表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

423/454

第396話 故郷の味

 男の名前はサムエルと言うらしい。グレーの髪をした、これと言って特徴のない男だ。話す言葉以外は。


「え、Sランク……。ホンマにおるんや。すげぇ」


 自己紹介をしたら疑いもせず素直に信じてくれた。

 今まで胡散臭い目で見てくる奴らが多かっただけに、こうまで第一印象の悪くない冒険者は珍しいかもしれない。むしろいい奴とすら思えるくらいだ。


「まぁ立ち話もなんだし、座ろうか」


 異空間ボックスから椅子とテーブルを取り出すと、サムエルにも勧める。

 目を丸くしてしばらく動かなかったが、椅子に座ったまま仕留めた獲物の血抜きを魔法でやり始めると、びっくりしたのか尻もちをついて地面に座り込んでしまった。

 高ランクの魔物にもなると血液にも需要があるものがいるが、こいつはたぶん大丈夫だろう。鑑定結果にも出ていなかったし。


「どうせなら椅子に座ればいいのに」


「え、あ……、はい」


 声を掛ければいくらか復活したようで、ぎこちない動きで椅子へと腰掛ける。


「これがSランクなんか……。はは……」


「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着いて」


 木のカップに氷を魔法で作り、ポットから熱い濃いめのお茶を注げばアイスティーの完成だ。ついでに茶菓子の入った籠も取り出してテーブルの上へと置く。情報を聞き出すために大盤振る舞いだ。


「ああ、えらいおおきに」


 まだ緊張は抜けきっていないようだが、ぎこちなく手を伸ばしてカップを手にすると一口すする。


「はぁ……」


 大きくため息を吐くと手の中のカップに視線を落としている。

 ついさっき魔物に殺されそうになったところだ。落ち着く時間は必要かもしれない。


 莉緒も森の奥から仕留めた魔物を魔法で持ってくると、同じように血抜きを始める。椅子に座るとカップを取り出して、テーブルの上に置いてあったポットからお茶を注ぐ。


「なんだか力尽きてそうね」


 お茶を一口すすったあとに出てきた言葉に肩をすくめていると、サムエルが顔を上げてこちらに視線を向ける。


「ああ、えーと、すんません」


「別に謝らなくてもいいさ」


「おやつでも食べれば元気が出るかもね」


 見本でも見せるようにして二人でテーブルにある茶菓子をつまむ。しっとりとしたフィナンシェが口の中に広がって幸せである。手軽に摘まめるお菓子となると、この世界にはあんまり存在しない。せいぜいが焼き菓子くらいだろうか。

 フィナンシェは日本で仕入れたものだけど、包装紙なんかは全部とっぱらっているので問題ない。


「……ほんなら、一ついただきます」


 遠慮がちに手を伸ばして口に入れると一瞬だけ動きが止まる。が、そのあとで猛然とフィナンシェをがっつき始めた。


「な、なんやこれ……、めちゃくちゃ美味いやん……」


 うむ、さすが高級フィナンシェ。こういうときには使えるから、もっといろいろ仕入れておこうか。


「故郷で手に入るお菓子だけど、気に入ってもらえたならよかった」


 俺たちが生まれた地球でも、次元の穴を開けて行ける日本でも手に入るのは間違いない。元は海外のお菓子だった気がするけどそんなことは些細なことだ。


 故郷の話が出たからか、サムエルがピクリと反応する。ヒノマルや領主の調査でも出てこなかったからには、他に方言を話す人間も世間話程度では口を割らなかったのだろう。

 だがしかし、今や俺たちはサムエルの命の恩人である。高級フィナンシェも出してみたし、そろそろ話してくれてもいいのではなかろうか。


「サムエルの故郷にも名物の食べ物ってある?」


「え? 名物ですか?」


「そうそう。こう見えて俺たち、美味いもの探してあちこち回ってるからさ。そういう話が聞けたら嬉しい」


「あぁ、それで……」


 眉間に皺を寄せながらも苦笑するという器用なことをしつつ、視線を彷徨わせる。


「わいの地元やったら、粉もんが名物やったかな」


「粉もん?」


「ええ。お好み焼きとか、タコ焼きとか、イカ焼きなんかもあったっけ」


「へぇ」


 なんとなく相槌を打つけど、どこかで聞いたことあるやつばっかりだ。あっちの日本にも粉もんが有名な地域があるんだろうか。お好み焼き粉とか売ってそうだな。


「食べてみたいわねぇ」


「タコって、あれだろ。ここらへんじゃ海の悪魔って言われてるやつ」


「へっ? 海の悪魔?」


 どうやらサムエルは知らないらしい。そりゃ食べられてる地域じゃそんな物騒な呼び方はされないか。


「吸盤のたくさんついた足が二十本くらいある、うねうねした軟体生物だな」


「それそれ、それがタコ言うやつです」


「美味いのになぁ」


「タコってここらへんじゃ食べへんのですか?」


「ああ、そうらしい」


「え? じゃあ、タコ焼きはもう、食べられない……?」


 絶望の表情を浮かべるサムエルだったが、もちろんそんなことはない。


「どこで食えるか教えてくれるんなら、タコ獲ってきてやるぞ?」


「ホンマでっか!?」


 獲ってくるというか、すでに獲ってあるのでこの場で出すこともできるがそれは秘密だ。


「ああ。俺たちも食べてみたいしな」


「ううっ、ここまで持ってきたタコ焼きプレートの出番がついに……」


 嬉しさのあまり涙をにじませるサムエル。

 あまりものタコ焼き愛にドン引きだが、なんだか教えてくれそうな雰囲気だ。空気を壊さないように静かにしていると、サムエルがぽつぽつとどこから来たのか語りだした。

 そんなにタコ焼きが食いたいのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
名前がサムエルだと屋敷の使用人(庭師)とかぶっています。ややこしくなるので変更されたほうがいいと思います。
関西弁と粉モン推しは、評価マイナス要素でした。 日本人のうち、標準語を話せない且つ他地方出身者に関西弁の理解を強要するのが関西弁話者である。 という認識です。 なまらすげぇとか、まっつぐ行ってしだ…
別の異世界の大阪から転移してきた一家なのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ