第338話 ダンジョンの攻略
『ああ、莉緒さんか。夜分遅くにすまないね』
「いえ」
受話器から聞こえる声であれば、聴力を強化すれば耳に当てていなくても聞こえてくる。
『今大丈夫かい?』
「あ、はい。大丈夫ですよ」
『よかった』
話を詳しく聞けば、パソコンのローカライズの話だった。異世界の言語を使ってパソコンで文字入力ができるようになるらしいけどよくわからない。
何にしろこちらの言葉であるブリンクス語で使っている文字を教えてくれとのことだった。すべての文字を一文字ずつ丁寧に書いてほしいそうな。
「エルもパソコンが使えるようになれるみたいだな」
「なん……だと?」
十四郎さんの話を要約するとそういうことらしい。ブリンクス語で文字が打てるようになればいろいろと捗りそうである。
「なのでブリンクス語の文字を丁寧に一文字ずつ紙に書きだして欲しいんだって」
「おまかせください」
キリっとした表情で即答するエルに思わず笑ってしまう。ま、やってくれるならお願いしよう。
翌朝冒険者ギルドに莉緒と二人で顔を出すと、ギルドマスターの執務室に来るようにと職員に呼び止められたので向かう。
「ああ、よく来てくれたネ」
促されて席に着くが、ギルドマスターはお疲れのようで大きくため息をついている。
「どうやら審議官に犯罪者認定されたようネ」
「みたいですね」
「懸賞金がかけられるけど、ギルドとしては特に何もしないネ」
他人事のように頷くが、ギルドマスターとしては頭の痛い問題のようだ。さっきからため息ばかりが聞こえてくる。
「賞金に目がくらんだ奴から襲われるかもしれないけど、できれば殺さないでいてほしいネ」
「そんな物騒なことしませんよ。たぶん」
もちろん殺す気で反撃などしない。でもまぁ、確約はできないよね。
「うむ。できるかぎりでいいネ」
一応Sランクだし、わかってて突っかかってくるやつはそういないだろう。
「あとは一日一回は連絡を取れるようにしてほしいネ」
「それだったら大丈夫です。もともと泊まりで出かける気はないので」
予備はあるとはいえ野営用ハウスを街の中に設置しているのだ。テレポートで帰ってこれるし、野営をする意味はない。
「それならよかったネ」
ちなみに審議官は、警戒レベルが2になったからと早々に帰ったそうな。これからは厄介者がいなくなって過ごしやすくなりそうだと思いながら、冒険者ギルドを後にした。
そしてやってきました。三度目のダンジョンアタックである。
「今日は最短距離で行く」
「うん。道案内よろしくね」
タブレットと剣を取り出して地図を表示させる。どうも剣で一階層の地図を表示させないと、ショートカットの道が表示されないようなのだ。
わざわざ剣の柄でタブレットをタップするのが面倒だが、ぶっ壊したロボのパーツじゃタブレットが反応しなかったので仕方がない。
「一番最初はここ」
入り口を入ってすぐの落とし穴に半分ほど落ちると、後ろの壁を詳しく調べてみる。
「ええ……?」
莉緒から信じられないといった雰囲気の声が聞こえてくるが、確かに普通こんなところに道が続いてるとは思わないよな。
「あ、あったあった」
壁にうっすらと四角く切れ目が入っていたところを押すと、ガコンという音と共に凹む。そして後ろ壁の一部がスライドドアのように開いて下りの階段が現れた。
「そんなのわかるわけないじゃない」
まさかの落とし穴の途中である。足場になるようなとっかかりは無いし、空が飛べなければ厳しそうだ。
肩をすくめながら莉緒と二人で階段を下りていく。ふと次元をまたぐ感覚がしたので二階層に到着したんだろう。
「お、さすがにショートカットすると早いな」
気配察知と空間把握を伸ばして周囲の魔物と地形を探っていく。近場にはいないようだけど、少し離れたところにモンスターハウスがあるみたいだ。タブレットで二階層の地図を確認しつつショートカットを続けていく。
罠を踏んで壁から槍が飛び出してきた穴の中にあるスイッチを押したり、落ちてくる釣り天井にあるスイッチを押したりと、ショートカットを行くにも命がけだ。
「次で最後か……」
今までの罠がひどかったので、最後だけどあんまり気分は高揚してこない。これで五階層の最奥に使えそうなお宝がなければ、しばらくやる気が出なさそうだ。
降り立った四階層の見た目は一階層と変わらない。ただ通路が二倍ほどの広さになっていて天井も高いようだ。目の前の壁にはあからさまに怪しいボタンが一つ配置されている。
「今までの罠を考えると絶対に押す人なんていないわよね」
莉緒がしみじみと呟いているけど全面的に同意だ。
「でも押さないとダメなんだよなぁ」
「……だと思った」
諦めのため息とともに莉緒が周囲に結界を張ったので、俺も結界を張りつつボタンを押す。身構えていたけど罠が飛び出してくることもなく、ボタンの横の壁に切れ目が入ったかと思うと、壁がスライドして通路が現れた。
呆気にとられながらも通路へと足を踏み入れる。何も起こらなかったからと言って油断は禁物だ。十メートルほど先にも扉があったが、背後の扉が閉まると前面の扉が開く。中に入るとまた目の前に扉があったが、背後の扉が閉まるだけで前面の扉は開かない。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、前の扉が開くはずなんだけど……」
タブレットを確認するが、扉を開けるためのスイッチなどは見当たらない。あーだこーだと話しているうちに、なんだか莉緒の声が聞こえづらくなってきたので念話に切り替える。しばらく話しているうちにようやく気が付いた。
『この部屋、真空状態になってるな』
『あ、やっぱり?』
この世界に宇宙服なんてあるとも思えないし、致死率百%の罠ではなかろうか。




