコせんってなんだ」
匂いに釣られて露店をめぐるが、知らないものがたくさんある。めちゃくちゃ買い食いしたくなったけどここは我慢だ。
買い物客も何人か観察していたが、やっぱりというか通貨が異なっていたのだ。
「なんや兄ちゃん、買うていかんのか」
「いやぁ、今手持ちがなくて……、すみません」
不意に掛けられた露店のおっちゃんの声に思わず苦笑が漏れる。買う気がないのにいい匂いに釣られてか、タコ焼き屋のおっちゃんの手さばきに見とれてしまった。
生地が流し込まれたタコ焼きプレートだが、ある程度火が通ってから串を入れていくだけで、次々とひっくり返されていく様は魔法を見ているようだった。
まさかとは思ったけど、さすがにタコ焼きのスキルは持っていなかった。
「そらいかんでぇ。甲斐性あるとこ見せんと、彼女に愛想尽かされてまうで」
「えーっと」
大きなお世話だと思いつつも、咄嗟にどう返していいのか思いつかない。
「ほれ、これでも食って元気出しぃな」
差し出されたのは二つのタコ焼きだ。薄く削った木の器に入れられて、長い木串が一本刺さっている。ちょっと太めの串なので微妙に違和感があるが、まぎれもないどこかで見たことのあるタコ焼きに見える。
マヨネーズはなかったが、掛けられたソースの上に鰹節のような削り節が踊っていて、新たな食材の予感に心も踊ってくる。
「いいんですか?」
値段を見れば十個で十ジルと書かれている。二個で二ジルか。いまいち高いのか安いのかよくわからない。
「ええよええよ、美味いもん食ってみんなハッピーになったらええ。がはははは!」
何も買わずにじっと見ているだけの俺たちに文句があるのかと思いきや、一転して気のいい笑い声をあげる。
「じゃあいただきます」
ひとつ口に入れると器を莉緒に手渡す。
外はカリッとしていて中はトロッとした、まさにタコ焼きだ。鰹っぽい出汁が効いていてめちゃくちゃ美味い。
「美味いやろ。次はちゃんと金払うて買うてってや」
「はい、ありがとうございました」
おっちゃんにお礼を言うと、大通りの散策を莉緒と二人で再開する。
「すごく美味しかったわね……。むぅ、どこかで手持ちの素材買い取ってくれないかしら」
「冒険者ギルドみたいなところがあればいいんだけどな」
あるかどうかもわからないギルドも気になるが後回しだ。それに美味そうな屋台が多すぎて、思わず目的を忘れそうになる。素材が現金化できれば買い物ができるようになるが、優先度は低い。
「とりあえず港のほうに行ってみるか」
大型船がたくさんこの島からアイソレージュに向かって出航したのであれば、港で話題にならないはずがない。露店の観察を控えめにしつつ、港のある西へと足を向けた。
「おお、でかい」
港へとやってくると、その大きさに圧倒される。海岸沿いに桟橋が続いているが、端っこが見えないくらいだ。沖には立派な防波堤もあって、港内側の海は穏やかだ。
港の中にも露店が出ていて、さすがにここは海産物を売っているお店のほうが多かった。とはいえタコ焼き屋の屋台がないわけでもない。
「でもさすがに巨大魚は見かけないわね」
「だなぁ。巨大魚生息エリアは乗り越えられるだけで、仕留めることはできないのかも?」
「でも、そんなもの獲れなくてもこの街って食材多かったわよね」
そうなのだ。アクセサリーや日用品の露店も見かけたけど、ほとんどが食材を扱っている店だった。それに食材だけがやけに値段が安かったのもある。巨大魚なんて仕留めたところで、割に合わないくらいに安かったりするのかもしれない。
「ええとこに気が付いたな、坊主。都会は初めてか?」
莉緒とこの街についていろいろと話していると、横からガタイのいい爺さんが話に入ってきた。
「え、あ、そうですね。美味しい食べ物がいっぱいで驚いてます」
子ども扱いされるのも慣れたものだったが、坊主呼びはちょっと懐かしさを感じる。師匠に呼ばれて以来かもしれない。
にしてもここって都会だったのか。
「せやろ。やけどそのせいで人が増えすぎてなぁ。なんでも偉い人が新天地を探しに軍を派遣したっちゅー話や」
「へぇ……」
それよりもその話は一番聞きたかったヤツじゃねーの。どうもこの国にはおしゃべりな奴が多いらしい。