第396話 故郷の味
男の名前はサムエルと言うらしい。グレーの髪をした、これと言って特徴のない男だ。話す言葉以外は。
「え、Sランク……。ホンマにおるんや。すげぇ」
自己紹介をしたら疑いもせず素直に信じてくれた。
今まで胡散臭い目で見てくる奴らが多かっただけに、こうまで第一印象の悪くない冒険者は珍しいかもしれない。むしろいい奴とすら思えるくらいだ。
「まぁ立ち話もなんだし、座ろうか」
異空間ボックスから椅子とテーブルを取り出すと、サムエルにも勧める。
目を丸くしてしばらく動かなかったが、椅子に座ったまま仕留めた獲物の血抜きを魔法でやり始めると、びっくりしたのか尻もちをついて地面に座り込んでしまった。
高ランクの魔物にもなると血液にも需要があるものがいるが、こいつはたぶん大丈夫だろう。鑑定結果にも出ていなかったし。
「どうせなら椅子に座ればいいのに」
「え、あ……、はい」
声を掛ければいくらか復活したようで、ぎこちない動きで椅子へと腰掛ける。
「これがSランクなんか……。はは……」
「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着いて」
木のカップに氷を魔法で作り、ポットから熱い濃いめのお茶を注げばアイスティーの完成だ。ついでに茶菓子の入った籠も取り出してテーブルの上へと置く。情報を聞き出すために大盤振る舞いだ。
「ああ、えらいおおきに」
まだ緊張は抜けきっていないようだが、ぎこちなく手を伸ばしてカップを手にすると一口すする。
「はぁ……」
大きくため息を吐くと手の中のカップに視線を落としている。
ついさっき魔物に殺されそうになったところだ。落ち着く時間は必要かもしれない。
莉緒も森の奥から仕留めた魔物を魔法で持ってくると、同じように血抜きを始める。椅子に座るとカップを取り出して、テーブルの上に置いてあったポットからお茶を注ぐ。
「なんだか力尽きてそうね」
お茶を一口すすったあとに出てきた言葉に肩をすくめていると、サムエルが顔を上げてこちらに視線を向ける。
「ああ、えーと、すんません」
「別に謝らなくてもいいさ」
「おやつでも食べれば元気が出るかもね」
見本でも見せるようにして二人でテーブルにある茶菓子をつまむ。しっとりとしたフィナンシェが口の中に広がって幸せである。手軽に摘まめるお菓子となると、この世界にはあんまり存在しない。せいぜいが焼き菓子くらいだろうか。
フィナンシェは日本で仕入れたものだけど、包装紙なんかは全部とっぱらっているので問題ない。
「……ほんなら、一ついただきます」
遠慮がちに手を伸ばして口に入れると一瞬だけ動きが止まる。が、そのあとで猛然とフィナンシェをがっつき始めた。
「な、なんやこれ……、めちゃくちゃ美味いやん……」
うむ、さすが高級フィナンシェ。こういうときには使えるから、もっといろいろ仕入れておこうか。
「故郷で手に入るお菓子だけど、気に入ってもらえたならよかった」
俺たちが生まれた地球でも、次元の穴を開けて行ける日本でも手に入るのは間違いない。元は海外のお菓子だった気がするけどそんなことは些細なことだ。
故郷の話が出たからか、サムエルがピクリと反応する。ヒノマルや領主の調査でも出てこなかったからには、他に方言を話す人間も世間話程度では口を割らなかったのだろう。
だがしかし、今や俺たちはサムエルの命の恩人である。高級フィナンシェも出してみたし、そろそろ話してくれてもいいのではなかろうか。
「サムエルの故郷にも名物の食べ物ってある?」
「え? 名物ですか?」
「そうそう。こう見えて俺たち、美味いもの探してあちこち回ってるからさ。そういう話が聞けたら嬉しい」
「あぁ、それで……」
眉間に皺を寄せながらも苦笑するという器用なことをしつつ、視線を彷徨わせる。
「わいの地元やったら、粉もんが名物やったかな」
「粉もん?」
「ええ。お好み焼きとか、タコ焼きとか、イカ焼きなんかもあったっけ」
「へぇ」
なんとなく相槌を打つけど、どこかで聞いたことあるやつばっかりだ。あっちの日本にも粉もんが有名な地域があるんだろうか。お好み焼き粉とか売ってそうだな。
「食べてみたいわねぇ」
「タコって、あれだろ。ここらへんじゃ海の悪魔って言われてるやつ」
「へっ? 海の悪魔?」
どうやらサムエルは知らないらしい。そりゃ食べられてる地域じゃそんな物騒な呼び方はされないか。
「吸盤のたくさんついた足が二十本くらいある、うねうねした軟体生物だな」
「それそれ、それがタコ言うやつです」
「美味いのになぁ」
「タコってここらへんじゃ食べへんのですか?」
「ああ、そうらしい」
「え? じゃあ、タコ焼きはもう、食べられない……?」
絶望の表情を浮かべるサムエルだったが、もちろんそんなことはない。
「どこで食えるか教えてくれるんなら、タコ獲ってきてやるぞ?」
「ホンマでっか!?」
獲ってくるというか、すでに獲ってあるのでこの場で出すこともできるがそれは秘密だ。
「ああ。俺たちも食べてみたいしな」
「ううっ、ここまで持ってきたタコ焼きプレートの出番がついに……」
嬉しさのあまり涙をにじませるサムエル。
あまりものタコ焼き愛にドン引きだが、なんだか教えてくれそうな雰囲気だ。空気を壊さないように静かにしていると、サムエルがぽつぽつとどこから来たのか語りだした。
そんなにタコ焼きが食いたいのか。